見習い冒険者へ指名依頼が来た件について…
寮へ帰る途中に聞いたところ、カスミちゃんの部屋は2階の一番奥の1人部屋らしい。
私の部屋の真下に当たる。
男爵家は財政的に厳しいので2人部屋でいいとカスミちゃんは言ったらしいが、ジョーイさんが豊作だったこともあり奮発したそうだ。
ちなみに、この一年の間、赤い月の裏コロニーを拡充できなかったので、カスミちゃんは夜中にこっそり抜け出して、領内の畑をサイコキネキスで耕したりしていたため、土にたっぷりと空気が入り、軟らかい土となった畑は収穫量が上がったそうだ。
今度ヘイゼンベルグ領でも試してみよう。
学園での生活が落ち着いたら、また、赤い月裏側の造形物を一緒に増やす約束をして、それぞれの部屋へ引き上げる。
私は、部屋へ帰るとすぐにテレポートしてサラセリアへ跳んだ。
一人部屋に入居したことで、家族と生活していたときよりかなり速く自室に引きこもることができたので、サラセリアでの活動時間をいつもより増やすことができそうだ。
夕方5時半にアルタリアを出たので、こちら側では朝の5時半だ。
ちょっと早すぎなので、一旦青い月裏側コロニーへ飛び、30分ほどかけて各エリアへ魔力供給を行う。
サラセリアへもどると朝6時だった。
いつもは早くても7時くらいから活動しているので、1時間も早い。
今日は少し手の込んだ朝食をヘンリー隊長へ準備してあげようかと思う。
自室から出てキッチンへ向かい、野菜とハムを切っていると、突然玄関を叩く音がした。
ドンドンッ
「朝早くからすまない。アリアちゃん起きているか?」
なんだか、ギルドマスターのランバさんの声のようだ。
「はーーい。
起きていますよ。
ちょっと待ってください」
私がキッチンから入り口へ移動すると、大きな音に気がついたヘンリー隊長が何事かと部屋から出てきたのにちょうど行きあった。
「アリアちゃん、誰か来たのかい?」
「ギルドマスターのランバさんの声のようです。
なんだか急いでいるみたいですね」
「そうか…
こんな朝早くから来ると言うことは何か大事かも知れないな。
とりあえず話を聞いてみよう」
ヘンリー隊長と玄関を開けると、ランバさんはきれいな女の人を連れてきていた。
「朝早くから、すまない。
こちらの女性からアリアちゃんに緊急依頼だ」
玄関に立ったままランバさんが説明しようとしたので、とりあえずリビングに入ってもらい、落ち着いて話を聞くことにする。
「まあ、立ち話も何だから入ってくれ」
ヘンリー隊長に促され、二人はリビングのソファーに並んで腰を下ろした。
私はヘンリー隊長と対面に座る。
「実はこちらの女性を東のタラスという町まで大至急護送して今日中にもどってきて欲しい」
ランバさんの指名依頼はどうやら護送任務のようだ。
「なんで、私なんですか?」
私が尋ねるとランバさんは即答する。
「もちろん地竜を従えているからだ。
この任務はおそらく地竜のスピードがなくては達成できない。
今日の昼までに東のタラスでしか取れない薬草を受け取り、そのまま帰りの道中でここにいる調薬師のステレラさんに調合してもらい、夕方までに患者さんに届けるだけの簡単な任務だ。
しかも依頼料は破格の100万マール!
どうだ?」
「なぜ、そんなに急ぐんですか」
「それは、薬の効能が鮮度と著しく関係するせいです。
この薬はある熱病の特効薬で、伝染性があるため一刻も早く治療しないと王都に蔓延させることになります。
依頼を受けていただけませんか?」
答えてくれたのは同行していたステレラさんだ。
「従来の移動手段では往復に2日かかる。
薬の鮮度と感染拡大の2つの面から、できれば今日中に以来達成できるアリアちゃんにやってもらいたい。」
ランバさんが補足する。
私は考えるふりをして、クレヤボヤンスでタラスの街までの距離を確認する。道は比較的まっすぐで平坦だ。
直線距離でおよそ250キロ、実走距離で300キロ弱というところか。
途中の川には全て橋が架かっており通行に支障はない。
小高い丘はいくつかあるが、山道や峠は通らなくてよさそうだ。
ハクウンたちに急いでもらえば時速70キロくらいはいけるだろうから、片道、5時間くらいで往復10時間、薬の受け渡しに1時間見て、合計11時間か。
今、朝6時過ぎだから、1時間後に出発しても夕方6時くらいには帰ってこられる。
私が計算していると、ヘンリー隊長からも声がかかる。
「アリアちゃん、人助けにもなる依頼みたいだから、是非受けてやってくれないか」
私は決断した。
「分かりました。
お受けします。
1時間後に南門の外で待っています」
「ありがとう。助かります」
「頼んだぞ、アリアちゃん」
調薬師のステレラさんとギルドマスターのランバさんにお礼を言われ、私はすぐに準備のため南門に向かう。
「それでは行ってきます。ヘンリー隊長。
朝ご飯はサンドイッチを作りかけていますから持って行ってくださいね!」
私は元気に隊長宅を飛び出し、南門を出て人気がなくなったところで青い月の恐竜エリアへテレポートし、ハクウンとセキホウをつれてサラセリア南のルフルの森へ飛ぶ。
二頭には今日の仕事を説明し、朝ご飯をたっぷりと食べさせておく。
途中で食べる機会がないかも知れないからだ。
午前7時、お父さまと旅をしたときの輿を装着した二頭を連れ、南門に到着すると、ランバさんとステレラさんは既に来て待っていた。
ステレラさんが持っている荷物は調薬道具のようだ。
「こうして近くで見ると本当に大きいですね…」
ステレラさんが感動している。
「それではステレラさんはセキホウに乗ってください」
私はふせの姿勢で待機しているセキホウの背中に飛び乗ると、輿から縄ばしごを下ろす。
ステレラさんは慣れているようで、道具を背負って縄ばしごを上り、セキホウに乗った。
「慣れていますね」
縄ばしごの扱いにちょっと驚き尋ねると笑いながらステレラさんは言う。
「薬草を自分で探しに出かけるので、木や崖に登る機会も多いんですよ」
なるほど、フィールドワークには慣れていると言うことのようだ。
私はハクウンの輿に飛び乗ると二頭に命令した。
「それじゃあ出発!」
ハクウンとセキホウは東へ向かってどんどん進む。
「驚きました。あまり揺れないんですね。
これなら調薬も楽にできると思います」
ステレラさんは乗り心地の良さに驚いたようだ。
実は輿の下にESPで成分抽出してつくったバネが入っており、サスペンション代わりになっているのだが、この世界ではオーバーテクノロジーなので黙っておく。
「ハクウンとセキホウの歩き方が上手なんですよ」
「けど、どれくらいスピードが出ているのかしら。
これだけ揺れないとあまり早く感じないのだけれど…」
ステレラさんの疑問に私が説明する。
「馬車の2倍より少し遅いくらいだと思います。
乗っている高さが高い位置なので、スピードは余計に感じにくいと思います。」
実際、車高の高い車に乗っているとスピード感が狂い、遅く感じることがある。
私は前世の知識を思い出しながら解説した。
旅程は順調で、予定通りタラスに到着すると、夕方5時にはサラセリアへもどってきた。
薬を引き渡してヘンリー隊長の帰りを待ち、依頼料の100万マールで夕食を少し豪華にしてみる。
今日は特上牛肉のサーロインステーキだ。
夕方7時に自室に引き上げたところで、猛烈に眠いことに気がついた。
普段は冒険者として活動しているときに睡眠時間を取っているのに、今日はステレラさんと一緒だったから、眠っていない。
まずい。
これからアルタリアに帰って朝の支度をし、登校しないといけないのに…
私はサラセリアの自室からアルタリアの学生寮へテレポートし、眠い目をこすりながら登校した。
今日は学園最初の授業である。




