学園入学準備です…
ついにこのときがやってきた。
王立学園への入学の時である。
私は、明日に迫った入学式に出席するため、王都の別邸に来ている。
ハクウンたちは、私が冒険者時代に集めた宝石を王都の宝石店に売って儲けたお金で、王都近くの森を購入し、そこで放し飼いにしているという設定で、ほとんどは月面コロニー恐竜エリアに住まわせている。
もちろん、売り払った宝石は、私の成分抽出と化学結合操作で人工的に合成したものだ。宝石の価値が暴落しないように、売り払う石の価値は前もってサラセリアの宝石店店主ラスリー・ウェルナーさんに相談し、一部はサラセリアで売却した。
もちろん、サラセリアで売った分も宝石価格が下がらない程度はどれくらいかをラスリーさんに確認した上での売却である。
学園は全寮制であるため、入学式後は寮に入ることになる。
寮は一人用個室と二人部屋、特別室があり、経済的に余裕のある貴族は特別室に使用人と一緒に入居する。
一人用個室は特別広くもなく1DKといった感じで自炊もできる。
二人部屋は一般庶民の入居者が多く、経済的に余裕がない貴族もここに入ることが多い。
お父さまには特別室への入居を勧められたが、夜にはサラセリアで冒険者をやる予定の私にとって、メイドさんと同じ住空間にいなければならない特別室は断固遠慮したい。
厳しい交渉の末、何とか一人用個室への入居を了承してもらった。
ちなみにロイドお兄様は侯爵家嫡男と言うことで男子寮の特別室へ入居している。
一学年は5クラスで、1年次は貴族の子女のクラス2クラスと学力優秀な平民のクラス3クラスからなり、2年次から成績順にAクラスからEクラスへと振り分けられる。
貴族でCクラス以下に落ちるとかなり馬鹿にされ、平民でAクラスに入るとかなり目立つため、いじめの対象になったりするらしい。
この日は午前中、朝食を取った後に、学園生活で必要なものを街で買いそろえ、午後は寮へ荷物を運び込んだ。
寮での寝泊まりは明日からなので、荷物の搬入が終われば首都の侯爵邸へと一旦引き上げることになっている。
私は、荷物持ちの使用人も連れずに、一人で荷物を寮へ持ち込んだ。
両親からは、重いから執事のゴンザレスに持ってもらうように随分進められたが、鞄を引き摺るように持っているゴンザレスが気の毒で、執事の手から奪うように大きな旅行鞄を受け取ると軽々と持ち上げて見せたことで、両親は私一人での荷物搬入を認めてくれた。
「それにしてもアイネリアは冒険者をしている内に、一段と強くなったみたいだね」
「女の子がそんなに力持ちだと、殿方から敬遠されてしまわないか心配です」
お父さまが私の成長を嬉しそうに褒めたが、お母さまはそれほど喜んでいないようだった。
私が、3階の部屋へ荷物を搬入するため階段を上っていると、上の階から二人連れの女の子が降りてくるのとすれ違う。
2階と3階の間の踊り場で、大きな荷物を持っている私は邪魔にならないように、端っこによけて二人に道を譲る。
一人は金髪碧眼、もう一人は赤髪茶目で二人とも美少女だが少し目がきつい感じがある。 どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せない。
私が黙礼すると二人の美少女は立ち止まって話しかけてきた。
「久しぶりね、アイネリアさん」
「はい?
すいませんが、私と面識がありましたでしょうか?
どこかでお会いしたような気もするのですが、どうにも、思い出せなくて…」
私が、どうしても思い出せないでいると、二人の内の赤髪の子が、見下したような視線で話し出す。
「ステットブルグ公爵家のイリア・ヴォン・ステットブルグよ。
5年前に王城でお会いしたでしょ。
あなたには記憶力がなのかしら?」
「私はヨークシャー公爵家のナターシャ・ヴォン・ヨークシャーよ。
私のこともお忘れのようね。
聞くところでは、人さらいに掠われて冒険者をしていたとか…
さすがに野蛮なことをしていた人は頭もお悪いようね!」
思い出した。
王子とのお見合いで会ったことがある、婚約者候補の悪役2人だ。
そうだった。この二人は同じ学年で、ゲーム中では私と一緒にヒロインをいじめる予定なのだ。
しかし、なんだか私のことを睨んでいる。
ヒロインではなくて私がいじめられそうなのだが何故だろう。
とりあえず挨拶することにした。
「これは、申し訳ありませんヨークシャー様、ステットブルグ様。
なにぶん掠われたときに頭を打ったのか記憶が所々抜け落ちておりまして、
本当にすいません。」
「あらそうだったの。記憶がないのなら、仕方がないわね。
どうせなら、殿下に取り入る方法も忘れてくれればよかったのに!」
「そうよそうよ」
「はいっ?どういうことでしょう」
二人の返答に、なんと返せばいいのか分からなくなってしまった。
「とぼけないで!私たちの領地をかすめ取っておいて、その上キャスバル殿下の関心も変な獣でひこうだなんて、図々しいわ!」
「そうよそうよ!おまけにレイモンド殿下までたぶらかして本当にろくでもない女ね、あなたは!」
ナターシャさんとイリアさんは口々に私を批判する。
どうやら、ハクウンたちと殿下たちが遊んだときのことでご立腹のようだ。
ついでに、お父さまの賭の相手がこの両家だったとは、運命とはなんと皮肉なものか!
とりあえず二人に敵意はないことを伝えることにする。
「もしかして1年前に私の地竜と殿下たちが遊ばれたときのことを言っているのでしょうか?
それでしたらご心配には及びません。
殿下たちが気に入ったのは2頭の地竜であって私ではございますせん。
心配されなくても、私は殿下の婚約者になることに興味はございませんのでご安心ください。」
どうだ。これだけ言葉を尽くせば分かってくれるだろうと思って二人を見ていると、金髪のナターシャさんが目に怒りを宿らせて言い放った。
「本当に生意気ですわ。
ちょっとキャスバル殿下とレイモンド殿下に気に入られたと思って、強気に出るなんて!
あなたなんて、一度は冒険者風情にまで落ちた下賤な輩ではありませんか。
今更出てきて貴族面しないでいただきたいわ!」
「そうよ、そうよ。
全くもって鼻持ちならない女ね!
いいこと、今後殿下たちに近づいたらただではおかないから覚えてらっしゃい」
赤髪のイリアさんもかなりお怒りのようだ。
二人は肩を怒らせて階段を降りていき、後ろから従者らしき年配の女性が申し訳なさそうに会釈してその後に続いた。
1年も前に殿下たちがトリケラトプスと遊んだ件で、いきなり二人の公爵令嬢を敵に回してしまったらしい。
何でこうなった…
解せん…
私は、平穏な人生を送りたいだけであって、殿下に見初められて権力を手に入れたいなどとは全く思っていない。
これが貴族社会というものかと、何とか自分を納得させつつ、部屋に荷物を運び入れた。
私の部屋は、3階の一番奥の角部屋である。
夜はテレポートしてサラセリアで冒険者をする予定なので、部屋の前を他の人が通らない一番奥の部屋をお願いしたのだ。
明日からの学園生活に不安を感じつつ、侯爵邸へと帰る私であった。




