破滅フラグ復活中…
しまった!!!
どうしよう!!!
思わず『お父さま』と口走ってしまった私は、鍛え上げられた速度のステータスを全て思考に回し、言い分けを考える。
「失礼しました、侯爵様。
何か、記憶の片隅に引っかかるものがあり、思わず口から出てしまいました。
実は、私は7歳の頃、記憶を失い、両親の顔を知らないのです。
知らないはずですのに、侯爵様を見たとき何故か『お父さま』という言葉が出てしまいました。」
どうだ!この時間がない状況でとっさに出てきた割には、完璧な言い分けである。
記憶喪失にしてしまえば追求できまいと父の目を見ると、やはり血のつながりが確信させたのか、父は更に説明を求めてきた。
「詳しく説明してくれないか、アリア嬢。
私にはあなたが7歳の頃に掠われた私の娘に思えてならない。
あの頃から比べると成長して背も高くなっているが、親の私が見間違えるとは思えないのだ。」
これは、更に嘘を重ねるしかないだろう。
破綻しない嘘を考えるというのは真実を語るよりも1000倍は難しい。
ポイントは一部真実を交えて一番隠したい部分をねつ造することだ。
真実が含まれれば説得力が増し、嘘が破綻しにくい。
わたしは慎重に言葉を選びながら続けた。
「はい、それでは私が覚えている範囲で説明します。
私の記憶にある一番古いものは、南のルフルの森で怪しい男たちに簀巻きにされて運ばれているという記憶です。
そこで狩人をしていた祖父に助けられ、しばらくは祖父と暮らしました。
祖父といっても、血のつながりはありません。
森で、獣や魔獣を捕って生計を立てていた老人でした。
私を本当の孫のようにかわいがってくれた祖父でしたが、程なくして高齢のために身罷りました。
私は、祖父が残してくれた宝石などを売って街に生活基盤を築き、現在は見習い冒険者として生活しています。
森で拾った大きな卵から孵った地竜を猟犬として、護衛や輸送の仕事を受けることもあります。
以上です」
どうだ、どこか破綻していないか……と冷や汗をかきながら父の目を見ていると、どうやら信じてもらえたらしい。
「そうか、記憶がないのか。
しかし、間違いない。
君は私の娘のアイネリア・フォン・ヘイゼンベルクだ」
「確かに、侯爵様を他人とは思えないのですが、
よろしければ、アイネリアさんの居なくなった状況を教えていただけますか」
私はこの機会にできるだけ情報を引き出すことにする。
父は私を“行方不明”と言った。
ということは、私の“死んだふり計画”は失敗だったのだろうか。
この疑問を解消しておかないと、今後の方針は決まらない。
もし、“死んだふり計画”が上手く言っているのなら、このまま他人のふりを続けることも簡単だろう。
しかし、私が死んだことになっていない場合は、方針を変えざるを得ないかも知れない。
私が父の目をのぞき込んで考え事をしていると、父が説明をはじめた。
「わかった。
話せば記憶を取り戻すきっかけになるかも知れないな。
お前は、領地の街の視察中、ちょっと目を離したすきに街のごろつきどもに掠われたのだ。
当初は身代金目当ての誘拐かもしれないと考えていたが、待てど暮らせど脅迫状は届かない。
これは、人身売買目的だと結論づけ、犯人たちをしらみつぶしに探した。
アジトらしきものを見つけたのは3日後だが、もぬけの殻だった。
テーブルや椅子は散乱しており、壁に何かがぶつかったような跡と血痕もあったから、仲間割れか何かがあったのかも知れない」
私は冷や汗が出た。
間違いなくドアを蹴り飛ばしたときに巻き添えになった誘拐団一味の血の痕だろう。
お父さまは説明を続ける。
「お前が掠われてすぐに、追っ手を出し、領内は隈無く探させていたが、足取りは全くつかめなかった。
母さんは心配のあまり一ヶ月ほど寝込み体重がかなり減ったほどだ。」
「そうですか…
あの…、魔獣に襲われて全滅したとか言う話はなかったんですか?」
私は恐る恐る聞いてみる。
「もちろんその可能性も含めて探していた。
しかし、その時期に魔獣の被害が報告されたのは我が領地から反対側の国境付近で、馬を飛ばしても3日はかかる距離だ。
その魔獣被害の報告は、お前が掠われた翌日に国境の衛兵に伝えられたと報告があったので、お前の誘拐事件ではないと判断したのだ」
やらかした!
四年を経て明かされる驚愕の真実!!
テレポーテーションで移動すれば一瞬だが、あの遠距離でそんなことができるのは、たぶん私しか居ない。
まさか国境までが、馬で3日の距離とは…
もちろんテレポーテーションが使えることを知っているのは、カスミちゃんを除いて一人も居ない。
完璧だと考えていた“死んだふり計画”が、発動と同時に破綻していたとは…
私は覚悟を決めた。
「それでは、私は侯爵様の娘なのですか?」
「ああ、間違いない」
「それでは、お父さまと呼んでもよろしいのですか?」
「もちろんだアイネリア!」
「ああ、お父さま!!」
私は父の胸に飛び込んだ。
完璧な演技だと思っていたが、ホントに涙が溢れてきたのには自分でも驚いた。
どうやら私は自分で考えていた以上にお父さまに会いたかったらしい。
仮に侯爵家に帰ることになっても、今の私なら破滅フラグをへし折ることもできるだろう。
今はとりあえず、父の胸で甘えることにした。




