邪苦と筍
昔々、ある山奥の集落に邪苦というたいそう顔つきの若者が住んでおりました。邪苦は生まれたころから凶悪な顔つきをしておりましたが性格は穏やかで誰にでも優しく、村人からもしたわれておりました。
ある日のこと、邪苦がいつものように山で山菜を採っているときのこと、邪苦は変わった筍を見つけました。恐る恐る近づき、匂いを嗅いでみるとその筍からなんとも言えぬ良い香りがするではありませんか。この香りを邪苦は大層気に入り、これを自分で育ててみようと家に持ち帰りました。
それから一か月後。いつものように邪苦が筍に水をやっていると、突然筍がグングンと伸びだしたのです。天辺が見えないほど成長した筍に唖然とする邪苦。すると不思議なことに邪苦に突然筍に登りたいという欲求が生まれたのです。
それから邪苦は登るための準備をし、えっちらほっちらと筍に登り始めました。そして一日中登り続けてやっと頂上に邪苦はたどり着くことができました。邪苦がたどり着いたそこはまるで天国のような場所で、地面はふかふかの雲で出来ており、一面にあの良い香りのする筍が生えていたのです。
邪苦は初めからからあの良い香りのする筍を食べたいと思いながら我慢していました。なぜなら、一本しかないのに食べてしまっては二度とあの何とも言えぬ良い香りを堪能できないからです。しかしもう我慢する必要は消えました。視界いっぱいに食べきれないほどの筍があるからです。
それから邪苦は時を忘れるほど筍を食べました。そしてお腹いっぱい食べ幸せな気分で邪苦が横になって寝そべっていると突然体の中に何か違和感が生まれました。なんだろうと思ったその瞬間、邪苦の体を無数の筍が貫きました。その筍は邪苦の体の中から生えてきているようでこの瞬間にも邪苦の体から栄養を奪いどんどん成長していきます。そしてとうの邪苦は不思議なことに体を筍に貫かれている痛みなど感じぬようで、ふらふらと雲の端っこに向かって歩き始めました。そしてそのまま邪苦は大空へと身を投げ出しました。
落下中も筍はどんどん成長していきとうとう邪苦の体さえ取り込んでしまいました。そして成長したそれぞれの筍は空中でバラバラになり別々の場所へ落下していきました。そしてそれぞれの場所に落下した筍は、その地に根を張り、なんとも言えぬいい香りを漂わせ始めたのです。
それからのこと、また一人の若者が良い香りのする一本の筍を大切に育てているそうな。