外伝EP16 暗黒竜に転生しましたよ。その25
俺の目の前には、巨大な三日月を模した壮麗な石碑がそびえ立っている。
表の顔は在位中、善政を敷き王の中の王と謳われた名君として名を遺すが、裏の顔は政敵の暗殺に明け暮れた暴君であったマーテル王国のウォーサー王の父であり、前王ウーザーの墓である。
そんなウーザー王も政敵としてウォーサー王のよって暗殺された説がある。
だが、それを知るモノはいない――仮にいたとすれば、恐らくはウォーサー王の暗殺の対象になった筈だ。
ミュール公も多分……っと、それはともかく、ウーザー王の墓でもある三日月を模した石碑のもとに佇む風に揺らめく炎の如く漆黒の物体が見受けられる。
だが、そんな不気味な様相と裏腹に神々しい気のようなモノを放っている気がする――むう、あの聖霊を連想させるぜ。
『ウーザー王は聖人ですね。同じ亡霊ながら近寄りがたいというか……』
『同じく、何故、私と違うのだ。悪霊と精霊の違いなのか……』
「そんなことはともかく、アレがウーザー王の亡霊なんだろう? この森で起きているコトもだが、マーテルの星だっけ? アレをくれって頼めよ」
『ば、馬鹿か貴様ッ! そんなこと出来るワケがないだろうにィィ!』
アルケルとミュール公が狼狽している。コイツらは悪霊っぽいので、見た目と裏腹に聖霊らしい風に揺らめく炎の如き漆黒の影といった姿で、俺達の目の前に現れたウーザー王の亡霊には近寄りがたいのかもな。
『むう、今、汝はマーテルの星と口にしたな? 汝らもアレを欲するのか?』
「ちょ、その物言いから察すると、俺達の他にもマーテルの星を欲するモノが、ここに来たってワケか?」
マーテルの星が、どんなモノのかはともかく、俺達以外にもアレが目的で、ここへ――ウーザー王の墓へやって来たモノがいたようだ。
ソイツもミュール公の亡霊と同じくウォーサー王に復讐をする目的のために、ここへやって来たんだろうか――。
『汝らも我が愚息ウォーサーの亡霊を滅する気なのだな? だが、マーテルの星を使えるモノは、我が血筋のモノ――我の子孫以外には使えぬモノよ。残念だったな』
『な、なんですとーッ! うぐぐ、それじゃ無実の罪を着せた憎きウォーサーに対する復讐を果たすという私の計画が水の泡に……』
「ん、アンタの血筋? 子孫……ああ、それなら大丈夫だ。俺はとりあえず、マーテル王国の王族のひとりだからな――ま、世間的にはすでに故人だけど」
『『な、なんだってーッ!』』
「俺のこの身体は、マーテル王国のエリスって世間的には故人となっている王女様のモノでね」
「むう、どういうことだ?」
『汝は死霊使いだな? なるほど、身体と魂は別物というワケか――』
「うーん、俺には何がなんだかさっぱりだ……」
『えーとですね。キョウさんはエリスって王女様の屍を再利用しているってことです』
「キョウさんは本来の肉体を失った虚ろな魂らしいッス」
「肉体を持たずに転生したんだっけ? だから王家の墓に埋葬されていたエリス王女の屍に憑依し、再利用してるんだろう?」
「ま、そんなこんなで再利用っつうか〝俺という名の魂〟が入り込んだおかげで、エリスの肉体に活力が戻り、そして生き返ったみたいな?」
むう、事情は知らんけど、とにかくキョウがいれば、件のマーテルの星を使えるのかもな――なんだかんだと、彼女の肉体はウーザー王の子孫であるエリスって王女様のようだし。
『むう、照合完了だ。キョウとやら汝のその肉体は、まごうことなき我が子孫のモノのようだ。さて、我が愚息ウォーサーが間近まで迫っている。我に代わって彼奴を止めて見せよ、我が子孫!』
「お、おお! ――って、これがマーテルの星? ヘンテコリンな星型の物体だなぁ……む、むう、なんだかんだと、早々に使わなくちゃいけないっぽいな!」
ウーザー王の亡霊が、キョウに対し、何か投げ渡したぞ――もしかしてマーテルの星?
さて、確かにヘンテコリンな物体である――で、どんなモノかというと、大きさは大体、手の平に収まるほどなのだが、中心に舌を出して微笑む顔が描かれている。
と、そんなヘンテコリンな星型に物体――マーテルの星が光を放ち始める――ああ、来たッ! 禍々しい真紅の骸骨ケンタウロスが――ウォーサー王とエビルスタリオンの融合体であるウォースタリオンだ!
『ガ、ガアアアーッ! ガガアアアーッ!』
「う、うお、突撃してきた……あ、でも、遅い」
『愚息め! 怨霊という魔属性を帯びた亡霊というのに、相反する聖属性の塊である神獣の類を、その身に取り込みおって……』
『チ、ヂ、ウエ……ガ、ガアアア、グガアアーッ!』
『うむ、理性はほぼ残っておらんようだ。まったく、我のように死後も人格、理性を保っておられる亡霊は、それほどいないということか……』
『あ、私も理性、そして人格を保っていますよ』
『私もだ。ウーザー王』
「そんなツッコミはともかく! コイツの――マーテルの星の使い方を……わ、まぶしい!」
なんだかんだと、マーテルの星の使い方を早々にキョウに教えるべきだろう。
ウォースタリオンの理性はないに等しい――いつ暴れ出すかわからん状況だしね。
ん、そんなマーテルの星が、目を開けていられないほどの激しい光を放ち始める――な、何か起きるのか!?
『ガ、ガアア、ガアアアアーッ! ヂヂ、ヂヂブエエエーッ!』
『我が愚息よ。この光が〝何かわかる〟だろう――さあ、安らかにあの世へ逝くのだ』
『ヂヂブエゴソ、アノ世ニ……ガ、ガガガガアーッ!』
『ふ、消える直前に理性を取り戻したか――まあ良い。我もつき合ってやろう。この世はもう飽き飽きだ』
俺にはどんな光なのかはわからん。しかし、マーテルの星から放たれた光は、ウォースタリオンをあの世へと導くモノなのかも――ん、物言いから察してウーザー王の亡霊も一緒にあの世へ逝く?
『うむ、どうやら巻き込んでしまいそうだ』
「え、巻き込む!? う、うおー……なんだ、痛ぇ……全身が痛ェェェ~~~!」
ま、巻き込む…だと…!? ひょっとして俺も――俺達もあの世へレッツゴーってか? マジでそれはヤバい……っていうか、やめろォォォ~~~!
「おい、コラ! 起きろ、チビスケ!」
「お、おへッ……わ、わああ、お前はァァァ~~~!」
全身を駆け巡る激痛――そして眼を開けていられないほどの激しい光……って、その前に、なんでコイツがいるんだよ! この世界に於ける俺の親かもしれん暗黒竜が目の前にィ!
「お前、どこからか転移してきたっぽいな」
「それは否定できん……って、ここはどこだ?」
「ここは竜幽谷だ。しかし、同じ暗黒竜がまだいたとはな」
「う、うお、お前、どうやらアイツとは違う個体のようだ……って、竜幽谷!? 俺は嘆きの森にいたのでは……」
俺は嘆きの森から竜幽谷とかいう場所に転移したようだ……って、ここはあの世じゃなくて良かったぜぇ!
だが、目の前には嘆きの森で遭遇した暗黒竜とは違う個体の暗黒竜がいる――ハハハ、なんてこった……最悪の展開だぜ。オマケに俺以外はいないようだ。
「フフフ、安心するんだ。ここは他の竜族の住処とは違うぞ――楽園だ」
「は、はあ、楽園ねぇ……」
そんな楽園という名の甘美な言葉に騙されちゃいけない気がする――俺にとっては始めてくる場所なワケだし、油断もクソもあるかっての!
「さて、竜幽谷に初めて来るんだろう? それじゃ竜女帝殿に挨拶だけでもしておくんだな」
「竜女帝?」
「ん、あの御方を知らんのか? まあいい。案内してやるからついて来い」
「お、おお……って、禍々しい城のようなモノが見えるんですけど!」
竜女帝? 竜幽谷とかいう場所の主ってところか? まあいい、挨拶くらいしておくか――って、おい! 暗黒竜の奴、俺はあの毒々しい紫色の光を放っている禍々しい城へ案内する気なのか!?




