外伝EP14 兎天原の旧支配者 その11
今のところ判明しているのは、俺が放つコトができる唯一の攻撃魔術——誘惑光弾には、対象物を骨抜きにする以外にも、全身の筋肉を弛緩させて動きを封じる効果があるようだ。
とはいえ、死に至るような肉体的なダメージを与えるコトはできないようだ。
ま、俺としてはそれでいい。
殺人等の物騒事を起こしたくない平和主義者なワケで――え、魔族のお前の口から、そんな言葉が飛び出すたぁ意外だなって⁉
おい、忘れたのか? 俺は元々は人間で――ま、まあいい、それはともかく、モンシアって奴の身体を乗っ取り、俺達に再度、襲いかかってきた怪物ティマグァをどうにかしなくちゃいけないワケだ。
現在、糖尿病(?)で入院中らしい超甘党の迷宮図書館館長エリザベートが貯め込んだ砂糖を媒介にデュシスが、何かをつくる間の引きつけ役を引き受けてしまったしね、やれやれ……。
「コイツ、動けないのか? よっしゃ、それじゃ俺がボコボコにしてやんよ!」
「ナコティ、お前の腕っぷしの強さはわかる。とはいえ、今の近寄っちゃいけない気がするぜ……」
「グアアッ……ウウウ、動ケンノナラ、コノ身体ヲ捨テネバ! オ、オゴオオオッ……」
「ちょ、赤黒い泡立つ粘液状の液体を吐き出したぞ、モンシアの野郎!」
「アレがティマグァの——わ、危ない、避けろッ!」
「ウ、ウギャーッ!」
むう、俺の放った誘惑光弾を喰らって動けなくなったとはいえ、迂闊にティマグァに憑依された男ことモンシアに近づく同じ迷宮図書館で働く職員仲間のナコティという男の身体の右半分が溶ける。
ゴバァッと、モンシアの口内から吹き出す泡立つ赤黒い粘液状の液体を浴びて——。
ん、あの泡立つ赤黒い液体って、もしかして――。
「ンガオオオオッ……ツ、ツイニ見ラレテシマッタ! コノ美シイ姿を――ッ!」
「「「ど、どこがだよ!」」」
え、美しい姿だって⁉ どこがだよ!
見た目が異形なだけに美意識が捻じ曲がっているんだろう。
いや、その前にこういう奴に美意識を追及する意味がないか……。
さて、モンシアの口の中から噴出し、あっちこっちの飛び散るナコティという職員の身体の右半分を溶解した泡立つ赤黒い粘液状の液体が、ゴワゴワと収束し始める――うえ、合体してひとつに巨大な塊になったぞ。
で、コイツこそティマグァの本体である――真ティマグァと呼ぶべきか⁉
「コノ美シイ姿ヲ見タ以上、貴様ラハ万死ニ値スル! 我ラノ——古代ノ兎天原ノ秘密ヲ知ロウトスルモノ共ヨ。アノ御方ニ代ワリ、俺ガ抹殺シテクレルワ!」
「うわ、黒幕的な存在がいるのか、やっぱりー!」
古代の兎天原の秘密を知ろうとするモノ――即ち、俺達の抹殺を計画するモノが、やっぱりいるのね。
ティマグァと同じ旧支配者の一種だろうか――ま、当然かな?
「サテ、貴様ラヲ消ス前ニ腹ゴシラエダ」
「うお、ナコティを食べ始めた!」
「溶解液でズブズブと溶かして吸収するんだろう」
「おい、そんなコトを言っている場合じゃないだろう! 奴を倒す方法は何か載っていないのか?」
「では、探してみるか――」
「なるべき早くなッ……わ、もう食べ終わったのか! この早食い怪物がッ!」
「早食イハ得意技ナノダッ……オゴワッ!」
「し、白い何かがティマグァに飛びかかったぞ……な、なんだ、一体⁉」
「人間型、獣型……ワケのわからない姿のモノもいますが、たくさんの白い何かがティマグァに襲いかかりました。アレは一体……」
真の姿は、巨大なアメーバを連想させる泡立つ赤黒い粘液状の液体生物であるティマグァの動きは意外にも俊敏だ。
オマケに食欲も旺盛な様子である――右半身が溶けてしまっているナコティの遺体を一瞬で食べてしまったコトだし。
と、そんなティマグァに対し、砂糖の保管から飛び出してきた真っ白いモノ達が襲いかかる――ん、複数体いるぞ⁉
「サキュラ、アレはシュガーゴーレムだ」
「シュガーゴーレム!? あ、ああ、仮初の命を得た砂糖の塊なのか……」
む、いつの間にか、俺の右肩には喋る栗鼠——デュシスの姿が見受けられる。
ふむ、あの複数体いる真っ白なモノは、シュガーゴーレム——人間や獣の姿、そして仮初の命を得た砂糖の塊なのか⁉
ああ、デュシスが大量の砂糖からつくり出そうとしていたのは、どうやらアレのようだ。




