外伝EP11 雪の女帝とホッキョクグマ その36
俺の——いや、俺達の目の前に現れたのは、小汚い埃だらけの黄色い襤褸布のフード付きローブを身にまとった不気味なモノが、フッと突然、現れる。
死霊魔術師であるミューズさんを出し抜くカタチで古代の大貴族ニャガルタの偽装墓の玄室の中へと入り込んできた亡霊である。
「コ、コイツ……タダの亡霊じゃないわね!」
「ああ、両目が真っ赤に光っているし……」
「それは関係ないじゃない? 他の亡霊も同じだったしさ」
「そ、それはともかく、本当に亡霊なのかな? コイツは……」
「それを私に訊くだけ無意味だぞ。何せ、この私にもさっぱりわからんのだから――」
「ちょ、ミューズさん!」
「だってさぁ、死霊魔術師の私の隙を突くカタチで、ここへやって来たんだぜ?」
「どうでもいいが、あの黄衣の亡霊だが、何か言いたそうだぞ?」
うん、不確定名……黄衣の亡霊(仮)。
とりあえず、そう呼ぶコトにしよう。
さて、そんな黄衣の亡霊が、俺達に対し、何かを言いたそうに小刻みに、その不気味で禍々しい黄色い襤褸布のフード付きローブに覆われた身体を震わせてしね。
「カッ…エ…」
「なんて言っているかは曖昧だけど、今、喋ったぞ!」
「うん、何か言いたそうだったしね。おい、言いたいコトがあるなら、さっさと言えよ!」
「カッ……エ……セ!」
「カエセ……返せ?」
「返セ! ソレハ俺ノモノダ!」
「わ、わお、今度ははっきり喋ったわ!」
「ちょ、返せって、まさか、あのお宝のコトか⁉」
黄衣の亡霊が喋ったぞ……か、返せ⁉
もしかして、早春の魂と真夏の魂かもしれないアレのコトか?
「アンタ、いきなり現れて、コイツは俺のモノだ――って、勝手なコトを言うな!」
「そうよ、そうよ! アスタルテの言う通りよ。このお宝は、私達が見つけたモノ……つまり私達のモノってコトよ!」
「カカカカ、返セセセッ! 返せ、返セキュアラララ!」
「わあ、急に怒り出した!」
「だ、だけど、襲いかかってくる気配はないわね。なんなのよ、一体……」
「まあまあ、落ち着けよ、皆の衆。ここは死霊魔術師の私が話しかけてみよう。なんだかんだと、適任だろう?」
む、むう、まるで獲物に襲いかかる狼の咆哮の如き叫び声を黄衣の亡霊が張りあげる。
気のせいかな?
氷点下ってほどじゃないけど、奴が狼の咆哮の如き叫び声を張りあげた途端、急に周囲の気温がグッと下がった気がする。
しかし、そんな黄衣の亡霊が、俺達に対し、襲いかかってくる気配がないぞ。
身動きひとつせずにジッと空中で静止した状態だしね。
まったく、何を考えているんだ……いや、何を企んでいるんだ、コイツ⁉
「ほうほう、そういうコトなのか……」
「ミューズさん、アレと会話して何かわかったんですか?」
「ああ、どうやら、アレは奴が大昔に、ここに埋めたモノらしい。んで、偶然にもニャガルタって奴が偽装墓をつくったせいで取り出せなくなったんだとか――」
「へ、へえ、そうなのか……じゃ、じゃあ、早春の魂と真夏の魂かもしれないお宝が隠してあった床の穴は?」
「うん、なるほどね。奴の話じゃ自然にできたモノらしい……偶然の産物って感じじゃないか?」
「そ、そんなコトもあるんだ。自然に力ってわっかんねぇなぁ……」
「な、なんだって? あのふたつの宝石がないと帰るコトができないって?」
「か、帰る? ど、どこに?」
「そりゃ、勿論、故郷だろう? と、適当に言ってみたが、どうやら図星らしい」
兎天原の神話に出てくる神々の工芸品こと早春の魂と真夏の魂かもしれないのお宝は、どんだけ大昔なのかは知らんけど、黄衣の亡霊が地中に埋めたモノらしいが本当のコトだろうか?
んで、埋めた場所の上に偶然にも古代の大貴族ニャガルタが、偽装墓のひとつをつくったせいで取り出せなくなったんだとか……この話も本当なのかねぇ?
さて、早春の魂と真夏の魂かもしれないお宝がない黄衣の亡霊は、故郷にへと帰るコトができないそうだ。
その前に、コイツの故郷って一体……。
「ん、透けた骨々な右手を頭上に掲げたわ、アイツ……」
「ナ、ナニをする気⁉」
「まあ、待て……ん、頭上を指差しているのか?」
「そうみたいですね……お、今、気づいたけど、玄室の天井に夜空を連想させる壁画があるのです!」
「うん、俺も今、気づいたよ。どれどれ……オリオン座っぽい星座の壁画なんかあるなぁ」
ここは偽装墓——要するに、偽物の墓ってワケだ。
だけど、天井には、夜空で煌々と瞬く星々を連想させる幻想的な壁画が見受けられる。
とまあ、ソイツを黄衣の亡霊の骨々な右手の人差し指が指差したワケだ。
「もしかして、お前……星の子の亡霊なのか⁉」
そうミューズさんの口から意味深な言葉が飛び出すのだった。
星の子、それは一体……。




