EP14 ニャーサー王と円卓の騎士 その7
兎天原はわからないことだらけである。
まあ、この世界じゃ新参者だし、そこら辺は仕方がないことだ。
特に魔術の起源については、兎天原に存在するすべての魔術を管轄していると自称している兎天原の支配国家ことマーテル王国の連中ですら知らないという。
だが、アイツらは断片的に残っていた古代の魔術を誰でも使えるようにアレンジした功績を持つが故の慢心から、俺達が魔術師の起源だ――と、言っているようだ。
そんな慢心から、今からさかのぼること約五百年前に兎天原の各地から有力な魔術師達が集まって魔術界の今後について語り合ったエフェポス魔術会議のことを〝なかった〟ことにしている――所謂、黒歴史だ。
さて、それはともかく。
「う、うきゅうううっ……あたしの身体が元の姿にィィ!」
「そりゃそうだ。ここじゃ何もかもが解除されちまうんだ。狼女に変身したって無駄さ!」
「そ、そうなんだ! だけど、変身しなくたって、お前らくらい……あ、あうう、力が抜けりゅぅぅぅ!」
「ああ、ついでに言っておくが、ここで暴力を振るおうとすると何故か骨抜きになっちまうようだ」
「にゃ、にゃんですとー!」
暴悪な狼女の姿から元のガングロギャルの姿に戻ったアオイだったが、それでも俺、兄貴、ヤスを捕まえようと飛びかかる――が、その刹那、彼女の両目がギュルンと白目を剥き仰向けに転倒する。
ハハハ、流石は特殊能力を無力化する地帯だぜ!
「この村には、この手のスポットがたくさんあるんだ。だから、この村で物騒事を起こそうだなんて思わないことだな」
「ぐ、ぐぬぬぬっ! 卑怯だぞ、馬鹿野郎!」
「は、卑怯もクソもあるかっての! ここは俺達のような弱い立場のモノが優位に立てる場所なんだ!」
エフェポスの村の住人の大半は、兄貴やヤスのような二足歩行が可能な喋る兎――兎獣人と言っても間違いない連中で構成されている。
兎といえば、弱肉強食の自然界では、狐や狼といった肉食獣の補食の対象である――つまり弱者だ。
とまあ、そういった連中が有利となるパワースポットが、エフェポスの村のあちらこちらに存在しているってワケ。
で、今いる市場が、そのひとつであると同時に、もっとも強力パワースポットであると呼び声が高いって聞く。
「今いる特殊能力を無力化する地帯――パワースポットは〝憤怒〟反応するんだ」
「だからわざと怒らせて、ここへ連れこみゃイチコロよ!」
「ところで、コイツは何者なんだ? 犯罪者の類なら保安官を呼んで牢屋にぶち込んでもらおう」
「それがイイかもしれん。んじゃ、保安官を呼んでくれよ、アルテミス」
アオイが何者なのか知らない子熊のアルテミスには、恐らく――いや、間違いなく犯罪者に見えたんだろう。
まあ、ニャーサーを殺害しようと目論む刺客――つまり殺し屋(?)だし、保安官を呼んで牢屋の中に放り込んでもらうべきだな。
「ふう、コイツを使わずに済んだか……」
「ん、それはキョウ、お前専用の魔術カードデッキか?」
「ああ、多少、強化したつもりんだよ。もしもの時に備えて、すぐに使えるようにしてあったんだ」
最近、使う機会がなかったけど、俺以外は使えない魔術カードデッキ――即ち、俺専用カードデッキを持っている。
で、ちと強化を施したんで、もしもの時は使おうかなぁと思っていたワケだが、その必要がなかったなぁ。
「あらあら、アオイちゃんったら呆気なく敗北しちゃったみたいねぇ」
「うおぁ、嘘吐き殺すガールその2……間違った嘘吐き殺す年増キター!」
「年増ですって、ウフフフ……」
「前言撤回! 嘘吐き殺すお姉さん……ですっ!」
「兄貴、何、ビビッてるんすかー! 全身の毛が逆立っているっすよぉ?」
「う、うっせぇ、そんなワケがないだろう。気のせいだ、気のせいィィ!」
「む、むう、一難去ってまた一難だな。〝もうひとり〟も現れたワケだし――わ、亀に乗ってる!」
ん、聞き覚えがある声が聞こえる……う、刺客そのニことマルタだ。
う、うお、確実に五メートルはありそうな大きな亀の背中に乗って現れたぞ!
「ちょ、アンタ……今、怒っただろう? それなのに、何故、動ける⁉」
「ウフフ、知りたいですか?」
「知りたいに決まっている!」
「では教えてあげましょうーと、その前にアナタ方、それに村の状況から推測して、私達が探す人物は、恐らく〝獣化〟している筈ですが間違っているでしょうか?」
「さ、さあ、それはどうだか……」
「フフ、まあいいでしょう。この村の仕組みが、ある程度、納得できたので、私としては喜ばしい限りですので――」
「この村の仕組み…だと…⁉」
む、ここは特殊能力を無力化させるパワースポットであると同時に、憤怒に反応――いや、一瞬とはいえ、怒った時点で骨抜きになってしまうフィールド効果が発動する筈なんだが、マルタにはその効果がないぞ⁉
兄貴に〝年増〟と言われて一瞬だったけど、間違いなく起こった筈なのになぁ――。
「さて、帰りますよ、アオイちゃん」
「う、マルタ姐さん、いつの間に……え、帰るって……わかったよ、はいはい!」
「ウフフ、素直でよろしい☆ では、機会があれば、またお会いしましょう」
「う、アイツ、何もせず帰った…だと…⁉」
マルタが騎乗する大きな亀が、グルンと踵を返す――な、何もせず帰るってか⁉
ふ、ふう、なんだかんだと、安心したぜ。
あの女には市場のフィールド効果が発動しないし、騎乗する巨大な亀と一緒に大暴れするかもしれないという危機感を覚えていたしなぁ――。
「一旦、俺達も戻ろうぜ。ニャーサーがいるアオウサヒコの宿屋の食堂へ――」
「あ、ああ、そうだな、兄貴……」
マルタはアオイも連れて帰る――さて、俺達は一旦、ニャーサーがいるアオウサヒコの宿屋の食堂へと戻るとしよう。
「ああ、戻らなくてもいいぞ。ニャーサーなら、この私が保護している。それに、ここにいた方が無難だと思うのだが――」
「うむ、刺客が他にもいそうだしな。ここにいた方が、余としても気が休まる」
「ニャーサーがイシュタルの服の中から……ほ、保護したって言ってたな、なるほど」
ん、ガスマスクで素顔を隠す怪人ことイシュタルの服の懐から、ニュッと真っ白な猫が顔を出す――ニャーサーだ。
むう、ここへ連れて来ていたのかよ―—まあ、ある意味で、ここに連れてきた方が無難かもしれないな。
ニャーサーの命を狙うモノ――彼の息子のニャードレットが差し向けた刺客が、マルタとアオイ以外にもいる可能性があるワケだし――。




