外伝EP07 兎転生その18
エフェポスの村の数ある名産物のひとつが、夜空で煌々と輝く三日月のような果実――その名の通りの三日月の実である。
ちなみに、果肉はねっとりしたヨーグルトのような感じで、辛味のあるスパイシーな林檎って感じの味だろうか?
と、そんなことはさておき。
「キョウ達はともかく、お前達は危なかったぞ。何せ、吸血鬼の一種……ああ、ヴァンキーだったかな? アレの群れに囲まれていたからな。あ、ちなみに、百匹は確実にいたかなぁ……。」
「え、えええっ……三十匹じゃないの⁉」
「うわあ、予想した数の三倍以上じゃん!」
真っ白な喋るイタチ――いやいや、フェレットのアポロ曰く、俺達を包囲していた吸血鬼ヴァンキーは百匹はいたようだ。
ちょ、俺が予想していた数よりもずっと多かったんじゃないかァァァ~~~!
ふ、ふう、絶体絶命の状況下に陥っていたことを改めて思い知らされたぜ。
「ところでキョウ姐さん達はどこに?」
「ああ、彼女達なら、この奥だ。」
「この奥?」
「うむ、私の別荘が、この洞穴の奥にあるんだ。さあ、来たまえ。」
へ、へえ、俺達が今いる熊の巣のような大木の根元にある洞穴はアポロの別荘になっているようだ。
で、そこにキョウ姐さんやルリがいるワケだな。
よし、ついて行ってみるか――。
「お前ら、遅いぞ。」
「兄貴ィ、どこへ行っていたのさぁ~。」
「あ、キョウ姐さん、それに愛梨……お、ここは図書室か⁉」
「ここはエフェポスの村にかつて住んでいた〝とある魔術師〟の書斎だった場所を再利用した別荘だ。つーか、何十年も放置されていたから埃だらけで掃除が大変だったんだ。」
「へえ、そんな人物が……魔術師がいたのかぁ。」
キョウ姐さんやルリ……お、愛梨やアフロディーテ、アルテミス、ウェスタ、ヘラ、ウクヨミ、フィンネアもいるな。
さて、アポロの別荘の中を一言で説明すると、学校の図書室のような場所だ。
そんなこんなで辺り一面、ギッシリと隙間なく本が収納された本棚で敷き詰められている……うお、床と一体化した本棚まであるぞ!
で、アポロ曰く、何十年も放置されていた〝とある魔術師〟の書斎を再利用したのが、この別荘のようだ。
しかし、場所はともかく、ヴァンキーを筆頭とした吸血生物や巨大鳥アルゲンタビスが生息する危険度MAXなアスモダイの森の中に書斎をつくっていた奴だし、きっと件の〝とある魔術師〟とやらは奇特な人物に違いないな。
「ここはひょっとして魔術師ヘイボンの……。」
「あ、ウミコ様、ソイツって確か……。」
平凡……いやいや、魔術師ヘイボンってモノの書斎のようだ。
さてさて、ウミコはどんなモノだったのかってこと知っていそうなので訊いてみるとするか――。
「魔術師ヘイボンって何者?」
「うむ、何十年か前に行方不明になったエフェポスの村の住人じゃよ。」
「それ以外は?」
「残念ながら、わらわもそれ以上は知らんのじゃ。先代の兎王の時代の人物だからのう。」
「そうなのか、それは残念。」
そういえば、ウミコは兎王とも呼ばれているんだったな。
と、そんなウミコでも何十年も前に行方不明になったモノである故に、魔術師ヘイボンについては名前以外、何も知らないようだ。
「私も魔術師ヘイボンについては何も知らん。たまたまここを発見したんで別荘として再利用させてもらっているだけの身の上だからな。」
「アポロだっけ? アンタも知らないんじゃ元も子もないなぁ。」
「仕方がないだろう。何十年も前に行方不明になったモノだし……。」
「むう、それじゃ仕方がないなぁ。」
「あ、気のせいかな? 私は件の魔術師ヘイボンに心当たりがあるかも……。」
「な、なんだってー! ルリ、それは本当かい?」
ウミコやアポロですら、その詳細を知らないモノである魔術ヘイボンについてルリは何か知っているようだ。
こりゃ、訊いてみるしかないよなぁ。
「は、はい、信じてくれるかはわかりませんが、私は魔術師ヘイボンに心当たりがある理由……それは〝私が件の魔術師ヘイボンかもしれない〟からです。」
え、ルリが魔術師ヘイボン……かもしれない!?
どういうこと、ルリの前世の件の魔術師ヘイボン……ってことなのか、それとも?
「ひょっとして魔術師ヘイボンの生まれ変わり? それで前世の記憶をっヤツかしら?」
「うーん、その可能性もありますね。あ、その根拠ならあります。貧乳の姐さん……いやいや、キョウさん、アナタの背後にある本棚の下から二番目の棚の向かって右から四番目の本は、かつて無我夢中で読んだ小説……魔術師ラキムの冒険の筈です。」
「貧乳は余計だ! ま、まあ、確認だけはしてみるぜ……うお、マジだ! 魔術師ラキムの冒険という題名と挿し絵が描いてある本を発見したぞ!」
なんとっ……なんと、なんと、ルリの言ったことは本当のようだ。
むう、ルリが魔術師ヘイボンの生まれ変わりかもしれないってことが信憑性を帯びてきたぞ。
だが、決め手ではない気がする――もっと信憑性がある根拠はないのかよ、ルリ。
「迷宮図書館別館……先代が言っていたことは本当のことだったようだな。」
「う、うお、真っ黒なワンコ!」
「アシュペリウスだ。」
「つーか、その前にどこからここに……。」
「多分、私のスカートの中からだと思う……。」
「な、なんだとー! この駄犬、許せねぇ!」
「ワハハハ、小さな人形に変身することなど朝飯前よ。さて、その兎ちゃんは間違いなく我が盟友ヘイボンだ。」
突然、現れたアシュペリウスという名前の黒い犬は愛梨の使い魔なのか――。
しかし、魔術師ヘイボンを盟友と呼んでいたぞ。
で、ソイツが間違いない――と、言っているわけだし、ルリは魔術師ヘイボンの生まれ変わりで間違いないのかもしれない決定打……かな?
「うーん、記憶にございません。」
「ちょ、私のことを忘れたのか! 薄情者めェェェ~~~!」
「ま、まあ、それはともかく、魔術師ヘイボンって何者なんだ? こんな危険な場所に何気に大規模な書斎をつくっていたワケだし、奇特なモノだってことくらいはわけるが、それ以外はさっぱりだから詳細を頼むよ。なんだかんだと、前世の記憶を覚えているんだろう、ルリ?」
「前世の記憶を覚えているとはいえ、所々、記憶が曖昧なのですが、とりあえず一言で説明するなら〝時空魔術〟の専門家……と、そんな感じだったと思います。」
ルリは前世の記憶……魔術師ヘイボンだった頃の記憶を覚えているとはいえ、所々、曖昧な様子である。
と、そんなルリ曰く、前世の自分こと魔術師ヘイボンは時空魔術とやらの専門家だったようだ。




