外伝EP03 アヒル女神と眼鏡少女 その36
「わお、顔はないわ! この巨神像には――。」
「か、顔がないだって!? 不気味だわ……。」
空を飛べない鳥であるアヒルのアフロディーテさんとは違い空を飛ぶことができる鳥である烏の沙羅さんが、ヒュドラス教の主神ヒュドラスの巨神像の周囲を飛び回り、その詳細を伝える――え、顔がない!?
「フフフフッ……ご尊顔がなくて当然よ! ヒュドラスは様々な化身を持つ存在である故、真の姿がわからぬ存在! 然るぬに、〝想像〟によるご尊顔の作成などという行為は以ての外であるっ!」
「な、なんだよくわからないけど、化身がいっぱい存在するワケね。」
へ、へえ、化身がたくさんいる存在なのね。
ま、まるでクトゥルフ神話に出てくる這い寄る混沌ニャルラトホテプを連想するわ――というか、この世界には本物がいたりして!
「ところでボリス、この赤いビー玉のようなモノは何かしら?」
「わ、わああ、それはっ……か、返せェ!」
「だが、断る!」
ん、赤いビー玉!?
沙羅さんが、そんな赤いビー玉のようなモノを真っ黒な嘴にくわえているんだけど、一体、何……う、なんだなんだぁ、奥の手であるヒュドラスの巨神像のおかげで余裕ができたのかは知らないけど、私達に対し、如何にも侮蔑の嘲笑と視線を向けていたボリスの物腰が、突然、百八十度、豹変する。
「す、凄くわかりやすい焦り方だね。」
「う、うん、あの赤いビー玉に何か秘密があるんだろうね。」
沙羅さんの真っ黒な嘴がくわえている赤いビー玉に、何か秘密が……重大な何が隠されていることは間違いないだろう。
「あ、もしかして……。」
なんとなくだけど、ボリスが焦る理由がわかったかも……。
「沙羅さん、その赤いビー玉は恐らくヒュドラスの巨神像を操作するためのモノですよ!」
「うおー! なんでわかったんだァァァ~~~!」
「図星ね。つーか、コイツをスッた私も、なんとなくわかってたんだけどね。」
「え、スリをしたんですか! むう……。」
沙羅さんの得意技はスリなんだろうか? 手癖……いや、嘴癖が悪いなぁ。
まあ、そんなこんなで何気に悪さをしちゃっているわね――が、なんだかんだと、ボリスの懐から、凄いモノを盗んだみたいだ。
ある意味で予想しやすい物事だろうけど、沙羅さんはヒュドラスの巨神像を操作することができるモノらしい赤いビー玉を盗み出したワケで――。
「さて、これはどう使いのかしら?」
「誰が教えるかよ! つーか、返せっ!」
「アハハ、捕まらないわよ! 観念して、さっさと操作方法を教えなさい!」
「フン、誰が教えるものよ! この神霊の石板に操作玉を埋め込んで思念で動かすってことを口が裂けても泥棒烏なんぞに言えるかっ!」
「なるほど、なるほどっ……んで、件の神霊の石板とやらに操作玉と呼んでいたこのビー玉を埋め込めばいいのね。ん、ところでアンタが首に提げているモノが神霊の石板かしら?」
「な、なんだと、何故、そのことを!」
「アンタ馬鹿ぁ? 自分でそのことを口走ったじゃん!」
「ム、ムムムッ!」
ハハハ、ボリスって口が軽いなぁ。
呆気なくヒュドラスの巨神像を動かす方法を口走ってしまったワケだし――。
「んじゃ、俺にまかせてくれ!」
「う、うお、兄貴さん!」
う、私の足許にいた緑色の上着を着た白い兎のハニエル――兄貴さんが、目にも止まらぬ動きでボリスに接近する。
ちょ、兄貴さんって泥棒兎なワケ!?
そんなわけでスリとか泥棒テクニックが、お得意技なのかもしれないわね。




