契約
帰ってきた幸は少女を布団で寝かし少し離れた位置で座る。神社で何度か頬を叩いて起こしてみることを試みたが、かわいい反応だけが返ってきて起きる様子はなかった。
いくら少女が変態だとはいえ、目を覚まさないまま置き去りにはすることはさすがにできるわけがない。いつ目覚めるか分からない少女を病院に連れて行くのも一度は考えみても即却下。なにせ少女は人間じゃないと語り、さらにはそれを見せつけられた。だから、起きるだろうとするしかなかったのだ。
一度布団の中で眠る少女を確認する。布団は呼吸に合わせて規則正しく上下していた。
確認が終わってから片膝ついて幸も眠りについた。
『――……』
周りからざわめく『音』で幸は目を覚ました。
だが、聴こえたにも関わらず目を開けて周りを確認しても誰もいない。
夢か何かかとその『音』は消えており、昨夜起きた事情からすれば些細なことで、幸は無視しておく。
窓から漏れる光はまだまだ足りず、目覚めるには少しばかり早いようだ。
「……ん」
幸が動く微かな物音で少女も目を覚ました。
いきなり知らない場所に連れてこられて混乱されるよりはマシだと思い、幸は仕方なく経緯を説明しようとした。
「あ、ああっ!」
それよりも早く事情を察した少女は慌てて布団から飛び起き正座で座る。
「あ、あのありがとうございました。それで、お話をしますので聞いてもらえますか?」
起きていきなりの脳の回転はそこしかないようだった。
幸は別に聞かなくてもよかったのだが、少女がどうしても話をしたそうにするので、
「どうぞ」
適当に返事を返す。
よかった、と少女は寝癖が付いた髪をそのままで、ぱあっ、と明るい笑顔を作る。それから、話はされた。
「私たちは人間に気づかれないように暮らしている生物です」
私たちというのはあの時の女の子も同じだということだろう。しかし、目覚めて早々とイカれた話だった。
そんな頭が目覚めてもないのかと思わせる内容に、ため息を吐きたいのを幸は我慢する。そんな様子には気付かないで少女は必死に続けた。
「私たちは百年に一度、生命の保持を目的として人間の生活に紛れ込みます」
話をされる以上幸は律儀に聞いていた。その中で思い当たる。
「……契約?」
女の子との遭遇時、話に出てきた単語を幸はそのまま口にした。
「あ、はい。生命の保持といいましたが、あなたがたからすれば命を吸われているようなものだと思います。あ、その、でもでも、あなた方の命をそのまま吸うわけではないので、直接的な寿命が減ったりはしません。それが契約ということになるのですが」
幸は聞き流しただけで突っ込みを入れたわけでも、顔に出したわけでもない。それでも命を吸うなんて言った手前少女は慌てて補足を加えていた。
その所為で説明があやふやなものになってしまい分かりづらい。
このまま少女の話を整理もせずに聞くには少々辛いものがあると思い。幸は代わりに整理しておく。
「つまり、俺たち……人間って言葉を使った方がわかりやすいな。人間の命を吸ってあんたたちは生きるってことでいいのか?」
「え? あ、はい」
「それで、契約というのは命を吸う人間を指している。ちなみに契約は破棄できるのか?」
「あの、えーと、驚かないのですか?」
少女は呆気にとられた様子で、必要最低限な質問とは違う返事を返してきた。
「正直、どうでもいい。それで?」
そう答えると、少女は落ち込んだように視線を床に落として話を再開する。
「契約の対象は代えることは可能です。ですが、条件に担う人間は少なく見つけるのも困難です」
だから、見つけた幸と強制的に契約をしたということになる。
「条件というのは人間の『純粋』な心」
昨日の晩で話しをされたことで何も言うつもりはなかった。だが、引っかかるその言葉の意味に幸は呟くように口に出していた。
「『純粋』……、俺にはあるとは思えないな」
静かに少女は顔を上げた。
「えーと、失礼だとは思いますが『純粋』は心が綺麗という意味だけとは限りません。ある意味では同意かもしれませんけど。そ、それにあなたの心が綺麗じゃないという意味でもっ」
「余計なフォローはしなくてもいい」
「……はい。すみません」
どうでもいいことに幸が止めさせると、また落ち込んで視線が落ちた。