おでことおでこのキス
偶然か、それとも偶然か、はたまた偶然か、それ以外ない。
「あのっ、実は私人間じゃないんです」
会話の糸口が与えられたことで少女は何を思い余ったのか、突拍子もないことに拍車をかけた。
「(だったら、何だっていうんだよ……)」
幸は深いため息を吐くしかなく、憐れむように少女を見る。
子供を作りたいと言い出すと思えば、今度は人間じゃないと言い始めた少女。いくら幸が人と関わり合いを得意と言えないとしても、決してそれは未知の生物と関係を持ちたいなんて思うはずがない。
本当にこれ以上掛けてやる言葉を失った。
「あ、すみません。意味が分かりませんよね?」
「(……分かるわけがない)」
「わかるように言うと、私は地球に生きる人間以外の知的生命体なのです」
少女の姿、容を見て人間の女性、それ以外には見えない。
「えーと、えと、宇宙人の方が分かりやすかったですか? でも、宇宙人ではありませんし、これ以上はなんて説明したらいいのか……」
さらに幸は頭を抱えたかったが、話を訊く態度を取ってしまった以上、終わるまでは付き合わなければいけないと、幸の常識がそうさせる。
「俺が訊いた内容に辿り着くまでの前置きは良いから、結論を教えてもらっていいか?」
初めに尋ねたのは、子供を産む相手の対象がなぜ幸なのか。少女はそのための経緯をはなそうとしたのだから、結論さえ聞ければ、
「あ、はい。あなたは『純粋』を持つ人間だからです」
さらに頭を抱える回答だった。
前置きの段階で意味が分からないと言うことは、結論もその可能性を含でいる。そして、その可能性に見事ハマったのだ。
「…………俺に分かる説明はできるか?」
幸は少女を見ないままそう言うと、
「えーと、えと」
と、また困ったように慌て始めた。
こうなってくると、幸がさらに切り口を変える必要が出た。
元々事情を訊くつもりはなかったのだから、問題はない。それに少女の発言で方向性も変えやすくなっている。
少女が言った『純粋』という単語に当てはまる人間ならば、誰でもいいことになっている。それでも一応念のために幸は確認を取っておくことにした。
「その『純粋』を持つ人間なら他でもいいんだよな?」
こくりと少女は頷く。
これで、関わり合いをもたなくても良い状況が整った。
「じゃあ、他を当たってくれ」
冷たく言い放ち今度こそ、その場を離れようと少女の横を大回りして通り抜けた。
ところが、今度は着ていたパーカーを控えめに後ろから掴まれた。
掴まれた部分を確認してから少女の方を見ると、下から上目目線で見上げている。
そんな少女の行動に質問で説得を試みる。
「ダメな理由は?」
「……あまり時間がないのです」
やはりと言うべきか、脈絡の得ない返事だった。
さすがに限界としか言いようがない。お互いが引かない意見のぶつかり合いなど結果として何も生まない。
幸は最後の意見として諦めろとは言わない。これは少女自身が決めることであって幸が言っても意味がないことだ。それは、この話し合いで分かっている。
代わりに、
「俺の意見は変わらない。あんたがどう思おうともな」
冷静で冷酷に意思を明確に伝えることだけだった。
「…………そうですか」
ようやく少女の諦めたような意見が聴こえ、離されたパーカーを確認してから幸は神社の階段へと進んでいく。
「…………ごめんなさい。でも仕方がないのです」
そんな声が微かに聴こえてきた。
それでも幸は足を止めたりはしない。
そのまま階段の鉄擦りに手を掛け一段足を踏み出した。
――その瞬間、後ろから何かが通り過ぎた。
幸は思わず後ろを振り向いて確認すると、その場に少女はいない。
そして、
「強制的な形で申し訳ありません」
声は階段の方から聴こえてきていた。
今度は前に勢いよく振り返る。
すると、目の前には少女の顔がすぐ近くにあった。まるでキスでもする距離と急激な物事の変化に体が硬直して対応なんてできない。
その少ない時間の流れで額と額が合わさる感触が伝わる。
それから目の前から少女が消え、高いところから見える街並みが幸の視界いっぱいに広がった。