上村珠虎
「あ、あのっ」
ようやく声を出したサチは足を止め呼び止めた。
「そんなに私の買い物なんてしてもいいのでしょうか?」
サチにしてみれば大量に買い込んだように見えるのかもしれないが、そこまで高い買い物ではないし、無駄にはならない。それに、幸は別に貧乏ではない。
「着てくれれば必要ないこともないでしょ」
「幸さん……。あの、ありが――」
「ああっ! 幸が呑気に買い物してる!」
サチがなにかを言いかけたところで、道のど真ん中にいるとは思えない大音量の発声で誰かが遮った。
その方向を見るまでもなく幸は誰かが分かる。そもそも幸の知り合いはそう多くはないし、うるさいが全面的に押し出されているこの声を嫌っていうほどお店で聞いていた。
声がした方に幸が視線を向ける。
堂々と大股開いて人を指差す声の主は隣人である上村珠虎だった。
「その袋は貧乏には救世主のお店【エンジェルライフ】。さすが貧乏仲間だけあって心得てるな」
「貧乏ではないけどな」
一〇〇%呆れた物言いで幸が呟き、上村は服が入った紙物袋の中身を覗こうとしていた。
「あれれ、女物ばっか」
「勝手に見るな」
「あー、後ろにいる人は私の代理人さんじゃないですか!?」
いちいち大きい声に幸は自然と顔を背ける。
「あ、始めましてサチです」
「おっほーぅ! これはご丁寧に、私は演大一年上村珠虎です! タマって呼んでください!」
「エンダイ?」
「演芸大学の略」
幸が適当に相槌で教える。
「しかし、デートなのに古着とはこの甲斐性ナシめっ」
「違うし、声がでかい」
「幸さんは私に良くしてくれます!」
上村の冗談にサチがどう受け取ったのか、ムキになって力強く言ったところで、
「おお、愛を感じる」
誤解が広がるだけだった。
「じゃあ、そんな幸に私からのアドバイスをあげよう!」
勝手に話を進行するのは上村の得意技でもある。
これはできるだけ流した方がいい。
「今は男の顔が下着をプレゼントしてもいいんだぜ!」
親指を立ててサムズアップをしてみせる上村の発言に幸は固まった。
別にプレゼントをする必要はない。だが、サチの持ち物は現状着ているものと、さっき買った服だけ。幸の目論見では衣服と生活の物資を買え揃えればとりあえずはいいと思っていた。
だが違う。
正確には衣服の一式を揃える必要がある。それはつまり、服の下に着衣している下着も含まれるということだ。
もちろん買うのはいい。だが、古着でさえ幸が強行しなければ買いそうになかったサチが、素直に一人で買ってきてくれるとは到底思えない。
幸は上村の方を見た。否、見るしかなかった。
「う、上村、買い物に付き合う気はないか?」
上村は少し考える間を置き、次第にその表情がいたずらっ子のものに変わる。
「あ、明日も試験が続くんだ。早く帰らないと、ぷふっ」
短時間で幸の立場を正確に把握したくせに、後ろにそそくさと下がって距離を離していく。
「そうだ、靴は高くて買えないだろうから、お古でよかったらあげるねサチさん」
そう言い残し、
「ぶふっ」
最後に笑いを吹きだして全力でその場からいなくなった。
「あ、あのあのっ、私の事はいいですから!」
そう言われても、知らされた以上そのままにしておくことはできそうない。
「い、行こう……」
男には辛い買い物が始まった。




