定時制には必須の缶コーヒー
幸は早朝から夕方まで続いたアルバイトを終え、年齢ではとうに卒業しているはずの高校へと定時制生徒として向かい、辿り着くころには夕陽で紅く染められていた。
ジーンズに薄目のロンティーの上からパーカーを被せた私服姿。バッグの紐を肩からぶら下げ学校の敷地へと入り込む。
昼間は学生が騒ぎ、明るい雰囲気の校庭や教室も、さすがにこの時間になると静かになっている。せいぜい聴こえてくるのは部活などで遅くまで残っている一部の生徒の声。
そんな学生の活気ある声を風の音と同様な感覚で幸は耳にしつつ、昼間の学生とは別にある下駄箱で靴を履き替えてから教室へと向かっていく。
廊下を少し歩き、そう離れていない距離の教室に入るとすでに数名の生徒が席に着いて授業までじっとしていた。各々の理由で通っているだけあって見た目でも年齢はバラバラ、年配の方もいれば年下の生徒までいる。
教室を見渡して、もっとも人が少ない場所まで移動すると間隔を空けて適当な席に幸は座った。
幸が席に着いてから老若男女の一貫性のない生徒が教室に入り、同じように間隔をわざと空けて席に着いていく。
特に定時制だからとか、人との付き合いを極力無くしたいという深い意味などない。ただ各々の目的のために勉強をする。そのための適切な距離を各自でとっただけだ。
点々と教室の机が埋まっていき、時間割通りの時間になると教員が入室してくる。静かな教室に教員の挨拶で教室に久しぶりの声が響き、続けて生徒の声がぶつかるとそのまま授業となった。
七〇分授業の一つが黙々と進められ、そして終わる。
それを繰り返しながら授業合間の休憩に、幸は一人廊下へ出た。直線に伸びた廊下に電灯で明かりが灯され、使われていない廊下からは暗闇が漏れる。そんな、夜の学校という不気味な空間に幸の足音がやけに大きく響いて聴こえている。
幸は少し歩いて廊下から見える景色に足を止めた。
外には野球の設備、でこぼこで整備が綺麗にされていないグラウンド、その上に置かれているサッカーゴール、ネットが下げられたテニスコート。風が吹き、微弱な変化を与えられながらも夜を際立てるように静寂に満ちていた。
そんなどれも使うことのないものを眺めていると、遠くの木々の方向に何かぼんやりしたものが見えた。白くゆらゆら揺れている何かは、徐々に近づいてくると校庭に足を踏み入れる。
近づいてしまえばなんてことはない。背丈から少女と思われる人物が学校の敷地へと入って来ていたのだ。
昼間の生徒が夜の学校に来ること事態は対して不思議な事でもない。ふざけ半分なのか、用事があるのか、理由はその程度。
仮に部外者の侵入だとしても、これに関して幸は深くは考えない。女の子一人が入って来た所で大事になることなどないだろうと結論付けたからだ。
それに、関係のないことで幸自らが調べる必要も全くなかった。
幸は校庭の観望を止め、少女の行方など微塵も気に留めずに昼間は感じられない耳障りな機械音を発する自動販売機へと進む。
そして、幸は眠気覚ましのコーヒーを買って、残りの授業を受けるために引き返した。