9.オカマ勇者とロック魔王
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先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った城下の大通りには、倒れ伏した勇者一行を挟んだ私とサキだけが立っている。
オカマパーティは倒れたままぴくりともしないが、死んではいないはずだ。レベル81の私には、レベル35の勇者を殺すことはできない。ぼろ雑巾のようになったパーティの側には、持ち主を倒した盾が転がっている。
「どうだった? どうだった? 迫真だったか?」
サキが犬だったら、きっと尻尾を振っているように見えるのだろう。彼は勇者一行を避けて、剣を腰の鞘に収めながらこっちに歩いてきた。
「まあまあ」
「……そうか」
私は倒れているおっさん達に近寄って、褐色の盾をよく観察した。
「イチカの割には回りくどいことをしたな。さっき、後ろからそのままやれば良かったんじゃないのか。盾の裏表を同じにする意味なんてあったのか?」
サキが誤解しているようなので、きっぱりと否定する。私が無駄なことを嫌うのは、サキが一番よくわかっているはずだ。
「私は無駄なことはしてないよ」
盾が全方向からの攻撃を跳ね返すなら、それはそれは楽だったろう。私が適当に威力の大きい魔法を後ろからぶっ放せば、オカマパーティは倒れ、盾だけは綺麗なまま手に入る。だけど、オカマ賢者は盾の後ろから火の魔法を放った。それは、盾は後ろからの攻撃には何の効力も発揮しないということを意味している。
それが分かったので、私は一回目のとき魔法を放つのはやめたのだ。
「なんで」
「盾が壊れちゃうかもしれないでしょ」
勇者一行と一緒に盾もバラバラになり、二度とクリスタルとしての意味はなくなるかもしれないのだ。そのリスクを負ってまで彼らに攻撃するのは、私のやり方じゃない。運頼りは嫌いだ。やるなら確実にだ。
「だから勇者に気付かれないように、盾の裏表を反対にする必要があった。金色水晶を反対側にも作ったのは、そのためだよ」
そしてサキには、勇者一行に裏側を前に向けて構えてもらうために、攻撃が跳ね返っているフリをしてもらった。もし本当に表側が前に向いていたら、そのときはサキに魔法で攻撃で撹乱させて、反対側にしてもらう算段だった。
こうして綺麗なままのクリスタルを手に入れたという訳である。
「でも、だったら、裏表同じにしたらすぐに俺に攻撃させたら良かったんじゃないのか。あの残った魔王達がなんだって言うんだ」
「私と同じかどうか知りたかったの」
サキは首を傾げ、私は盾の側にしゃがみこんだ。
「この城下で、私と同じように、この盾がクリスタルだと思った魔王がいたかどうか知りたかったの」
クリスタルだと思わない、そもそもクリスタルに興味がない魔王は、面倒臭いと思った時点でオカマパーティなんて放っといてすぐにこの場から去るだろう。最後まで残って闘おうとした魔王は、もしかしたらこの盾がクリスタルだと気づいていたかもしれない。
「じゃああいつら、イチカと同じようにクリスタルを集めたいのか?」
「まだ分からないけど、とりあえずマークしとく」
「敵になるんだものな」
眉尻を下げたサキに、私は不敵に微笑んだ。
「仲間になるかもしれないけどね」
サキが驚いて口を開きかけたところで、私は手を叩いて話を終わりにした。今はとりあえず、この盾をオカマパーティから取り上げるのが最優先だ。
「クリスタルか……」
私の目標への第一歩。そう思うと不思議と背筋が伸ばされた。表面に生えている金色水晶は淡々と光り、私を歓迎しているのか拒否しているのか、まるで読み取れない。
思わず手を伸ばすと、何故かサキが恐い顔をして止めてきた。
「待て!」
「なによ」
「素手で触っちゃだめだ。イチカは魔王だぞ。クリスタルと化学反応するかもしれない!」
「はあ?」
「今魔王城から手袋取ってくるから!」
言うが早いがサキは魔王城の方に駆けて行ってしまった。サキの言う化学反応とやらがもしあっても、手袋すれば大丈夫な訳がないと思うのだけど。たまに忘れているけど、サキはまごうことなき天然である。
私は溜め息をついて、盾に視線を戻した。
これは表側なのだろうか。試しに上を向いている方に火のしずくを落としたら、火柱が立って前髪が焦げた。
「……」
これは表側らしい。いちいち面倒臭い代物だ。私は恐る恐る盾を裏返した。決してサキにああ言われたからではない。保険である。
私が裏側に生やした金色水晶は、表側と同じように冷たく光っている。金色水晶生成薬は全て使い切ってしまったが、代わりにクリスタルが手に入ったのだから何も言うまい。これは私が喉から手が出るほど欲しがっていたものだ。触れても化学反応どころか何の感慨も湧いてこないけど。
いかんせん普通に持ち運ぶには大きいため、収縮魔法をかけた。小指の爪くらいの大きさにすれば、ネックレストップになるだろう。奪われる心配もない。
「よし!」
縮んだ盾をポケットに入れて、私は立ち上がった。魔王城に戻って紅茶が飲みたい。
しかし、そう思ったところで視界は暗転した。
「ひぅ」
喉を冷たい空気が通る。誰かに手を引っ張られて、私は城下から転移させられた。 突然の転移によって私はバランスを崩し、硬いタイルの床に倒れこんだ。
「よーう、イチカちゃーん」
頭上から聞き慣れた声がする。私は息を吐いて、状況を素早く理解した。
「……ナイル」
「やっと捕まえたよう!」
顔を上げる間も無く手を引っ張られ、身体を起こされた。身の毛もよだつような状況だ。
「へへ、へへ、へ、へ」
赤い髪から禍々しい角を生やしたナイルは、見開いた目に私を映して上機嫌である。ロックンローラーのような黒いぴったりしたスーツまでぴかぴかしているようだ。
私は、ナイルを干していたはずの魔王城最上階のベランダにいた。上空には見慣れた紫の瘴気が漂い、それより手前には何本もの物干し竿が衣服をぶら下げている。
私は頭の上に両手を固定され、ベランダの柵に背中を預けて座りこまされた。
「ずっとサキの奴が近くにいたからな」
ナイルは身体を折り曲げて下品に笑う。もう彼の身体は私の魔法から解き放たれて、立体になっている。
私は眉間に皺を寄せた。ナイルの魔法を解いた覚えはない。
ナイルは「ヒヒヒ!」と笑ってから、紫の爪を揺らした。
「魔王城にいる全員の魔王が追い出されたんだよ。それに俺も入ってただけだ」
「……あいつら」
あとでお世話仮面を引き裂いてやると心に誓って、私はナイルを睨みつけた。
私が一人になったときを見計らって、転移魔法の照準を合わせたらしい。このゲスには勇者の襲来など関係ない。身体が自由になって、私を捕まえるチャンスが巡ってきたからそれに乗っただけだ。
ナイルは私を上から下まで眺め回して、自分の太ももをさすった。
「やっとイチカちゃんをヤれるよ! ああどうしよう、やばい、やばいなあ」
キモすぎる!身体の自由がきかない今、このクソ魔王に好き勝手にされる事態は必至である。相乗して目の前のナイルがキモすぎる。キモい!
「ねえどうしたい? ねえ」
「キモい! 死ね!」
「イチカちゃんを犯したら昇天するかも」
「来んな! キモい! 百回死んで地獄に落ちろ!」
ナイルは興奮のあまり震えだした。真っ赤な口元から垂れた酸性のよだれが、私の太ももに落ちて煙をたてる。鋭い痛みに片目を閉じた。
「ああ、やっちゃった。イチカちゃん、痛いの?」
「痛いわけあるか。これを解かないと殺すぞ!」
イカれたナイルには脅しはあんまり意味がない。こいつは最近ずっと私を犯したくて仕方がなかったらしい。もっと警戒しておくべきだった。両手の拘束の呪いは強力で、解くには私でも三十分はかかる。時間がない。
でも、こんなことで諦めるか。こいつに私の貞操をくれるのは嫌だ。というか純潔を捧げたが最後、この変態は私を狂喜しながらなぶり殺すはずだ。そんなのは絶対嫌だ!
私はキッとナイルを睨みつける。
「……何その目。ゾクゾクさせてくれちゃって」
何かナイルの裏をかく手が何かあるはずだ。さっき手に入れたクリスタルは、ワンピースのポケットの中でうんともすんとも言わない。役に立たないにも程がある。
こういうときは不意打ちが一番効果がある。というか、それしか頼る方法がない。
自由だった足を振り上げてナイルの首元に落とそうとしたら、ふくらはぎを掴まれた。鼻先にナイルの顔がある。
「っ!」
「あのイチカが、俺が怖いのか?」
笑ったナイルに観念しかけたとき、遥か下から喧騒が噴き出した。私もナイルも、身体の動きが止まる。
「――きゃああああああ!」
あの気色の悪い悲鳴は、間違いない、オカマパーティのものである。魔物たちに追いかけられているのであろう。そのうちに、悲鳴も止むに違いない。
唐突にナイルが私から離れた。
「……?」
ナイルは見たことのない顔をしていた。いつも笑っている口元は真一文字に引き伸ばされ、目線は私を追っていない。
「殺さなきゃ」
「え?」
ぽつりと告げられた言葉は、城下に向けられたものだった。私は面食らって、ナイルに話しかける。
「ナイル?」
「殺さなきゃ」
何かに憑かれたようだった。ナイルは、いつも落ち着きないはずの四肢をまっすぐ伸ばし、ふざけた様子で曲げられているはずの首元を、しっかり据わらせている。
これは彼じゃないと思った。
「俺は、あの勇者だけは、殺さなきゃ」
「お前のレベルは65だ。あの勇者は殺せない」
私はナイルも知っているはずの事実を告げた。レベル35のオカマ勇者を、ナイルは殺すことはできない。殺せないどころか、『なかまのきずな』を使われたら逆に殺されてしまってもおかしくないレベル差だ。放っておけばあの勇者一行は魔物に殺される。
おかしい。無駄に勇者に向かっていっても死ぬだけだ。そしてナイルは、今朝、私に魔王として好きなことをやるべきだと告げたばかりではないか。相手がうら若き乙女なら分かる。ナイルは人間の女を犯して殺すのが大好きだ。でも、相手は中年のむさいおっさんだ。ナイルが一番嫌いそうな人間なのに。
「殺さなきゃ」
ナイルは最後までそれしか言わなかった。ベランダの柵を飛び越えて、赤い髪が消える。
「……!」
同時に、頭上で固定されていた両手が自由になった。私は急いで立ち上がり、柵に手をついて身を乗り出した。城下では散り散りに魔物が蠢いている。一体、ナイルはどうしたというんだろう。
私は悪態をつきながら、ベランダを降りる。途中でサキにぶつかった。
「イチカ、大丈夫か⁉︎ 何も――」
「最高!」
「最高⁉︎」
15階のバルコニーに出た。ここは普段はあまり使われない。だけど今は何人かの魔王が、野次馬のように城下を眺めている。
流線形に削られた欄干に手をつくと、すでに地上ではナイルとオカマ勇者は対峙していた。
「……ナイル?」
私の隣でサキが首を傾げるのと同じタイミングで、ナイルの背中から膨大な真っ黒い瘴気が溢れ出た。
「なっ⁉︎」
あれは、私は、何度しか見たことがない。
「あいつは何をやってるんだ! このままここで『最終決戦』をやる気か⁉︎」
魔王城はにわかに湧き立った。ナイルの背中から溢れ出した瘴気は、魔王城の上に渦巻く紫の瘴気とも、私達魔王の肌の周りに漂う瘴気とも違う。重たくのっぺりした奥行きを感じさせない黒い塊は、魔王の負の感情を表すような不気味な動きを見せた。
サキが隣で硬直した。魔王の私でさえ鳥肌が立つような圧力だ。人間のサキはこの場にいるのが辛いに違いない。
ナイルの背中を覆う瘴気は次第に大きくなり、ナイル全体を包み込んでしまった。『最終決戦』への準備である。
「『時空の歪み』を展開させろ! 魔王城が沈むぞ!」
焦った声が魔王城の至る所から聞こえてくる。
「イチカ」
掠れた声が背中に降ってきた。振り返ると、サキが呆然とした様子で、ナイルの向こう側を指差している。
「何であいつら、逃げないんだ?」
オカマパーティは逃げも隠れもせず、ただ対峙していた。さっきは魔物達から逃げ惑っていた勇者達が。
ぼろぼろの彼らは、おぞましい瘴気の塊に全く物怖じしていなかった。ナイルに向けて激しい憎悪の目を光らせている。彼らは知り合いなのだろうか。そんなわけがない。
「……⁉︎」
何故。ナイルにも勇者にも利がある闘いではない。どちらが勝っても痛手を負う。なのに、何故。
二人ともぞっとするような声音で呟いた。
「魔王……」
「……勇者」
今この瞬間、彼らには彼らしか見えていないように感じた。何者も近寄らせないような透明な結界の中で、勇者と魔王はお互いを殺すためだけに、今、存在しているのだ。
「ナイルを止めろ! だめだ!」
そして勇者が剣を構えて走り出し、ナイルの瘴気が噴き出した。