8.金色水晶とすねる男
オカマパーティの持っている盾は本当に盾なのかと、俺は疑っている。さっきイチカに見せた本にあった城の天頂には、モチーフと見られる国旗が貼り付けられていた。五角形で褐色の背景に、金色の水晶が生えている。それはそのまま、オカマパーティの持っているあの盾と同じだった。
と、すると。隣の国の城が難攻不落なのは、城に設置されていたクリスタルの恩恵を受けていたからだろう。
つまり隣の国の城のモチーフを、オカマパーティは何でも攻撃を弾く盾として使っているということだ。何であんなに弱いパーティが、クリスタルを所持しているか分からないが。
とりあえず。
「何をしたんだ?」
俺はひときわ高い家屋の屋根の上で、騒ぎの中心を眺めるイチカに聞く。彼女の考えていることは分からないが、さすがに、どうしてあんな行動をとったのか教えてほしかった。
「裏側にも同じのを作った」
そんなの、見れば分かる。俺がムスッとして意地悪なイチカを見つめると、彼女はちょっと嬉しそうに微笑んだ。いつもこうだ。イチカはぶすくれそうになる俺を見て喜ぶ癖がある。
イチカの投げた金色水晶生成薬は、クリスタルの表側に非常によく似た模様を作り出した。つまり表側と裏側両方に金色水晶が生えていることになる。ちょっと見ただけではどちらが表か分からない。
しかし、オカマパーティにはどちらが表側かなんて簡単に分かるだろう。現に最初はパニックに陥っていた彼らだが、今はさっきと同じように呪いや剣撃をバシバシ跳ね返している。
だけど魔王も負けてはいない。さっきイチカが使った地面からの魔法を見て、足元からの攻撃は跳ね返されないことを学んだ彼らは、今では地面に潜ったり空からナイフを放ってみたり、多彩な方法で攻撃を試みている。まあ10人くらいだが。
ほとんどの魔王は逃げたり飽きたりしたせいで、どこか安全なところに転移している。お祭り騒ぎになっているのは、本当にオカマパーティのいる周りだけになっていた。魔王城にまっすぐ続く大通りだ。そしてレベルの高い魔王達も退屈になったのか、転移魔法でどこかに消えてしまった。
あの恐ろしい世紀末魔王に腹を裂かれる可能性はなくなったようで、俺はほっとしている。
「クリスタルを奪いに行けばいいじゃないか。なんでイチカはこんなところで見てるだけなんだ?」
ただ屋根の上で喧騒を見ているイチカに、さすがに焦れる。イチカがしたことは、オカマパーティの盾の裏表を分からないようにして一瞬だけ彼らを錯乱させ、他の魔王にはヒントとチャンスを与えたことだけだ。
今行かなかったら、せっかくの隙が無くなってしまうじゃないか。
「サキ、今オカマ達と闘ってる魔王を、よく覚えておいて」
「? 了解した」
相変わらず訳が分からない。数秒怪訝な顔をした後、俺は前方を見て約十人ほどの魔王の名前を挙げつらった。イチカは魔王城の魔王にたいして興味がないので、名前を覚えることも思い出すこともできない。俺はといえば、もちろん大体の魔王の名前を覚えている。いつかいじめられた仕返しをするためだ。
「奴らがどうしたんだ?」
「この先、私の敵になるかもしれないから」
いちいち聞く。聞かないとイチカは答えてくれないし、聞いてもよく分からないが。
今も一人呪いを跳ね返された魔王が、地面に崩れ落ちた。
そこで、イチカが手招きをする。やっとか!俺は顔をほころばせ、イチカはご機嫌に踵を上げて俺の耳に唇を寄せた。
何故、金色水晶を縦の裏側に作ったのか。聞いてしまえば、偉くシンプルで単純な作戦だった。だが、簡単には気づかないような。
「……了解した。俺はオカマと闘えばいいんだな」
「そう! 期待しているぞ!」
おどけたように言うイチカに鼻を鳴らし、屋根から飛び降りた。イチカもゆっくりと移動を始める。それを確認し、俺は声を張り上げた。
「魔王城がもう開放しているぞ」
もちろん嘘だ。知ったことじゃない。だが、オカマパーティの手強さに辟易していた魔王達は、二、三人を残して転移するためにその場を離れた。
残る魔王は、正義感と責任感が相当強いみたいだ。それとも、ここで放っておけば、どっちみち死ぬようなレベルの低い魔王だろうか。
「だが、こいつらはどうする!」
今、俺と三人の魔王は四角になってパーティを囲んでいる。イチカがどこかから見ているはずだ。
オカマパーティを指差した魔王に、俺は目を光らせた。
「俺が倒す」
「……人間のお前などに敵う相手ではないわ! 結局またレベルの低い俺たちみたいな魔王が駆り出される!」
「じゃあ俺と闘ってみるか」
三人が震えあがるのが見て取れた。ちょっと痛快だ。イチカ、俺はここまで強くなったんだぞ!
魔王城リフォーム事件によって、俺の悪名は特に低下層の魔王に知れ渡っている。三人は三人とも、低下層のレベルの低い魔王であるらしい。
「……どうなっても知らんぞ!」
そう言って魔王は三人ともその場から撤退した。こうして、城下の大通りにいるのは俺、オカマパーティ四人、そしてどこかから見ているイチカとなる。さて、ここからが本番だ。
再び現れた俺に、オカマパーティも辟易していたのだろうか、黄色い歓声をあげた。あげたのだが。
「ハゲ魔王じゃない!」
「カワイイハゲ!」
「ストレス感じちゃってるカワイイ!」
「ハゲー! あっち向いてハゲ見せて!」
「――うるさいッ!」
何だこいつら!腹がたつ!
ブフッと下品な音が路地裏からかすかに聞こえて、俺はそっちを鬼の形相で睨みつけた。失礼にも笑ったイチカは、オカマパーティの向こう側にいるらしい。
きゃーきゃー騒ぐ気色の悪いパーティを尻目に、俺はフーと息を吐いた。相手にしていられない。
細身の銀の剣を抜いたところで、その身に指を這わす。俺は基本的に剣を使って闘うが、魔法も基本的なものなら一通り使うことが出来る。付加する魔法は、あれしかない。
「来てみなさいよ!」
勇者は裏表の区別がつかない盾を、端と端を掴んで構えた。だが俺は剣を構えて走り出すなんてことはなく、勢いよく剣身を地面に突き刺した。さっきのイチカの真似だが。
「!」
真似だが、威力は段違いに大きい。何にもない大通りの地面に突然間欠泉が出来たように、勇者一行は高く吹き飛ばされた。勇者は盾と剣を放り出してしまい、痛そうな悲鳴と共に地面に落ちる。作戦通りだ。
「みんな! 早くこっちに!」
勇者は急いで盾だけを手にとって構えて、パーティは腰や背中を抑えながら彼の背中に逃げ込んだ。このタイミングだ。俺は勇者が盾を構えるや否や、刹那の一歩、斬り込んだ。
「く!」
オカマパーティ達は、次の瞬間には肩を押さえて後ずさった俺にしたり顔になった。
「効かないわよ!」
俺は無視して再び剣撃を浴びせたが、盾に剣が届かない。勇者一行は嘲笑した。
「効かないって言ってるじゃない」
「カワイイわねえ」
今だ、イチカ!
彼女が路地裏から飛び出した瞬間、俺は剣を勇者パーティに向けて伸ばした。
「!」
向けた剣は彼らに危害を加えるためのものでなく、ただ盾を横に弾くものだ。
今まで届かなかったはずの剣先が、軽やかな音を立てて褐色の盾を弾いた。勇者達は何故、盾が動いたのかと訝しげな顔をしている。
「ーーお前達にそれはもったいない」
イチカの声が響いた。勇者の背中からはみ出して見える盾に、緑に光る風の魔法を飛んでいく。気づいた勇者達がぎょっとしてイチカの方を振り返るが、もう遅い。
ぼんやりと明滅する緑の光は、向こう側の金色水晶にあっと言う間に吸い込まれた。
「そっちが表だ」
俺は簡潔に告げる。
数秒も経たないうちに、盾の水晶から凄まじい威力の衝撃を伴った風が炸裂した。鈍い衝撃音が何回も続いて、勇者一行は短く悲鳴をあげる。盾によって威力を増したイチカの風魔法は、彼女のオレンジのワンピースをひらひらさせて消えた。