6.珍客パーティとおたまで闘う男
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俺はいまだに、イチカをどうしたいのか分からない。成長していく身体と一緒に、感情なんてコロコロ変わる。人間の分際でと殺されかけていた10年前より、俺を見る魔王達の目はかなり変わった。背も伸びたし強くなった。多分客観的に見ても格好良くなったし、精神的にも成長した。変わらないのは、イチカだけだ。
彼女は多分、俺も永劫変わらないと思っているだろう。そんなわけないのに。俺は16年前、イチカが欲しかった。そばにいたいなんて安易な、甘い考えじゃない。壊したイチカの中身が欲しかった。
「イチカ! イチカ! イチカ!」
俺が3回も呼んでも、結局イチカは助けてくれなかった。俺の毛生え薬を調合していたはずの鍋は、ゴンゴン壁に激突している。認めたくないが毛生え薬は失敗しそうだ。オークの無精髭を焦がしたのが悪いらしいが、俺がそんなの知るか。ハゲが治るか治らないかの瀬戸際だ。諦めるものか!俺はおたまのみで背水の陣に挑む。
「サキ、頑張れ!」
「グヘッ」
飛んでくる鍋に頬を打ち付けられた。そのままお世話仮面がなだれ込んでくるまで、イチカは手伝ってはくれなかった。
「ゴメンネ」
イチカの部屋はエメラルドグリーンで統一されて、リネンのベッドはふわふわだ。そのベッドに腰掛けて、イチカは上目遣いで謝ってきた。
灰色の髪はいい匂いがするし、白い胸元は柔らかそうだし、緑の目は綺麗だ。おまけに唇はピンクだ。ぶっちゃけると、俺はイチカの色仕掛けにはめっぽう弱い。こいつはそれに気づいていない。つまりは俺がかなり頑張っているということだ。腹がたつ。
……だが、俺は顔を思いっきり歪めた。いくらぶりっ子されようがこれだけは許すことが出来ない。俺はしばらく、この奇っ怪なヘアスタイルでいることを強要されるのだから。
「サキだって悪いんだよ。変なこと言い出すから」
「イチカのせいで俺は10円ハゲ状態だぞ」
「え、泣かないでよ……」
「なんで引いてんだよ」
泣きそうな俺に失礼にも引きながら、イチカは溜め息をついた。ポケットから金色の液体が詰まった小さな瓶を取り出して、ちょっと嬉しそうに眺める。
「金色水晶生成薬。珍しい薬だよ。金髪じゃなくて金色の水晶が出来る薬になっちゃった」
「俺の髪を犠牲に、お前はそれで金儲けするんだろう」
「……」
「おい」
金髪の毛生え薬に失敗した代わりに、金色の水晶を生成する魔法薬が出来てしまったのだ。おまけにカンカンに怒ったお世話仮面は、しばらく俺たちに調合室を使わせてくれないだろう。つまりは、しばらくの間俺のハゲが治る確率は、絶望的。
イチカは知らぬ存ぜぬの態度を貫いているから、俺は怒りに歯を食いしばった。イチカはいっつもこうだ。俺ばかり割に合わない仕打ちを受けている。
この関係は、16年前から変わっていない。イチカは強い。俺は弱い。だから仕方がないのだが。
まあしかし、こうしてここでくよくよしていてもそれこそ仕方がない。鏡を借り、どうにか誤魔化せないかと髪をいじることにした。そしてそれを邪魔してくるイチカに必死に対抗する。この不憫さよ。
そうして格闘していると、にわかに魔王城階下が騒がしくなった。
「お?」
階下で、魔物の悲鳴と怒号が飛び交っている。俺は部屋の窓枠から頭を出し、その下からイチカの頭がにょきっと生えてくる。
「なんだ?」
魔物達の居住区に埃が立っている。ある一箇所に向かって攻撃を放つ魔物や、そこから逃げてくる魔物。様々だ。
どうやら敵襲らしいが、これは珍しい事態だ。魔物は普通、魔王城に訪れた敵を襲うことはない。わざわざ強い敵に歯向かって行かなくとも、背後の魔王城から強い魔王が出てきてくれるからだ。
だからこうなっているということは、魔物達が自分達で勝てると判断したほど弱い敵が現れたということだ。
「サキサキ、何だろうね!」
「何だろうな」
イチカが目をきらきらさせながら振り返った。退屈を嫌う彼女にとって、思わぬアクシデントは良い退屈しのぎに違いない。
魔物達の居住区は爆破音と悲鳴に溢れかえっている。敵側が有利に戦局を推し進めているように見えて、俺は目を細めた。前述の通り、魔物は弱い敵にしか向かって行かない。なのにこの事態になっているということは、一体どういうことだろう。敵が思ったより強かったということだろうか。
「……おお」
「何だろう、サキ、珍しいね」
今や城下は蜂の巣をつついたような騒ぎになっており、魔物達は負けを悟ったのか魔王城へと後退を始めている。こうなるとうるさいのが一階二階の魔王たちだ。お前行けやコラ、という毎度の大騒ぎが始まった。
そして、そうこうしているうちに敵が姿を現した。
「――うおおおおおおお!」
まるでオークのような巨体が、城下に飛び出してきた。四人。勇者、戦士、剣士、魔法使いで構成されており、なんと全員おっさんだった。
「男くさいパーティだね」
「臭そうだな」
イチカが言い、俺は頷く。
男四人の勇者パーティは珍しい。賢者や聖者は女性の方がなりやすいし、長い旅路には花が必要だとみんな考えるからだ。
そして、そのおっさん勇者のレベルはなんと35。ここに来る勇者のレベルは平均して50だから、かなり低い。魔物達が勝てると踏んで闘いを仕掛けていくのがよく分かる。
ちなみに、他の戦士、剣士、魔法使いのレベルは分からない。この世界で戦闘能力が数値として分かるようになっているのは、勇者と魔王だけだ。
「……何でだろう」
イチカは呟いてから、目を細めて奴らを観察している。レベルの低い奴らがここまで来れたのには、何か理由があるはずだ。聡いイチカはその理由が分かるまで、決して下手な手は打たない。
おっさんパーティは皆筋骨隆々で、勇者と戦士と剣士はそれぞれ立派な鎧で身を固めている。賢者は布を被って上半身丸出しだ。俺もあれくらいムキムキになったら、魔王たちにいじめられないで済むだろうか。
強面のおっさんが四人集まっているとなかなか迫力がある。魔物もビビりたくなったのかもしれない。そう言ったらイチカに冷めた目で見られた。
「……」
おっさん勇者が剣と盾を構えて魔王城を見上げた。まるで飢えたライオンのような、鋭い眼光で吼える。
しかし。
「もうッ! カワイくないモンスターなんかいらないわッ! 出てきなさい! 魔王達! 私達がひとり残らず倒してやるわ!」
俺とイチカは二人揃って口をあんぐり開け、魔王城は水を打ったように静まり返った。なんだこの人種は。おまけに、おっさん勇者の後ろにいる三人まで「そーよそーよ! 出てきなさいったら!」などと怒鳴っている始末。どうやらこのおっさん達、全員こういう感じであるらしい。なんとなく、パーティ内に女性がいないのが理解できた気がする。
たっぷり10秒ほど魔王城は嫌な静寂に包まれたあと、また最下層で不毛な争いが始まった。さっきより激しい。レベル35のオカマ勇者に殺された魔王、などというレッテルを貼られるのは死んでも嫌なのが彼らなのだ。どうせ死んだら不名誉も何もないだろうと思うのだが。
なかなか魔王は魔王城から出てこない。
「なによ! 早く出てきなさいよ!」
業を煮やしたオカマ勇者がまた怒鳴ったところへ、やっと一人の魔王が魔王城から出て行った。レベルは50。オカマ勇者にレベル15で勝っているため、勝てるかもという望みがあるのかもしれない。……殺すことはできないが。でなければもっと歯が立たないような弱い魔王が悲しそうに出てくるはずだ。
「!」
その魔王は挨拶もなしにいきなり呪いをぶっ放した。卑怯な奴だ。時空の歪みも作らないまま、たいして本気でやらずに勝つつもりなのかもしれない。
イチカが溜め息をついて、大きな目を半分にした。失望と呆れが混じった表情をしている。
「なっ――! 卑怯者!」
オカマパーティはびっくりして体勢を崩しかけたが、先頭に立つ勇者は悠然と盾を構えて呪いを受けた。瘴気の固まりをぶつける単純だが威力のある呪いだ。普通なら、まともにくらえばレベル35のパーティなどひとたまりもない。
「⁉︎」
しかし、その紫色の瘴気の固まりは、パーティを吹き飛ばすか否かの距離で雲散霧消した。魔王は身体を揺らして驚き、俺は口をぱかっと開ける。今のはなんだ。
「くらいなさい!」
勇者がそのままの体勢で叫んだ途端、さっきより大きく色の濃い固まりが現れた。それはオカマパーティから魔王へと、さっきと逆方向へと飛んでいく。魔王は動揺から抜け出ないまま瘴気の呪いをまともに受け、地面に倒れ伏して動かなくなった。
「……」
これが、レベル35の彼らがここまで来れた理由だろう。
「馬鹿だね」
イチカが怒ったように鼻を鳴らした。低レベルにも関わらず奴らがここまで来れたのは何かしら理由があるはずで、それをろくに考えずに無駄死にした魔王に怒っているのだろう。
今度こそ本当の静寂が魔王城を覆い、オカマパーティは魔王を一撃で倒したことで活気づいた。そのまま魔王城まで突入するつもりらしい。
「行くわよーー!」
こうなると出動するのがお世話仮面だ。彼らはわらわらと1、2階に群れをなして溢れかえり、レベルの低い魔王から次々と背中を蹴っ飛ばして魔王城から追い出すのだ。安寧の城から追い出された魔王は、ヤケクソになって敵に向かっていくか、死にたくなくてこっそり転移魔法を使うかに分かれる。今回の場合、オカマパーティのレベルの低さに希望を見出して、自分なら勝てるかもと闘いに参戦する魔王の方が割合が高い。目の前でひとり死んだ魔王がいるというのに。
オカマパーティは突如湧いた魔王達に度肝を抜かれて後ずさった。無理もないだろう。さっきまでひっそりとしていた魔王城から魔王がわんさか流れ出てくるのである。雑魚キャラのような密度で魔王が襲ってきたので、とりあえず一旦逃げるしかないのだろう。俺だってそうする。
「逃がすか! 私がお前達を討ち取る!」
レベル15の魔王が時空の歪みを展開した。死ぬことを選択したのだ。
彼の右手側に青黒いどろどろの固まり……『時空の歪み』が現れ、パーティと魔王を覆っていく。
「きゃああああああ!」
甲高い悲鳴とともに、オカマ勇者は盾を構えた。他の魔王達は安心して、時空の歪みを展開する魔王を無責任に応援したり、魔王城に帰ろうとしている。
イチカは頬杖を付いていた手を離し、窓から思いきり顔を出していた。多分、このままで終わる気配はしなかったからだ。俺も息を詰めた。
「えっ」
そしてやっぱり、『時空の歪み』に飲み込まれたのは、展開した魔王自身だけだった。
青黒い固まりはパーティを綺麗に避け、展開した魔王だけをぱっくり飲み込んでそのまま消えた。哀れ、自分から死ぬことを選択した勇気ある魔王は、断末魔も響かせることなくあっけなく消えた。
「……⁉︎」
『時空の歪み』が不気味に空気に吸い込まれたあと、魔王城下は愕然とし、魔王達は慌てて転移魔法を展開する準備を始める。こんな事態、今まで経験したことがない。
「反撃開始よ! 行くわよ、みんな!」
時空の歪みも使えないし、強力な呪文も使えない。無敵じゃないか!
俺はイチカの顔を覗き込み、彼女はじろりと城下を見渡した。とんでもない速さで頭を回転させているに違いない。瞳はあっちこっちに移動し、反対に、研ぎ澄まされた思考はピクリとも動かない身体に表れていた。
今や城下は悲鳴と怒号が飛び交い、お世話仮面は3階4階の魔王達を追い出し始めた。叫ばれる呪いと、唱えられる転移魔法の数はだいたい同じくらいだ。約20人ほどの魔王に混じって魔物が走り回り、オカマパーティは後退しながら呪いを跳ね返している。その様子は、確かに魔王城の脅威に見えた。
「サキ」
「うん?」
イチカが急に、緑の目を底光りさせて俺を見上げた。
「行こう」
「え?」
「あいつらのところに行こう」
びっくりした俺は瞬きで返した。イチカは続けて言う。
「あいつら、クリスタルを持ってるはずだ」