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勇者よ、私は忙しい  作者: 真中39
1.魔王城と魔王
3/40

3.コミュ障魔王と砂漠の街

 もう察してもらっていると思うけど、この世界に魔王と勇者は無数にいる。この魔王城に住んでいるのは大体百人ほどの魔王。それが各地に点々と存在している。勇者も魔王もこの世界にとってかなり特殊な存在ではあるのだけど、それが周りに百人ほどいるから、そうそうチートな気分に浸れるわけじゃない。特に魔王のチート期間なんて微々たるもので、個人差はあるけど大体生まれてから十年くらいの短いものだ。

 もちろん私も生まれてから三年くらいはヒャッハーした。何でも出来るし、そうあるべきだと思っていた。無理矢理連れてこられたこの世界に怒っていた。というか連れて来られて三分も待たずにその辺の街に放り投げられて、殺されそうになった。

理不尽な仕打ちに対する怒りは原動力で、矛先はこの世界の代表に向けられる。魔王を殺すべきだと言う人間と、魔王を殺すために存在する勇者。綺麗事を言い、周囲に愛される勇者を殺してまわった。勇者だけじゃなくていくつか村を壊滅させたし、災害レベルで王国を破壊したこともある。

 けど、すぐ飽きた。周りの魔王には飽きるの早くない?もったいないわー、と馬鹿にされたけど、私は早々に勇者狩りをやめて、退屈を持て余している。いつまでも最初の頃の怒りを引きずってはいられなかったのだ。私にはそんなエネルギーがなかった。

 元の世界では将棋と買い物の好きな普通の女子大生だったのだから、こんな生活に嫌気が差すのも仕方がない。


 私の本名は、本城一花という。女子大生だった。趣味は買い物と将棋。友達は多くはなかったけど、不自由は何もなかった。あまり詳しく思い出せないのが歯がゆい。覚えているのはそれくらいで、前の世界の名前をそのまま今の名前にしている。

 といっても魔王のほとんどが私と同じく、前の世界での記憶を多少とも保持し名前を持っている。でも、それが地球であるわけじゃない。私と同じ地球から来た魔王を探してはいるが、多分いないのだろう。死んでいった多くの魔王達も、地球なんて単語すら知らなかった。彼らは、私とは別のそれぞれの世界から来たのだ。

 魔王の数だけ世界がある。それはこの世界の異常性を、私にはっきり示していた。


「暑い……」

「脱げばいいのに」

「イチカは俺に脱いで欲しいのか?」


 暑い砂漠に、カラカラの太陽が照りつけている。私たちは魔王城から約百五十キロ離れた東の砂漠に来ていた。もちろん私の転移魔法で一発である。


「ほら、ちゃんと外套を被れ」


 魔王はあんまりお忍びで魔王城を出たりしない。大体が来たる勇者に怯えながら、それでも安全な魔王城で安穏と過ごすか、生まれたばかりの勇者を殺す為に各地の村に出征するくらいである。出るなら派手に魔物を何体も引き連れていくので、サキしか連れて行かない私はよく恨み言を言われる。

 お忍びをしようとするのも魔王には無理がある。まず人に非常によく似た外見でなくてはいけないし、纏う瘴気のせいで初対面なのに嫌われがちになる。第一印象がとても良くないのだ。そもそも長々と話をしてくれない。宿屋に泊まるなどまず無理だ。追い出されて魔王がブチ切れ、その村を壊滅させる未来が見える。

 だからこういうときにサキは非常に役に立つのだ。彼はなかなかいないくらいイケメンだし、人当たりが人には良いし、礼儀作法もきっちりしている。黒いイケメン騎士に守られた病弱な令嬢を装えば、宿屋は無理だけど図書館くらいはいけるのである。


 今回訪れたのは、東の砂漠のオアシスに栄える街、エリス。エメラルドグリーンのオアシスをヤシの木が囲み、黄土色の砂丘が地平線まで続いている。私の好きな色合いだ。からっと乾いた熱い空気が、ちりちりと身体の表面を焦がしていくようで、外套もはねのけたい気分になる。

 なかなか賑やかな街で、商会が軒を連ねる中、若い娘達が黄色い声を上げながら歩いていた。白い麻の布をたっぷりと使ったドレスを着て、色とりどりの宝石をワンポイントにあしらっている。下品じゃない宝石の連なりは珍しくて、私はしげしげと彼女達を観察した。別に羨ましくない。羨ましくはないが、ここら辺のドレスは可愛い。


「キモール虫を探してるんだが」


 どういうわけかサキが着飾った娘の一人に声をかけた。唐突すぎる!そして自分の酒のつまみを優先している。腹立たしい。


「キモール虫?」


 その娘は戸惑って周りを見回したが、だからといってまんざらではないようだ。あっという間にサキの周りに華やかな空間が漂った。私の周りには瘴気が漂っている。


「ああ。良い酒のつまみになるのだろう?」


 若いっていいものだ。サキはあれよあれよいう間にとキモール虫の情報と桃色の視線を掻き集め、私は人だかりからつまみ出された。つまみ出したそこの女、あとで手がかぶれるぞ。ほんとだぞ。

 魔王はこういうのが生来大嫌いで、それは私も例外ではない。生まれてから三年経ってなかったら、私はこのオアシスごと街を砂に埋めていただろう。町娘に退けられてすごすごと路地に入っていくなんて、私も可愛くなったものだ、全く。路地裏は暗くてじめじめしていて落ち着く。

 さてどうしようか。サキがいなくては図書館にも行けないし、肝心のある場所にも行けない。ここに来たくてわざわざこんな辺境まで転移したというのに。だからといって、「サキー、来てよう」なんて何にも出来ない子供みたいに、女子に囲まれたサキのところに行くのも嫌だ。私は魔王である!

 だけども見つかったら元も子もない。エリスの街は警戒を強め、行きたかった肝心の場所はおろか図書館にも出入り禁止になるかもしれない。どうしようか。

 

 結局私は図書館ではなくて、行きたかったある場所を訪ねることにした。図書館は最悪行かなくても諦めがつくけど、こちらはそうはいかない。相手は一人だし、どうにかなるかもしれない。

 今回私が訪ねたかった場所とは、このエリスの街に住む一人の老婆が住む家である。その老婆は、どういうわけかこの世界の生命の源の理をよく理解し、クリスタルとは、それを集めると一体何が起こるのかを知っているのだという。図書館では決して知り得ない情報だ。死に物狂いで手にしたい、私の頼みの最後の綱である。

 魔王の一人にどうしても私を犯したい変わり者がいて、そいつと必死の攻防をして勝ち取った情報だ。無駄になんか出来ない。ちなみにちゃんとそいつのものは再起不能にして、最上階のベランダに干しておいた。後は知らない。私の貞操をこんな奴にくれてやるのは勿体なさすぎると思うのだ。

 この世界の生命の源の理とは、世界を超えることに深く関係しているという。この世界に生まれて十九年経ったが、元の世界に帰ることと、そのために集めるクリスタルについては、情報はあまりに少なかった。何しろ情報の手に入れようがない。魔王だし。あの酸性のよだれを撒き散らす魔王は、手練れの勇者一行中から賢者だけを連れ去り、拷問してから吐かせたそうだ。見た目同様に吐き気のすることをする奴だと思ったが、彼のおかげで今、希望が見えている。

 そのクリスタルについて知る老婆が、私の瘴気を警戒して話をしてくれなかったら、しょうがないサキを呼んでくるしかない。私を襲いたかった魔王と同じことをする気には、私には無かった。多分今の私のレベルだと、老婆など手加減出来なくて殺すことになるだろう。


 路地を教えてもらった通りに歩き、砂だらけの、二階建ての白い小さな家に辿り着いた。路地裏に立ち並ぶ家屋は、お世辞にも住みたいとは思えなかった。すすけた壁と乾いた空気で、炭酸が飲みたくなった。壁はくり抜かれて小さな窓としての役割を果たしている。中には濃い影が落ち、老婆らしき人物は見えない。玄関のドアには、変わったデザインの、幾何学模様の金色のリースが飾ってあった。なんとなくこの街と、この家の雰囲気には似合っていないと思う。私はリースに触れて、一言二言つぶやいた。


「……」


 なんとなく緊張してきた気がする。この世界に来てからまともに会話をするのは数えるくらいの相手しかいないから、仕方ないとも言える。魔王だけど苦手なこともあるのである。


「ごめんくださいイ」


 最後のところで声が裏返った。恥ずかしい。私のか細い声が聞こえたのか、玄関先の異様に陰気な空気に気づいたのか、しばらくしてから扉が開いた。


「どちら様?……」


 現れたのは、茶色の髪を質素にまとめた、優しそうな雰囲気の老婆だった。でも私は、彼女の白い目に少し驚く。彼女は目が見えないのだ。


「あの、どちら様?」

「あ、私、イチカです。ニーナさんですか?」

「そうですけど……」


 怪訝そうな顔をしている老婆、ニーナにあたふたしながら状況を説明した。一応、勇者パーティに加わる賢者イチカということにしてある。勇者を支えてあげたいので、賢者である私は様々な情報を手に入れなければ、云々。


「ちょっと闇魔法の対抗策を研究していたら、自分に呪いをかけてしまったみたいで。嫌な感じがするかもしれません。ごめんなさい」

「ああ、そうだったの。こんな老いぼれの私の話で良ければ」


 家に入らせてもらえたので、無理矢理なこじつけと棒読みのセリフは良しとしよう。というか良しとして欲しい。私がここまで見ず知らずの他人とスムーズに喋れているのは、それだけで称賛に値することだ。

 ニーナの家は中に入ると柔らかな色彩に包まれていた。桃色の絨毯はよく使い込まれているが、きちんと掃除がしてあるし、花瓶のオアシスの花もみずみずしい生気を持って窓辺を飾っている。その花瓶の傍にはまた、あの玄関にあった幾何学模様の不思議なリースが置いてあった。目の見えないニーナは、記憶に頼って家の中で生活しているらしい。本棚は置いていないし、所々に杖が立てかけてあった。

 これは意外といけるかもしれない。見た目的にただの美少女では終われない私は、被っていた外套を少しだけ上にずらした。ニーナは特に何も気づかないようで、ソファーに案内してくれる。


「お茶はいる?」

「あ、ありがとうございます」


 そう言うとニーナはさっとティーカップを出してくれた。白い陶器の中の褐色のお茶は、大変香りがよい。サキに買って帰ろうと提案したいくらい良い匂いだ。私は紅茶が大好物である。


「で、魔王の目的について知りたいのね?」

「あ、はい。……あの、これ、すごく美味しいですね」

「ありがとう。おかわりもあるからね。あなたみたいな人が来るのは久しぶりよ。最近暇で仕方なかったの」

 

 ニーナはそう言うとにっこり笑った。昔はさぞ美人で通った容姿に違いないと気づく。見えないのをいいことに、たくさんおかわりをもらった。


「魔王の目的は、まだはっきりとは分かっていないわ。世界の生命の源の理を破壊することそのものを目的とすると、多くの人が考えています」

「はい」


 この辺は普通に知っていたと言っても怪しまれないはずだ。その先のことをぽろりと漏らしてしまわないようにしなければ。魔王の研究結果を魔王本人が聞くのは、すごーく違和感が多くなるはず。


「この世界の全てのものには命があります。海や川、この砂漠にもあります。それらが私達の前でその姿を保っていられるのは、世界の生命の源が存在しているからなの」

「はい」

「この世界の生命の源を、イコと呼びます。全てのものの源。これが多少減るだけで、私達人間はたくさん死ぬことになります」


 それって、私達魔王にもあてはまるのだろうか。


「イコの(ことわり)とは、そんな現在のものの姿を保つための法則のことです。これが崩れてしまうと、世界は私達の馴染みの姿を保って入られません。清涼な川に泥の毒が溢れ、青々とした芝に真っ赤な粘土が張り付きます。私達の手と足が反対になることもあります」


 話がすごいことになってきたぞ。私は眉根を寄せ、ニーナの話に聞き入った。彼女の掠れた声には、話していることに嘘はないと思わせる自信が隠れていた。確かに、嘘はない。


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