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勇者よ、私は忙しい  作者: 真中39
1.魔王城と魔王
2/40

2.食堂魔王と毒蛇煮込み

 私の名前はイチカだ。魔王っぽくない名前とよく言われる。くるくるした長い灰色の髪と、明るい緑の目をしていて、二十歳くらいの容姿である。絶世の美少女だと思う。これは主観的に鏡で見て、とかではなくて、魔王とは本来とんでもなく醜いか美しいかに分かれているので、私は後者だっただけの話。いや中には腐臭を撒き散らして嫌われている魔王もいるので、こちらで良かったと思っている。ちなみに黒い角とかは生えていない。比較的一般人に近いタイプだ。

 魔王にも本当に色々な姿形の者がいて、共通しているのは「あ、こいつヤバそう」と一目で分かる禍々しさ、凶悪さを秘めた雰囲気だけである。魔王だし。


「イチカ!」


 コンコンの後。一秒も経たずに部屋のドアがかなり乱暴に開けられた。ノックの意味がない。殺風景だが、エメラルドグリーンに統一されたこのお洒落な部屋が、私の魔王城での本当の居住スペースである。

 そしてそのエメラルドグリーンを背景に、真っ黒い鎧とマントを着た、怒れる男がずんずん突き進んできた。


「これ、お前が放り投げた物だろう」


 名前はサキ。御歳二十三歳の立派な青年だ。ちなみに普通の一般人である。魔王城に魔王以外の人間が居るという非常に稀有な例であり、魔王と共に生活している唯一の存在だ。16年前、私が勇者を殺しに行った村の生き残りで、理由はよく分からないけど、私について来た。魔王とは全人類の共通の敵であり、最も憎むべき存在だ。なのにこいつはホイホイと私について来てあろうことか魔王城に住み着き、私にお節介を焼いてくる。つまり頭がおかしい。魔王城で普通に暮らして、魔王である私に絡んでくること以外、普通の人間なのだけど。

 そんな彼が突き出した、割れてもいない紅茶用のカップを見て、私は目玉をぐるりと回した。


「誰かに当たった?」

「当たったも何も魔王に当たったぞ! おかげであいつ、時空の歪みに気絶状態で入ることになった。今頃勇者達に先手を打たれて大変なことになってるはずだ」


 それはいけないことをしてしまった。戦闘場面に入ると魔王が気絶状態なのだ。どんなヌルゲーかと。

 お怒りのサキは、短い金髪をかき混ぜて私の肘のついてある机に座り込んだ。彼が怒るとだいたいこれで、長い足を組み、説教してくるのだ。上から。正直ウザいからいつもぶん殴って窓から放り投げるのだが、今回ばかりは私も反省している。


「大丈夫だよ。言ってもレベルは24あったし」

「もうちょっとで二倍になるところだ! 下手すれば『なかまのきずな』を使われなくても殺されるぞ。反省しろ。そもそも勇者と魔王の最終決戦に要らんいたずらなんかしやがって」


 こいつのウザいところは正論を振りかざしてくるところだ。私はずる賢いが、サキほど口が上手くないからいつも手が出る。


「……どうせ死ぬんだからいいじゃない」

「あの魔王は最後まで魔王らしくいた。それを汚したのはお前だと言ったんだ。どうせ死ぬなら魔王として死にたいと、お前はそれすらできなくさせたかもしれないんだぞ」

「うるさいっ」


 サキと話していると自己嫌悪ばっかり湧いてくる。こんな感情は全くもって無駄だから、サキの説教は私の人生においてほとんど無駄だと断言できる。

 サキの価値観は独特だ。それは普通の人間とは似ても似つかない。人間を殺す魔王は、死んでも仕方がないし死ぬべきだ、でも、最後まで魔王として死ぬべきだと。その考えは魔王の私は愚か、一般人には到底理解しがたいに違いない。彼は魔王に一種の存在意義を認めているのである。つまりわりと頭がおかしい。でも正論ばっかり言ってくる。うるさい。

 とりあえず私は魔王なのだ。こんな一般人に説教されるとは、さすがに矜持が許さない。


「そんなの知るか! 私は魔王だからいいの! あんまりうるさいと殴るぞ!」

「魔王だからしちゃいけないことがあるだろうが」


 私はサキを窓から放り投げた。もちろん魔法でだ。こんな背の高い男、持ち上げられる訳がない。魔王だけど。

 窓から飛んで行ったサキはだいたい地上に着地してから、食堂を通って私の部屋に再びやってくる。サキの一番のウザさはこのしつこさと頑固さだ。でもだいたい二回目、三回目と私の暴力は酷くなってくるので、特に何も言わなくなることも多い。

 本当に怒ったときは、サキは一般人のくせにこれでもかと反抗する。以前凄まじい喧嘩をしたとき(理由は忘れた)、サキがブチ切れて魔王城の三階ホールから一階まで吹き抜けを作ったことがあった。勘違いしないでほしいが、私はその気になればここからマントルまで吹き抜けを作ることができる。多分。

 この魔王城リフォーム事件は、低階層に住む魔王、特に三階以下の者に著しい恐怖を与えた。その時から、一般人サキに対する魔王達の態度は、腫れ物を扱うようになったのは言うまでもない。どうせ死ぬ魔王だが、皆一般人に殺されるなんて死に方はしたくないのだ。

 なんだかこのままここにいるのもサキを待ってるようで癪だから、私は遅めの朝食をとることにした。今日はこのまま、少し外に出てみようかと思う。

 

 一階の食堂では、相変わらず陰気な空気をまとった魔王たちがつまらなそうにブランチをとっていた。魔王が食堂!と思うかもしれないけど、もちろん魔王はその気になればごはんなど一週間近くとらなくても元気でいられるし、面倒臭かったら部屋まで持って来てくれるサービスもある。魔王様々。まあ中には城下に住む魔物を炙って食べる奴もいるし、人肉食を好む奴もいる。いろんな魔王がいる。私はといえば、やはり普通のマフィンとかベーコンとか目玉焼きが好きだ。普通が一番だ。

 食堂というのはもう普通の大学や高校の食堂を想像してもらって構わない。魔王たちは列を作って並び、奥にいる仮面をつけた『お世話仮面』に注文をする。このお世話仮面というのは全員白い割烹着を着て、全員同じ無表情の仮面を付けた奴らである。人間なのか魔物なのか、詳しいことは分からない。


「コレオススメ。オイシイヨ」


 『メス焼き』をお勧めされた。何のメスか分からないし、まず見た目がよろしくない。眉根を寄せると、お世話仮面は私の頼むいつものメニューを用意した。


「イチカ」


 私は一気にアンニュイな感じに盆を掴んだ。いつも通り無表情なサキが、盆を持って私の後ろに並んだのだ。ケガもしていない。腹立たしい。


「なに」

「今日は出かけるのか?」

「なんで」

「服がお気に入りだろう」


 十六年という付き合いは、こうも見抜かれやすい関係なのか。それか私が分かりやすいだけか。私はますます顔から表情を落として、サキの言った通りお気に入りの紺色の短いドレスに目を落とした。

 私は魔王の割にお洒落が好きで、部屋のドレッサーにいくつも服を溜め込んでいる。周期的に好きな物は変わるけど、サキはその度に目ざとくそれを発見してくるのだ。


「キモい、死ね」

「死にません。イチカ、行くなら俺も行くよ。どうせ東の砂漠の村の図書館だろう?」


 あーもう!ウザい!普段は冷静沈着な私が、サキ相手だとどうもうまくいかない。最近特に。最近特に、サキはどうも調子に乗っている気がする。イケメンになってきたのと比例するように。美しい魔王達の中にいても見劣りしなくなったこいつは、紅色に輝く目を細めた。


「キモール虫が採れるオアシスがあるからな」

「キモール虫?」


 あまりのネーミングに、怒っていたのを置いておくことにした。


「キモール虫ってなにそれ。キモい」

「良い酒のつまみになるらしいぞ。十一階の魔王に聞いた。あのライオンみたいなデザインの奴」


 私は呆れてため息を吐いた。サキはすごい味音痴で、かつ悪食だ。最悪のコンビを組み合わせ、魔王達も好まないような物を好んで食べる。そして量も半端じゃない。魔王城の雑事を担当するお世話仮面もサキが嫌いである。


「良い酒が手に入ったから。イチカも大丈夫だと思うよ」

「どんなお酒よ」

「煮込んだやつ」

「何を煮込んだか聞いてるんだけど!」


 サキはケラケラ笑いだした。笑い声の全くない魔王城では、彼の笑い声は気持ち良いくらいよく響く。私はこの低い笑い声を聞くのは好きだけど、陰険で嫉妬深い魔王達が良く思わないのは当然のことだ。今もメドゥーサみたいな魔王が眉間に皺を寄せてこっちに近づいてきたが、サキの盆に乗っている毒蛇の煮込みに気づいて去っていった。ちょっとかわいそうだ。


 食堂で食事をとる魔王達は、他の魔王と情報交換や意見交換をしたいのがほとんどなので、割とよく喋る方の魔王が多い。といっても快活にお喋りをするのは私やサキ含めごく少数派なので、テーブルの上でボソボソと暗ーいトークが行われている。内容も大体、「俺はこの前勇者三十人斬りをやった」とか、「私は勇者の愛する女賢者を、奴の目の前で真っ二つに引き裂いてやったわ」とか、本当に面白くない。魔王は性質上、過去の栄光に縋ることが非常に多いのだ。


「西の河岸の村に勇者が生まれたっぽいよ」

「本当か! かくなる上は私が!」

「いやいや、俺来年レベル18になるんだぞ! 俺に行かせてよ」

 

 悲しい会話の聞こえるテーブルの隣に、サキと向かい合わせで座った。サキの盆の上にいる毒蛇の煮込みの毒蛇が、これまた悲しい目を私に向けてきた。さすがの魔王のこの私でも、これには沈痛な面持ちになる。


「今度の図書館には収穫がありそうか?」

「微妙なところ。サキ、ついてくるならあんたも手伝ってよ」

「うん。見つかるといいな、イチカ。クリスタル」


 全ての魔王には命題的に、その生涯に渡って存在し続ける目的がある。各地に散らばったクリスタルを自分のもとに集め、生命の源の理を打ち破ることだ。私にも、ここにいる魔王にも、ここにいない魔王にも、朝死んでいった魔王にも、共通の目的がある。生命の源の理を破壊し、元の世界に帰ること。

 私は、地球に帰りたいのだ。


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