第五話
「博士! あの者の処分は」
「いや、それは結構だ。実験の材料になってもらう。死んでしまったゴブリンのためにも身を持って償ってくれるはずだ。この剣もな」
「……」
壁が薬品だらけの棚で覆い尽くされた、五畳程度の部屋。奥にある実験用と化したデスクには、一本の剣が置かれていた。
先程から大分待ったが話すことは無かった。
「こ、この剣が本当に喋るんですか……」
黒いオーブの男の一人が、呆れた口調で聞いてきた。しかしコイツに意思があることはほぼ確定したと言っても過言ではない。
「ああ、話すさ。これを見たまえ」
と言ってパソコンをこちらに向ける。難しい図表を見せられるのかと思ったが、パソコンの画面には監視カメラの映像が映されていた。
「これは……」
「ああ、この少年、独り言をずっと話している。会話からして誰かと会話している」
黒いオーブの男はフードを外し、目を丸くしている。
研究者であり、この研究所の主である、井門実は、魔物の生態についてを主に研究している。
この研究所やVRのシステムは親がとある発明をした事をキッカケに得た大金を半分以上はたいたのだという。そのとある発明に関しては今度。
そして今一番熱いのが、このゴブリンだ。自分の姿や言葉をあらゆる別の物体に変化させ、極めて高い頭脳を持つと言われる、ジェルと言われる魔物の細胞を採取し、ゴブリンの身体に流し込む。すると、ジェルの特性がそのまま伝承されるのだ。
単純過ぎたのでゴブリン以外を実験台にしてみると、ことごとく失敗してしまう。これはゴブリンだけの力だ。この実験から僕はゴブリンの為だけに実験を進めてきた。ゴブリンは全ての始まりなのだ。
「おい、そこの者、あの少年とコソ泥に食事を」
「はっ」
黒いオーブの男らは早足で部屋から去って行った。
「で、だ。君は何故口を開かない。他人にもこういう態度をとると、嫌われるぞ。名前も言わないし。これじゃああの少年も悲しむ」
「……」
「あー、何なんだもう……」
「水を……出せ」
「はいぃ?」
突然の主張に驚いて椅子から落ちそうになった。
「水が欲しいのか?」
「……」
水はいらないらしい。冷やかしか。
「じゃあ水はいらないんだな」
「いる」
こうなる予想はついていた。
「はいはい」
嫌々水を用意されているように見えるが、進展があったことにとても喜んでいる。コップに部屋のシンクにある水道の水を流し込み、渡す。
「ほれ」
「少ない。鍋に入れて」
「なっ……分かったよ」
進展のためだけにこき使われている気がするが、まあ良いだろう。実験用の釜いっぱいに水を入れてきた。
「これで勘弁」
「汚いから駄目だ」
「こんの野郎……」
しかしここである物を思い出す。部屋から飛び出て、調理室の新品の鍋を手に取る。それを持ったまま、見回り中の黒いオーブの男に話しかける。
「今からゴブリンがいるあの部屋に行くからついてきてくれ」
「はっ」
ゴブリンとは言え、同級生や友達でもなければ親戚でも無い。敵と見なされ殺されかけるだろうから、一人位警護をつけた方がいい。
五つの鍵を順番に開け、見えてくるのは、大自然の世界。山や森が広がっている。しかし擬似。
「あの川だ。行けるか?」
「もちろん」
黒いオーブの男は懐から紙飛行機を取り出し、投げる。すると巨大な飛行機となり、上に乗ることが出来る。あり得ない話だが、擬似の世界では可能だ。
上からの世界も絶景で、心が高鳴る。しかし川を見つけると、飛行機は急降下し、やがて着地と同時に紙飛行機に戻る。着地時に尻餅をつかないようにするのが、今後の目標だ。
「ここです」
「ありがとう」
川の水を一気に鍋で汲み取り、また飛行機を取り出す。そして乗る。この鍋の重みで飛行機が落ちないか心配だ。
「しかし博士、それは何の為に」
「また今度教えよう。今は急ぎだ」
「御意」
帰りも同じ手法。上空からだと直ぐに居場所が把握出来るのが嬉しい。黒オーブの男は巧みな技術で飛行機を操る。
「到着です」
「速っ」
感心している場合では無い、直ぐに届けなければ。軽く礼をするとその場から立ち去った。
「ハァハァ、これで、どうだッ」
「おお、ありがたい。しかし何故その水道水を使用しなかったんだ?」
その質問に応えることなく、僕は剣を叩き付けた。
「で、お前はどうやって水分を補給するんだ」
「水に浸してくれ」
大胆だが、これもアリなのだろう。
水に浸すと、剣が明るく光り始めた。
「我はポセイドン」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!」