奇跡
どれだけ泣いていたんだろう。
人の通りは相変わらず多い。
夜の12時半だ。もう、25日になっている。
「メリークリスマス」
誰に言った訳でもなく、一人呟いた。
「メリークリスマス!!」
返事は突然、雪とともに空から降ってきた。初雪だ。
初雪と一緒に、声も降ってきた。サンタかな。Xmasにひとりぼっちの私を見兼ねて、きてくれたのかな。そんな訳ない。
「どうした?」
男の声だった。声のするほうを見上げた。
涙で薄ぼんやりとした視界に入ってきたのは、奇妙なものでも見るような目でこちらを見ている男。
ちょっとつり目の、人好きのする顔立ち。
雰囲気が、将に似ている。
なんて思うのは、錯覚かな。
「大丈夫?」
もう一度男が聞いた。
なんだろう。
大丈夫?って言われただけで、とても安心した。
「え?え、えぇ?な、何か、オレ悪いことした??」
ううん。してないよ。
違うって言いたいのに、涙があふれてくるばかりで、声が出ない。
ふわっと、シトラスの香りが広がって、そのにおいに包まれた。
「!?」
驚いたけど、嫌だとは思わなかった。
むしろ、とても安心して、男の体にしがみついて余計に泣いた。
そしたら、男はもう「どうしたの?」とは聞いてこなかった。
かわりに、やさしく抱きしめられた。
しばらくして涙が落ち着いた頃、冷静になる。
私はなにをしている?
彼氏にフラれたショックかなにかわからないけど、確実にそうだけど、誰だかわからない人の胸の中にいる。何故。この人誰。
「あのー…」
覚えてる。すがって泣いたのは自分だ。
多少の気恥ずかしさを含めながら、相手の胸から顔を離す。
「すみませんでした…」
「なにがあったかは知らねーけどさー」
ぽん、ぽんと、まるで赤ちゃんをあやすようなリズムであたしの肩に回した手を動かしながら、男が言った。
「クリスマスって奇跡が起こると思うんだ」
「奇跡…?」
「だから、なんか辛いことがあったのかもしんねーけど、いいこともあるかもよ?」
慰められてるのだとわかった。
目の前で見ず知らずの自分に微笑むこの男は、いい人なのだろうか。もしくは新手のナンパか。
怪しさ満点である。
怪しむ私の心を見透かしたかのように、苦笑する。
「怪しまれてるのはわかった。まあ、ただの善意っていうか、ボランティア精神っていうか、自分もちょっと傷心状態だから笑」
この人が悪い人には見えない。
もし怪しい人だったとしても、この時はどうにでもなれと思っていた。
確かにこの聖なる夜は、奇跡だったのかもしれない。
この人はホッとした。
将がいなくなって淋しくて、その埋め合わせだったのかもしれない。
でも。
「俺と、付き合お?」
突然何の脈絡もなく、男はいった。
その言葉に、私は自然とうなずいた。
「俺、ヒロトって言うんだ。いまから、お前の恋人」
ねぇヒロト。
まだ、お互いのこと知らないし、
私はまだしばらく、将のこと、忘れられないかもしれない。
なんで、私と付き合うのか。
その理由も貴方の事も何もわからない。
これから、お互いのことを知って行けばいいと思う。
この出会いはきっと、初雪が運んできてくれたキセキだと思うから。
【fin】