追憶
「ごめん。聖、俺と別れてほしい。本当にごめん。大切にするって言ったけど、俺には…
聖より大切な人ができたんだ。今、聖より、その子の方が大切にしたい。幸せにしてやりたい。勝手だなって、分かってる。でも……本当に、ごめん。約束も…守れなくてごめんな……」
「将…」
ドラマとかでよく聞くような台詞を言う、数分後には元彼になるであろう彼をぼんやりと見つめながら考えてた。
ずっと大切にしてくれた、優しい、いい人。
うわ、とか思っちゃうような台詞も、将に言われると、むず痒くて、でも素直に嬉しかった。
ほんとだよ、勝手すぎる。昔から、そうだよね。
ずっと、小学校のころから、そんな将が大好きだったんだから。
別れを告げられたことはショックだし、悲しかったけど、それより傷ついたのは、謝り続ける将の姿。
そんなに、大切なんだ。そんなに必死に私に謝るほど、大好きな子なんだ。私が、将を想うのと同じくらい、その子が大好きなんだ。
でも、私は、そんな謝っている姿なんか、見たくない。
最後なんだから、かっこいいとこ見せてよ。
そんな、あの子に対する気持ちを、私に見せないでよ。
何でそんなに謝るの?
そんなに、私に悪いことしたって思ってるの?
謝ってなんか、ほしくない。
やだな、これじゃ、嫉妬じゃん。
醜い。
「うん、わかった!じゃ、元気でね!!」
やっとのどの奥から出た言葉は、こんなにそっけないような別れの言葉で。可愛げの欠片もない、唯の聞き分けのいい女みたいで。
あまりにもあっさりとしていた。
涙は見られたくなくて、寒さと涙をこらえてこわばる顔を、必死で笑顔を作った。
ちゃんと、笑えてるのかな。
きっと、笑えてないんだろうな。
何時だったか、私、思ったことがある。
大好きな人との別れの時は、泣き顔じゃなくて笑顔を見せたい。
いい思い出で記憶に残したいから。
実際は無理なんだな、とどこか冷静に考えてる自分もいた。
将は今、どんな顔をしてるんだろうな。
別れを承諾してくれたことにホッとして嬉しい顔をしてるのか
それとも、優しい彼だから、きっと悲しみと無理な笑顔が混ざった悲惨な私の顔を、悲痛な顔でみてるのかな。
後者であって欲しいと思ってしまう。
きっと、たぶん、もう少しで耐えられなくなるから、その前に将の前から走り出した。
後ろから名前を呼んで、
追いかけてほしかった。
抱きしめて欲しかった。
嘘だよって言って、
欲しかった。
将は声をかけることも、追いかけてもこなかった。
「……っ」
冷気が身にしみる。体が震えてきた。
5年間ずっと一緒にいた。
すぐ隣にいて、話しかければ笑ってくれたし、笑いかけてくれたら、こちらも自然と笑顔になった。
私にとって将は、なくてはならない存在になっていたし、将にとっても私はそんな存在だと思っていた。
だけどもう、将の胸には私がいなくて、ほかの子がいる。
今頃、将はその女の子と一緒にいるのかな。
別れたくなかった。
でも、将に幸せになって欲しいし、将が今幸せならいい。
なんて…
「…っ!…ふっ……ん…やぁ…うわぁぁぁっ…」
涙をこらえることなんて出来なかった。
街の中、人が行きかう中で、人の目も気にせず、泣き出した。
人々は気づいてないように、通り過ぎていく。
そんな街だから、今は有難かった。
ずっとこのままでいたかった。