金から銀へ
「やめ……て下さい」
宙をもがくように、守夏は手を『紅葉山』へ向けるが、その手が『紅葉山』を捕らえることはない。
守夏の中に納められていた剱が強い抵抗を生みながら、『紅葉山』の手へ戻ろうとする。
「やめて下さい……、朱秦様、私を、あなた様から切り離さないで下さい。あなた様と、私の、数千年を」
──そなたが大好きだ──
─私も、朱秦様を愛しております──
ぶつりと糸が切れるように、守夏の体が玉砂利に落ちた。
支柱となっていた剱が完全に鞘であり器であった守夏から引き抜かれたのだ。
『紅葉山』の手の中には紅葉を細工した雅流麗な剱がある。
無感情な瞳で『紅葉山』はその刀身を見つめて、無造作に刃を放り捨てた。
その無関心振りは守夏の扱いに似て荒く愛着など見られない。
「あなた様と……私の……」
痛みに呻きながら守夏は『紅葉山』の足に匍匐しながら食いついた。
繋がりを強制的に断たれ、守夏には先ほどまでのように山を感じることはできない。
暖かに感じられていた全てが酷く冷たく感じるのは、山への繋がりを失ったからではない。
千年に及ぶ侍従を越えた信頼関係を、たった一手で無慈悲にも断ち切ったかつての主への形にできぬ憎悪によるものだ。
従を地に這わせ、それでも『紅葉山』は無慈悲な視線を湛えたまま見下ろしている。
「あなた様と私の間柄は、こんな、無慈悲に裂かれてしまうものでは、なかったはずです」
玉砂利を握りしめ、守夏はあらんばかりの力を込めて立ち上がった。
開け放たれた衿を正すこともできず、よろめいて守夏は構えた。
「よく……も」
苦しみと、痛みと、踏みにじられた思いに守夏は腹の底から呻いた。
「よくも私を大好きだなどと、その口で……千年の間……紙くずのように捨てられるものに、愛情をかけたなどと……」
渦巻く痛みと苦しみに、守夏は一度口の中に溜まった血潮を吐いて続けた。
「私を……」
いくら吠えても、何も返してはくれない主。
何を言われても否定としかもう受け止められないと分かっていても、求めようとする己の弱さに守夏は呻いた。もう一度大好きだとそう言われたいだけだ。
必要だと言われたいだけだと、そんな下らない感情だと分かっている。
立ち上がったものも、体を支えることはできず守夏は膝をついた。
『紅葉山』は何も言わない。
ただ、時雨の泣き声だけが嵐のように『紅葉山』に響いていた。