銀から金へ
──そなたは、かけがえのない、私の大事なたった一柱の侍従──
胸に刻みつけた主の厚い信頼の言葉。
たった今放たれた言葉かのように、今も胸を高鳴らせるというのに、今は苦しみすらある。
─私には、守夏がおるから、他に侍従はいらない─
どこへ行くときも、何をする時も手足となった。
ひとの子の願いを叶える主の側に、ずっと付き従っていた。
主の存在が、誇りだった。
『紅葉山』の侍従であることが、守夏が存在する全てだった。
─そなたが大好きだ─
その言葉を信じている。
視界が広がる。
石畳の左右に玉砂利が敷かれ、嵐に負けず聳える朱塗りの巨大な鳥居と社殿が守夏を迎える。
息を整えて、周囲を警戒しながら本殿へ足を踏み入れた。
手前から最奥まで一列に並んだ蝋燭の明かりに照らされて、変わらぬ容姿で主が一服していた。
ふぅ、と紫煙を吐くと煙管を傾け『紅葉山』は影になっている守夏へ声をかけた。
「よく帰ってきたな、守夏」
「……朱秦様」
「勝手に飛び出して、勝手に戻ってくる。そのように躾をした覚えはなかったが、向こうの侍従らを鈴なりに連れて何をしに戻ってきた」
上座に座っていた『紅葉山』が立ち上がると、守夏は一歩後退した。
「こ、この度の『葵山』奪取の件、訳あってのことと、今一度お話をさせて頂きたいと『大豊山』に申し上げて参りました」
守夏は息を飲み、『紅葉山』の返答も待たず続けた。
「朱秦様が直接お話できぬ事情であれば、この守夏が再び名代になります。深い理由があってのこと、どうか守夏にその真実をお話下さい。まだ、まだ今なら間に合います」
揺れていた蝋燭の炎が、沈黙とともに直立する。
必死の形相の守夏をよそに、『紅葉山』は気怠そうに首を傾げる。
「咲夜が欲しかった。『豊山』より先に、咲夜を私の嫁にしたいと、思い立ったから奪った」
それが説明のつもりなのだろう。
『紅葉山』はそれだけ言っていつものように笑顔を投げた。
「すでにそう『豊山』に告げたが、あれは聞いてはいなかったのか?」
「それは、あまりにも……『大豊山』を傷つけ、『葵山』の尊厳を踏みにじっておるではありませんか。あなた様らしくない。違います」
「私らしくない?」
絹地が擦れる音がして、『紅葉山』は守夏の前に立った。
「私は変わらぬぞ? 私らしさとはそなたの中での理想に過ぎないのではないか?」
美しい金髪も、赤い瞳も確かに変わらない。
袖を広げて『紅葉山』はいつもと変わらない所作で守夏の頬に手をあてると優しく撫でた。
いつもその愛撫を心易く受け入れていたが、今はそう思うことができない。
『紅葉山』を信じることができない守夏の気持ちは表情に滲み出ていて、当然それを『紅葉山』も察知していた。
「私の侍従でありながら、余計な采配をしたものだな守夏。私は『豊山』に詫びるつもりも咲夜を手放すつもりもない。これで万事良いと思っているのだ」
「そのような、童子のようなわがままは、貴方の中にはないはずです」
「そなたの評価など、私は求めていない」
頬に優しく触れていた手が離れ、胸を軽く押されて突き返される。
突き放されて守夏は呆然として、次の言葉を失ってしまった。