銀から金へ
『大江山』鬼嶽が浮冬らに与えた情報は間違いがなかった。
『紅葉山三ノ宮麓』に進んだ彼らの前に、村上と山ノ狐たちの姿があった。
『紅葉山』の所業にはもうついては行けないとする山の者たちを連れ、誠意として山に敷かれていた結界を解いて現れた。
守夏は身内である狐たちを労い『紅葉山』を離反した代表格の村上を呼んだ。
『紅葉山』の計略である可能性もまだ否定できない。
対処によってはその場で処断も辞さない。
だが呼びつけた村上はまだ年もゆかぬ小さな山ノ狐で、守夏に傅くと淡々と受け入れを感謝してみせた。
「今、『大紅葉山』を守るものたちは」
「誰ひとりとしておりません。こうして守夏様はじめ『大豊山』の庇護に下ったものばかりでございます」
「『葵山』はご無事か?」
浮冬の問いに村上は頷く。
「奥の院の座敷牢に、分社時雨様と侍女松緒様と、捕らわれでおいでです」
「なんということだ」
浮冬が顔色を変える横で、守夏はぎゅっと目を閉じてその様子を想像しないように努めた。
そのような乱暴を働く主ではなかったと、今でも信じている。
村上はその悲痛な守夏の顔を無表情で見つめていたが、すっと立ち上がって浮冬に問うた。
「我らの身の上は、保証頂けるのでしょうか」
「結界崩落の功を立てれば当然だ。充分な褒美と計らいを伝えよう」
村上がにっこりと笑ったので、守夏は村上の前に立ち声を荒げた。
「そなたは、己の出世の為に『紅葉山』を裏切ったのか」
「裏切ったのは『紅葉山』でございます。非道たる行い、秩序を乱す自分勝手な振る舞い。我らは見限ったまでのこと。守夏様それはあなたも同じではございませんか?」
守夏は村上の刃のような切り返しに、返答を返せない。
侍従であれば主がどのような行いをしてもついて従うべきだと、村上が言っているのが分かる。
村上のように身分の低い子狐達であれば、忠節を誓う必要もないだろうが、守夏のような侍従は違う。
「待て山ノ狐──守夏は『紅葉山』を裏切ったわけではない。これはまだあの方を信じているのだ」
浮冬の言葉に村上は心底驚いた顔をしてみせた。
守夏は詳細を語る様子は見せず、浮冬らを置いて先に石段を駆け上がっていく。
結界さえ消えれば、あとは守夏の足を止める障害などこの山には何もない。
「我らは『大紅葉山』を処断する気持ちでここにおるが、守夏はまだ説得をするつもりでいる」
「……無駄なことです」
「そなたもそう思うか」
「たった一時でも、己の判断だけで主の側を離れた侍従には、説得などすることはできないでしょう。側にずっといた我らでさえ、どうすることもできなかったのですから」
「どうかな。守夏が率先して『大豊山』の処へ直参し頭を垂れて詫びて居らねば、今ここにいるのは我らではなく『大豊山』ご本人。烈火の如く『大紅葉山』を処断されたに違いない。守夏の行動は主の為のものだ」
「侍従というものは、面倒くさいものでございますね」
村上の率直な意見に、浮冬は笑ってみせた。
「相手があのような、奇行をされる御方ではなおさらな」
浮冬は『紅葉山三ノ宮』へ陣を張り直すと、体制を整えて再び進行をはじめた。
守夏は単身で石段を駆け上がる。
『葵山』を助け出すことなど、正直二の次である。
それは兄である浮冬たちがすればいいこと。
『紅葉山』の侍従である守夏の優先すべきことではない。