金から銀へ
「『大紅葉山』はおっしゃいました。守夏様は巻き込めないと。──理解できます。『大紅葉山』のご寵愛厚き侍従で、あの御方は御出自も総本山という立派な稲荷神。ひとの子の血を引く稲荷などを、容認できる訳がありません」
ひねくれた物言いであった。
自分は寵愛されていないので、最後の最後までここにいるのだというようにも聞こえる。
だが村上はそれを示唆していたわけではない。
「ですが、私は違います。生まれも育ちもここ『紅葉山』。あなた様の為に生まれ、土を食い育ちました。この土地を離れて誰の侍従になろうとも、噛みしめた土の味を忘れる愚鈍ではございません。守夏様にはできぬこと。『紅葉山』出自のものたち全て、それを分かっております」
「立派な従者でございますね、侍従の器を持っておられる」
松緒の言葉に『紅葉山』はやんわりと微笑んだ。
「我が心の丈を理解してついてきてくれたからこそ、愛すべき山ノ狐たちにも迷惑をかけたくはない。頼んだぞ」
村上は『紅葉山』の燃える瞳を見つめ、深く頭を垂れた。
「さぁ、私も立派に芝居を打とう。穏便に済ませられるのならばそれが一番だがどうなるか」
「兄様」
手の中の時雨を松緒に託し、立ち上がる『紅葉山』に咲夜がすがりついた。
ぎゅっと兄を抱きしめると、『紅葉山』は寂しそうな笑顔を浮かべ抱擁を返した。
「妾の業をお許し下さい」
「許すのは私ではない、『みかど』でもない、いつかその子がそなたを許してくれる」
『紅葉山』の言葉に、次から次へとあふれ出る涙が止まることを知らない。
いくつも頬に涙の筋を作り袖を濡らす。
「咲夜」
確かめるように、『紅葉山』は咲夜の名前を呼んだ。
もう、こうして抱きしめることはできない。
視線を交わし、微笑み合うことすら許されないだろう。
「私は──」
続きをどう言おうか、『紅葉山』は惑い、咲夜の心を曇らせるだけだと思い飲み込んだ。
その代わりに倦怠な眠りを咲夜へ送り込むと、抗うことなく咲夜は『紅葉山』の手の中で眠りに落ちた。
奥の院でも最も深い処にある座敷牢へとその身を運び横にすると、松緒の手の中で泣き止まない時雨の柔らかな新芽のような髪を撫でた。
まだ赤子で毛並みも整わない。
神とひとの子の血を交えた禁忌の子──だがしかし生かさなければならない。
撫でられたのが気持ちがよかったのか、時雨は泣き止み、大きな目を輝かせ笑ってみせた。
殺伐とした周囲をはね除けるような笑顔に『紅葉山』も同じように微笑み返してやった。
「やっと笑ってくれたのぅ、時雨」




