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赤い嘘  作者: しいな けい
【壱】
3/16

金から銀へ

 泣く我が子をあやそうとする母親の横顔は、白く抜けるように美しい。

 白銀の髪の女性は、まだ生まれて半年も経たぬ赤子を抱いてなだめていた。

 隣についていた侍女の松緒(まつお)も一緒になだめようとするが、赤子は一向に泣き止む素振りはみせない。

 泣き疲れて寝てしまうのを待つしかない。

「幼子は気配に敏感であるからのぅ、殺気立つ空気に怯えておるのかもしれぬなぁ」

 御簾を潜って人影が増える。

 長く美しい金色の髪に、赤い瞳。

 身の丈は六尺八寸。菫色の着物を着たこの『紅葉山』の主、渦中の雅親朱秦である。

 部屋にいた高貴な女性と松緒は揃って頭を下げる。顔を上げているのは泣き止まない赤子だけだ。

「どれ、時雨。高い、高いをしてやろうか」

 『紅葉山』が女性の手から赤子──時雨(しぐれ)を抱き上げると欄間に届くかというくらいに高く抱き上げた。

 だが、泣き止むどころか両手を振って暴れる始末だ。

「嫌われてしまったのぅ。やはり咲夜がよいのか、おのこじゃのぅ」

 『紅葉山』は手の中の時雨をそっと、母親である『葵山』清祥咲夜(せいしょう さくや)へと戻す。

 咲夜は時雨を抱き留めたが視線は『紅葉山』を見て離さない。

 彼がこの『紅葉山』奥の院まで足を運んできた理由が、ただ赤子の様子を見に来ただけとは思えない。

村上(むらかみ)、席を外しなさい」

 咲夜の指示に部屋の隅に控えて沈黙を守っていた若い従者が立ち上がった。

 去ろうとするのを『紅葉山』が止める。

「そなたもここにおれ」

 『紅葉山』の言葉に村上は頷き、再び座敷につく。

 大きな瞳を『紅葉山』と咲夜、そして手の中の時雨へ投げた。

「さて、今更確認をすることでもないが、それでも最期の確認をしておこう」

 『紅葉山』は座敷にゆっくりとあぐらをかくと、懐の扇を引き抜いて逆の手に置いた。

「『豊山』からそなたを取り戻しに侍従の浮冬ら余名の使者が山を囲っている。再三協議を突っぱねたからのぅ、もはや話をする為にここへ来たわけでもなかろう。私を処断してでもそなたらを連れ戻すつもりでいる」

 咲夜は俯いて、時雨を抱きしめる手に力を込める。

 震える肩を松緒がそっと撫でる姿を見ながら、『紅葉山』は続けた。

「そなたは、ここで『豊山』からの使者を受け入れ、時雨と共に『豊山』へ下れ。よいな?」

 返事はない。

 村上が少しだけ首を傾げ咲夜の顔色を伺うようにしてみせる。

 返事の代わりに咲夜の華奢な手が伸びて『紅葉山』の着物の袖を掴んだ。

 震える手が袖の紅葉山水の柄を揺らした。

わらわはここに残ります」

「ならんと言うのに。時雨は『みかど』の子。ひとの子の血を引いている。この先を踏まえればそなたは『豊山』に下るのが正しい」

「それでも、お兄様が妾を庇うことで、誹りを受け処断されるくらいならいくらあの方の子だとしても、妾の手でいっそ……一緒に……」

 咲夜の言葉に『紅葉山』は扇をもつ手を離して俯いて猛る咲夜の顔を押さえた。

 ぐっと顔を押し上げられて、涙に濡れて真っ赤になった顔と視線が合った。

「愚か者」

 優しくそれだけ言うと、咲夜には効果があったのか震える小さな唇からため息と共に殺意が零れ落ちて消えた。

「何があってもそれだけはならぬ。よいな松緒、咲夜は芝居がうてぬかもしれぬ。そなたに咲夜と時雨の命掛かっている」

「この命に代えても。『大紅葉山』の御厚意を無碍(むげ)には致しません」

「村上、そなたも心得ておるな。無駄にこの山の子狐たちの命を道連れにはできない。皆を『豊山』へ下らせるようにうまく役をこなせ」

 村上は主の言葉にゆっくりと時間をかけて頷いてみせる。

「私は『紅葉山』の狐。生涯変わらずその役をこなしてみせます。『紅葉山一ノ宮麓』のように惑うこともありません」

「村上は、守夏が嫌いか」

 『紅葉山』が笑うと、村上はゆっくりと笑顔を作ってみせた。


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