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赤い嘘  作者: しいな けい
【壱】
2/16

銀から銀へ

「たしか三ノ宮の子狐、三ノ宮の警邏(けいら)を勤める村上(むらかみ)とか申すものです」

 浮冬が守夏へ「知っているか?」と問うので、守夏は首を横へ振った。

 警邏というのは山の警備守護を預かる役職で、守夏のような侍従とは違い、身分の低い山の狐だ。

 残念ながら末端の末端まで守夏は把握してはいなかった。

「それは離反者がいると見せる『大紅葉山』の策かもしれません」

「名前は覚えておこう。その離反が本意であれば向こうからこちらへ接触して来るだろう」

 陣を提供している鬼嶽は、浮冬と守夏の会話を見守り戦略を練る二柱を見つめる。

 これから自分の山の隣で争いが起きるのだから、もっと自衛に努めるべきだとも思ったが、鬼嶽にはそんなものは必要がない。

 この『大江山』は鬼跋扈する百鬼夜行の山。

 この山を預かる鬼嶽には、隣の山の火の粉などあくびをしながらでも振るい払える自信があった。

「して『大紅葉山』は処断されるのでありましょうか」

 浮冬は垂れた髪を背に流す仕草をしてから「鬼嶽はどうするべきだとお思いになる?」と質問を質問で返す。

「『大紅葉山』は慧眼(けいがん)であらせられる。この度の行いが稲荷にとって外道だとしても、どこかに正統性を持っておられるのかもしれませんね」

「その正統性が、我らには理解ができぬ。どこに正義がある? 筋があるというのか」

「さぁそれは私も分かりませんが」

 鬼嶽は口元を袖で隠したままうっすらと笑ってみせる。

 視線を守夏に投げたのは、もっとも『紅葉山』に近く心を知って居るはずの彼への皮肉を込めていた。

「それに、『大豊山』も少し頭に血が上っておられるのでは?」

「なに?」

「強引な沙汰ではありましょうが『葵山』を迎えた『紅葉山』がこの稲荷において序列二位であると示されました。止めることができなかったという明確な力の差が弟妹間ではしっかりと焼き付けられたと言えましょう。『大豊山』はそれが気に入らないのではないかと囁くものがおりますよ」

「……強引なる手段で得た長兄の立場に、何の意味があると?」

「私が申し上げて居るわけではありませんよ。あくまで弟妹たちの風の噂です」

 はたはたと袖をふるい鬼嶽は笑う。

 浮冬を怒らせても鬼嶽には何の得はない。

 こうやって陣を敷く場所を提供しているのだから、味方であるという意志は貫いておかねば、よからぬ疑いの視線を向けられることになりかねない。

「何にせよ、今稲荷の世は分裂して乱れております。何かしらの結末を皆求めている。総本山を除く稲荷の侍従で双璧を為す守夏と浮冬が早々の解決をして下されば、それに優る安心はない」

 鬼嶽はそれだけ告げて背を向けた。

「最強の義兄弟の活躍が、目と鼻の先で見れるとなれば、不謹慎なれど私は楽しみです。では、何かあればお声がけあれ、尽力致します」

 いつも鬼嶽がゆっくりと居眠りに使う己の社殿は、浮冬が『豊山』から連れてきた配下たちで埋まっている。

 早々に解決して去ってくれるのが一番落ち着くというものだ。

 昼寝もできないざわめく己の社殿から意識を切り替え『紅葉山』社殿へ耳を澄ます。

 『紅葉山』から赤子の泣き声が聞こえた。

 同族とは少し違う、耳を澄まし心穏やかにせねば感じ取れない声だった。


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