金から銀へ
『豊山』に戻るまでに息があればよいと思う。
最後に『豊山』との別れはさせてやりたいとは思ったが、それは『紅葉山』が口にできる言葉ではなかった。
『紅葉山』が言える言葉は、かつての侍従に寄せる本当にわがままな一言だけ。
「守夏と咲夜を頼む」
「それが、貴方のお望みか……。儂が貴方であればここで、いっそ命を」
「それは誰も望んではおるまい。ひとの子がそれを望んでおるならまだしも、そうではないのだ」
久照はゆっくりと頷いて守夏と浮冬を抱き上げた。
「『大豊山』が、ご温情をおかけ下さるに違いありません。しかしそうなった時、守夏様は『紅葉山』をどれほど恨まれるでしょう」
「それでも、悪狐の侍従として列せられ誹りを受けることはないだろう。忠義のために悪と罵られるには惜しいのだ。守夏は──立派な、私の──大事な侍従──なのだから」
『紅葉山』が下げていた顔を上げると、久照が抱き上げた守夏の青い顔が見えた。
血雫で真っ赤に染まった装束に手を伸ばして、そっと傷をなぞった。
「その時が来たら、私を殺しに来るとよい守夏。お前にはその権利がある」
久照はさっと浮冬と守夏を抱いたまま表参道の石段を駆け下りる。
足音が聞こえなくなるまで、『紅葉山』はその方角をじっと見つめていた。
静寂が訪れる。
侍従たちは誰もいない。
ただ、ただ、紅葉が擦れて葉を振るわせている。
誰もいなくなった『紅葉山』山頂本殿。
誰も彼を責めるものも、慰めるものもいない。
見つめるものすらいないというのに、『紅葉山』は泣くこともせずにただ立ち尽くしていた。
再び、ひとの子の願いを叶える為に。




