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赤い嘘  作者: しいな けい
【参】
11/16

黒から銀へ

 久照と茂野が足を止めたのは、後方で良峰の気配が消えたと感じた為ではない。

 再び進行を妨害する影があってのことである。

 一ノ宮裏参道の取水口に優雅に立つ稲荷の姿。

 『大江山』鬼嶽の姿である。

 ゆるやかに着こなす着物姿とけだるそうに煙草を吸う仕草は、仙女のように柔和な印象があるが、あまりにもこの場にそぐわない。

 冷たい眼差しが茂野と久照を貫いている。

「儂らが苦労して登山してきたというのに、また随分お早くお着きのご様子ですな」

 久照の言葉に「うぅん?」と鬼嶽は首を傾げた。

「まぁ、『大江山』と『紅葉山』は隣同士。裏道は知っているよ」

 なぜそれを浮冬に教えてくれなかったのかという視線を茂野が投げるが、互いに視線で会話するほどの縁はない。

「御加勢頂ける訳では……ないのでしょうか?」

「あぁ、うん。こちらとすれば、咲夜を助けてくれればそれでいいのだけれどね」

 ゆっくりと鬼嶽がこちらへ降りてきたので、茂野は久照の前に立ち構えた。

「『大豊山』の勢力が増長するのもどうかと思う節があってね。『大紅葉山』にはまだ役目も残っているのだから、ある程度はがんばってもらわなきゃならないと思って」

 久照は鬼嶽の口上の何割かを理解できなかったが、鬼嶽が今のこの大事ではなくその先を見ていることだけは分かった。

「私は、私の役目を果たさなければならない」

 限界まで近づいて、鬼嶽は久照を守る若い侍従の顔を丹念に見つめた。

「知らない顔だ。この大事に遣わされたということは手練れなのだろう?」

「『豊山一ノ輪』神楽殿(かぐらでん)守、茂野一門の長子でございます」

「あぁ、あの神楽殿か。何度か請われて舞を披露しに行ったよ」

 鬼嶽はそれだけ言うと、世間話を止めた。

「咲夜はこの左手の門から入り、奥の院へ至る方が早く助け出せよう」

 道行きを指さす鬼嶽に、茂野は警戒をしてみせる。

 その指示が罠でないかと警戒したのだ。

 だが久照は茂野の肩を押して、先へ行けと押し出した。

「手柄を譲ってやるとは、権威に興味のない『豊山三ノ輪麓』久照らしい潔さ。やはり学者筋は手柄にうるさくなくて見て居てよいねぇ。日頃、草をもしって術やら薬やらを研究するものが、いきなり武芸仕事とは足腰、堪えはしない?」

「『大江山』は何をお考えでおられるのか」

「私が何を考えておるかということより、『大紅葉山』が何を考えて今に至るをかを考える方がよいのではないかな」

「『大江山』にはそれが察しがついていると仰せか」

「分かるよぉ」

 鬼嶽は囁いてから、空を見上げる。

 結界は崩され、空には満天の星空。

「本当だったらこの場にいる稲荷誰もが分かるべきことだ。聞こえるじゃない、泣き声が」

「『紅葉山』分社の、泣き声ですか」

「稲荷神であるのにあの願いを聞き届ける耳を持てなくなってしまった。我らは、ひとの子らのように腐敗してしまっているのかもしれないね、久照」

 久照が顔を上げると、そこには狐面を手に風に髪を揺らす鬼嶽の姿があった。

 幽玄たるその装いに添えるように、この年最後の桜の花が散ってゆく。

 その狐面が、何を示しているかは久照も知っている。

 知って居るがこの世に生を受けて数百年、初めてその仮面をつけるものの素性というものを知った。

 白狐の仮面をつけ稲荷の世を走るもの、総本山『不死見』が持つ直轄の組織『五狐奉行』。

 各地に布陣されその素性も組織の人数も明かにはされていない。

 だが一度その姿が確認されれば、その全ては『不死見』が把握するものとなる。

 久照は瞬時に事態を理解した。

 鬼嶽を置き去りにしたまま『紅葉山』のいる本殿へと駆けだした。


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