表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い嘘  作者: しいな けい
【壱】
1/16

銀から銀へ

  『紅葉山(もみじやま)』の草木が真っ赤に染まっている。

 秋を迎えれば当然のこと。

 紅葉で赤く彩られることから、この山はひとの子にそう呼ばれるのだから。

 だが今の季節は春の終わり。

 桜が最後に花を散らす時期である。

 赤く染まって見えるのは、この地を包み込む気配によって。足元に息吹く草木すら本来の色を失い、赤く染まる。

 昼と夜を奏でる羽虫たちも息を潜め姿を現さない。

 異常事態にある山の事態を彼らも察知したに違いない。

 その赤い山を見渡せる『大江山』に陣を敷き、千里眼で山を見つめる影が複数ある。

 『紅葉山一ノ宮麓(いちのみやふもと)守夏(もりなつ)、『豊山(とよやま)一ノ輪麓 (いちのわふもと)』浮冬(うきふゆ)

 そしてその背後に配下の茂野(しげの)良峰(よしみね)久照(ひさてる)の姿がある。

「そなたらは裏から回る手はずを取れ」

 薄くのばした銀に墨を落としたような長髪の浮冬は、背後の従者に命令を下すと守夏へ視線を投げた。

「それでいいな、守夏」

「構いません、兄上」

 浮冬は確認したのは、正面から『紅葉山』へ単身で踏み込む覚悟を問いかけている。

 風はない。

 生ぬるい嫌な風だけが吹き付けてくる。

「嫌な風だ」

「と言っても、もう日を遅らせる訳にも参りません。あの方の過ちを一刻も早く止めなければなりません」

 浮冬は守夏へ視線だけ投げてみせる。

 やはり守夏を動かしているのは未だに『紅葉山』への忠誠だ。

「……守夏、私は──『大豊山』の一ノ侍従として、『大紅葉山』に対して手を抜いて立ち向かうつもりはない。向こうもあれほど明確に敵意を剥き出しにしておるのだ。三朱とはいえ処断を辞さぬつもりだ」

「分かっております。それが兄上の責務でございましょう」

「お前はまだ、あの方を信じているのか」

「朱秦様は、このようなことを良しとされる方ではない。それは兄上もお分かりでしょう。『大豊山』も深く理解していらっしゃったからこそ、今日までこうして立ち向かうことを良しとされなかった」

「そうだ、『大豊山』は今、深く悩み傷ついておられる。お前と同じだ守夏」

 浮冬はすっと息を吸い、鋭い視線を眼前の『紅葉山』へやる。

「だから私は、ただ一つの信念のみで刀を振るう。『大紅葉山』は『大豊山』を苦しめ悩ませた。『豊山一ノ輪麓』としてそれだけは正しくこの眼で判断したことだ」

「正しきご判断であると存じます。だからこそ兄上もお分かり頂けますでしょう、私の心の内を」

 守夏の主『紅葉山』雅親朱秦(まさちかしゅしん)は道を踏み外した。

 だが守夏が稲荷神としての意識が芽生える前から、愛し慈しみ育ててくれた主。

 その侍従である守夏は、主の間違いを正さなければならない。

 誰かにそれを譲る訳にはいかない。

 だがそれを為すには、考えを違える浮冬と別に動き、『紅葉山』に捕らわれた『葵山(あおいやま)』とその分社を救い出す一向よりも早く山を駆け上がり、主と対面する必要がある。

 『紅葉山』は守夏にとっては庭同然であったが、それでも今眼前に広がるのは守夏が知る『紅葉山』の光景ではない。

 迎撃をする準備が綿密に行われ、幾重も結界が敷かれていた。

 敵意あるものが足を踏み入れればすぐにでも『紅葉山』に追撃にやってきたことを知られるだろう。

 山を抜けてから知る、『紅葉山』の堅牢堅固な作り。

 ひとの子の深き信仰の形作る、敵対するものへの拒絶の結界。

「あのやっかいな結界を崩さねば、裏参道の配下も動きはとれまい」

 浮冬の言葉に答えたのは、守夏ではなかった。

「ご安心めされよ『大紅葉山』の行いを、今あの山に残る従者たちも良いと思わぬものがおります」

 進み出てきたのはここ『大江山(おおえやま)稲荷神鬼嶽(おにだけ)である。

 これから争いごとをしに向かう装束の浮冬や守夏とは違い、ゆるく着崩した着物姿の稲荷神の姿。

「というと?」

「先日我が『大江山』へ密かに『紅葉山』の従者より離反の願いを申し出たものがおります、その者が結界を解く手はずを進めておると」

 守夏は「名は?」と鬼嶽へ問いかけた。

 鬼嶽はあくびでもしそうなほどに気怠そうな動きをして、口元を袖で隠し続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ