悪役は必要だ
「納得いかない」
霧島少年は数々の『証拠』を未来に見せていた。
未来にとっては既知のものばかりだが、酸鼻を極めるその内容。
未来は黙ってその資料の数々をシュレッダーでクズにし、念のために着火したうえで灰を部室のゴミ箱に投げ捨てた。
「何をする」「ここはおれの部室だ。もっとも今年でお役御免だがな」
整然と整理の行き届いた部室はかつて彼女が独占していた時代の面影はかけらもない。
手作りの可愛らしいポスターには『こすもす』を背に『新入部員募集』とシラアエが書いたロゴ。お嬢様学校の制服を汚し、機械油にまみれながら笑い合い、スクラムを組む部員たち。
「しかるに貴様はなんだ。何が言いたい。アレか。澪っちを取られての嫉妬か。貴様ホモか。まぁ俺は寛容だぞ。なんでも言え」
「違う。そんなんじゃない。だが澪をだましていたのは間違いないだろう」
ない胸を張って大柄な少年の前に仁王立ちする少女。
霧島少年は少々たじろく様子を見せつつ示されたままに粗末な椅子にその長い脚を組んで座る。
「あの二人の噂は本当だぞ。トンだあばずれどもだ。澪には」「俺の友達を侮辱するな」
きりっと睨む未来に戸惑う霧島。「わ、悪かったよ」
「それにな。俺だって男が嫌いなんだ。わかるか」「は? お前しょっちゅう抱き着いたり」「やってられねえんだよ」
何度も霧島の胸を叩いて今まで起きたことをすべて告白する。
はたちに満たない少年にそれらの悲惨な話はあまりにも重く、思考を奪うには充分すぎた。
「そんな気持ち、オマエに解るか?! あ?!」「……」
腫れた頬をさすることもできない霧島少年をにらみつけて未来は叫ぶ。
「あいつらが幸せになって悪いのかっ?! あ?!」「そんなことは。ない」
霧島だって片親だ。母は水商売をやりながら女手一つで彼を育ててくれた。
ほとんどの世話や食事は澪の家がやってくれたがそれでもだ。
「なら、良いじゃん。黙っておいてやってくれよ。せめて卒業まで」
去っていく男の足音。一言去り際に残された言葉。
『悪かったよ』
……。
……。
卒業の時期が来た。
新堀はモテる。それはそれはモテる。なので早々と逃げた。
男から逃げ、同性からも逃げ、未来を探す。
別に未来に会いたいわけではなく、用事があるから探しているのだが。
その未来は前ボタンが全滅した制服を着て、校内の桜の木のそばにいた。
後輩たちに記念と称して奪われたのである。
「こんなところにいらしたのですね。お恨み申します」「……」
アザの残る頬を新堀に向け、未来は笑う。
「この桜の木のところで告白すると幸せになるらしいぞ」「莫迦」
真っ赤になる新堀はちょっとウブだ。
「こちらに。走ってきて汗をかいてしまいました」「誘惑のつもりか」
軽口に呆れつつも新堀は未来とともに桜の木を後輩たちに譲り、離れたところで未来と背中合わせに座る。
およそお嬢様らしからぬことに地面に座って空を眺める二人。
『卒業おめでとうございます』ののぼりを掲げる『こすもす』に手を振る未来に苛々した様子の新堀。
「あなただけ悪役になる必要はないではないですか。順子様、泣いていらっしゃいましたよ」「だな」
和代は過去の罪を清算するために警察にその身をゆだねた。順子を巻き込まないよう一人で。
卒業式が終わり、ひっそりと迎えに来た警察の人と彼女は新しい門出と言うにはあまりにも辛い旅に出た。
それを知る人間は新堀をはじめとする一部に限られるように未来は根回しをした。
さらに、和代がほかの皆に嫌われないよう。怖がられないように未来が悪役になる話を自らでっち上げてみせた。
「『敵』がいたらさ、二人とも仲良くやれるんじゃねって思った」「大馬鹿ですよ」
小さく、しかし強く非難する新堀に未来は自嘲する。
「俺さ、やっぱり誰とも友達にはなれないと思う」「何をおっしゃいますか」
振り返った新堀は立ち上がり。「スカートの中身みえっぞ」と言う未来を無視して猛然と彼女の鼻先に指を押し付ける。
「今、何をおっしゃいました?! 訂正してくださいませッ?! 私は?! 朝日と大地のお義兄様は?! 沙玖夜さんにおとうさま、和人さん! 徳永様に白川様……」その他の名前を連呼して続ける新堀。
「皆さんの信頼を裏切って、あなたは何をしたいのですかっ!?」「何もしたくない。生きていたくない」
絶句する新堀に寂しそうに笑う未来。
「って。言えたら良かった」
そういいながら背を伸ばして空を往く『こすもす』を眺める未来。
「そんなことを言うには、俺はまだ若すぎるよな」「時々、未来様のことがわからなくなります」
「お前、大学行くんだろ」「どうでしょう? 結局学業はあの二人に負けっぱなしでしたからね」
東大余裕と言われた新堀の進路は未来でも聞けていない。
「事業を継ぐことを優先し、学業は独学でも構わないかとも」「行っておけって。うちの兄貴は東大いけなかったんだぜ。俺のせいだ」「またすべて自分が悪役になろうとする」「必要だろ」
非難する新堀を、さも当然と言った態度で受ける未来。
「違います。もし、次にあなたが悪役になろうとするときは」「はい?」
ぱしっと頬が鳴る。
順子にぶたれた頬にさらにアザが重なる。
「次は、わたくしも一枚かませてくださいませ」
少し涙を浮かべて笑って見せる友人に未来は伝えた。
「善処する」「約束です。そして必ず履行して下さい。さもないと借金に利息をつけます」「そ、そ、それはひどいッ?! あと50億あるんだぞッ?!」「再来年には回収します」「ダメダメダメ?! 死んじゃう?!」
銀の飛行船は宇宙を目指す。
きぼうを乗せて。悲しみを乗り越えて。
銀の気球は宇宙を漂う。
絶望の闇を引き裂いて、朝日をその身に浴びて。
未来はきっと、あなたのもの。




