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そして 宇宙(そら)に向かう船  作者: 鴉野 兄貴
離別編。情けも憎悪も顧みぬ未来(みき)

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全ての改革は教室から始まる

 では定例の会議をはじめます。

議長は毎回変わることになっている。そこに経験も若さも関係ない。

元神楽坂女学院の若手教師、『浅生美佳』は緊張しながら議題を進行させていく。

 文武両道、質実剛健で粗っぽいことで評判だった『雷鳴館』の教師陣。

伝統と文化を重んじ、気品と優雅さを重視する旧職場『神楽坂女学院』の教師陣。

彼等の意見の一致はこうだった。


『お互いの学校が経営難なのは解った。

合併するのも致し方なし。

しかし合併で失職したらたまらない』

実に現実的で切ない話だった。


 教師は聖職者というが一人の人間なのである。

それは浅生美佳とて例外ではない。

美佳は二五歳。来年で二六歳になる。

もうそろそろ年齢の話をしてほしくない年頃に入りつつある。

実家の母親からは見合い写真がひっきりなしに送り付けられているし、幸か不幸か彼女が美人であることもあって勝手に見合い相手のほうから押し寄せてきたりするのだが。

「こら。浅生の娘。ぼうっとするな」『雷鳴館』出身の養護教諭がツッコミを入れる。

この両性具有者だか性同一障害者はなにかにつけて彼女に絡んでくる。

美貌では悔しい事に負けている。完敗だ。特に胸のあたり。

そして図らずして浅生美佳にとって一番親しい『異性(?)』でもある。

地味めの彼女にファッションや化粧を教えてくれる人でもあり、プライベートでも否応なく仲良くなってしまっている。

『そういう趣味はないのに』美佳は思わず苦悩した。仕事しろ。


 教師たちは非常勤、常勤に関わらずこの会議に出席することが義務付けられている。

契約更新の可否をも決める新制度でもあるが彼等彼女等の評判は誠によろしくない。

彼等彼女等の多くは定年まで勤めることが出来ると思っていたのだが世情も新体制もそれを許さなかった。

高校が統廃合を繰り返しているのは民間でも国や自治体の学校でも一緒である。

そうしないと金が回らないのだから仕方ない。両校が合併せざるを得なかったのもそういった背景がある。


 給与面で教師を雇う余裕は無い。

あふれまくる教師を処分せねばならぬがそれには契約が立ちふさがる。

そもそもいきなり合併した所為で生徒数がシャレになっていない。

この両校は複数の学舎があってこれもまた偉いことになっている。


 神楽坂高校は兵庫県を拠点に京都府、奈良県、滋賀県。

静岡県、愛知県、東京都、北海道に別の学舎がある。

 雷鳴館は大阪府茨木市を拠点に大阪府に三か所。

兵庫県に二か所、東京都、神奈川県。鹿児島県に学舎がある。

幾つかの学舎を合併のどさくさで改装名目で閉鎖した。

結果論として現在の元神楽坂女学院本校舎であるこの学舎。

二人の教師が一コマの授業で同時に一クラスの生徒を教えているというワケの解らない状態になっている。

美佳も時間が無いので日本史の授業と一緒に授業を教える羽目になったことがある。

生徒にかける負担も酷いが事前打ち合わせで何度も徹夜した。

残業代は出してくれたがそれで疲労が消えるわけではない。

新しい理事長は何を考えているのだろうか。



 勝手気ままな意見だか愚痴だか解らぬ言葉を放つ先輩たちを宥めすかしながら泣きたい気持ちを抑えて浅生教諭は議題を進行させていく。まだ喋ってくれるだけマシなのだ。

教師にも定年があるが私立ではその限りではない。

同じ神楽坂組では異例の男性教諭。ベテラン大崎教諭の目が光っている。

浅生はなんとか落ち着こうとしているが中々そうならない。



 首に出来ないなら二人の先生で生徒を指導しよう。

考えるのは簡単だが実行するのは彼等生身の人間である教師たちである。

そしてワケのわからないことに別科目の先生同士が合同して授業を行うという生徒にも教師にも嬉しくないコマの日がある。

成績の悪い澪や未来、忘れ物の多い水野を悩ませる原因になっている。

水野の性格で教科書なんて持ち歩くわけがない。


 優れた面もある。

人間に最も必要なもの。それは優れたコーチだ。

本能で人が得ることが出来るモノは限りなく少ない。

感受性に優れた高校生ならば本当に必要な存在だろう。

学業しかり、スポーツしかりだ。


 しかしだ。

それを教える教師本人はいったい誰からコーチされるのだというか。

教育現場は孤独だ。数十倍の人間、知恵も感情もある多感な少年少女を一括して同じ教育を施さなければならない。

浅生美佳のような若い娘でも、大崎のようなベテランでもそこは同じなのだ。

勿論授業が終われば浅生も大崎から薫陶を受けてはいたが。

『教師は世界で最も重要な仕事をしているのに、教師を教育し続けるシステムが無い』新しい理事長の台詞である。

意味が解らない浅生にまだ三十代に入るかどうかの彼は偉そうにこういった。

「何かをするごとに『よくできました』浅生君。これ以上何も教えてもらえないならどうだ? 君は成長出来ると思うか。その良くできたの根拠すらわからないのに」

今の子供たちはそうだ。そして教える側もそうだと言い放つ彼。正直暴論であり教育現場を知らない発言である。

しかし経営者として彼が優れている事は浅生も良く知っている事実だ。

実際、教師たちを一人も首にせずに生徒数を跳ねあげ、収益を倍増させた。

そこは感謝すべきだろう。

 余談だが悪縁の養護教諭は『交代要員が増えた』といって純粋に喜んでいる。

浅生は気弱な後輩に何か怪しげで如何わしいことをしないか気が気でならないが今のところ後輩である彼女の安全は確保されているらしい。



 浅生はベテランである大崎に相談した。

問題児中の問題児、未来の部活顧問でもある彼は短気であるが人情味にあふれた昔ながらの年寄りだ。

「教師としての成長は三年で終わる」

 ベテラン教師であるはずの大崎教諭の発言に青ざめる浅生。

まさに美佳がその該当位置にあるからだが。大崎はこういう男だ。

伝統と文化を重んじる神楽坂女学院においての異端児であった男だ。

そもそも男性教諭という時点で異端児だ。

具体的に言うとトイレに苦労する。女ばかりの職場だったからの苦労だが。

「失職するとすればセクハラとか問題行動だな」「ですね」

「教師としての理想と現実にすり潰される者や生徒とやっていけなくなって辞める者もいるが」「ですね」大抵は定年まで辞めようとは思わないだろう。

そして、そうそう失職はしない。

「では。こう考えてみよう。教師は教職課程で最低限の教師としての技能を習得するが」「ええ」

「その技術をどうやって伸ばす」「経験と……」

「未来ある若人である生徒を実験材料にしてか」「……」


「一番上手くやったのは誰か。一番上手に教える者はだれか。

その者と自分の違いは何かをどうやって知る? 後で教えを乞うのか」

「教師によってはことなかれを貫く者もいる。私もその一人だがな」

自戒するように苦笑いをする大崎に何も答えられない浅生。

「こんな状況で教師が育つわけがない。子供を育てる教師も育てなければならない。それも早急に。そうしないと我らの未来はない」「未来。ですか」

当たり前だと答える大崎。

「国が持たない。退職金だって貰えないぞ。浅生君」「それはイヤですね」

浅生だって生徒想いの教師だが退職金が貰えないのは結構可也困る。

彼女は苦学生だったのだ。まだ奨学金の返済が残っている。

そもそも奨学金なのに返済とか日本の教育制度はワケが解らない。

「ヤル気のない教師は口をそろえて言う」

教師はもっと大切にしろ。ヤル気のある教師だってそう言う。


 そもそもモンスターペアレンツの相手だの基本的な礼儀や社会通念を知らない子供、否獣を調教するのと教育するのを一緒にされてはたまらない。

浅生自身はお嬢様学校の先生でそういう経験はないが大学の同期たちの嘆きは聞いている。


「そのための勉強会だよ。面倒だけどな」


 じゅうじゅうとお好み焼きが焼けていく。

ふんわりと広がる湯気がだし汁の香りを彼女たちの鼻先に届ける。

生唾が思わず出て苦笑いする浅生にすっと麦酒の盃が伸びる。

「おごりだ。呑め」「悪いですよ。大崎先生」

「小娘に興味はない。私は妻一筋だ」まぁ失礼。浅生はニコリと笑って乾杯を交わす。

爽やかな苦みと喉を通過するのど越しはたまらない。

教師とて一人の人間である。悩みもするし苦しみもする。


 各教師の授業をビデオで撮りお互いの評価を忌憚なく提出する。

その結果解ったことはベテランも新人も大して変わらないという事実だった。

『考えさせる質問をしているか』『ひとつの概念を複数のやり方で説明しているか』等々多岐にわたる評価だ。

生徒にもアンケートを取っている。

『先生は生徒が理解しているか解っているか』『自分の間違いを正せるようになっているか』

それだけではない。撮影された授業は全てインターネットで公開されている。

保護者達から抗議が殺到したが理事長が押し通した。

このアーカイブスは何時でも何処でも参照できる。

また、同じ科目で同じ授業でも先生ごとに教え方が変わるので各学舎の先生たちのコマを見ることが出来る。

テストの内容は各学舎同一なので生徒たちは好きな授業を選んで良い。

場合によっては出席すら不要だ。

逆にインターネット授業を行って実際の校舎での授業はその予復習その他だったりする日もある。


「生徒が教師と同じように授業を行う授業か。

霧島君は有能だな。彼は教師になればいいのに」


 呑みすぎですよ。大崎先生。

浅生は心配になって大崎に告げる。

自信を失ってまた立ち上がろうとしているのは浅生だけではない。

ベテランの大崎だって悩んでいるのだ。

そして生徒、教諭陣の意識を改革し、学校経営を健全化させようとする新しい理事長の改革は早くも始まっていた。

 電子黒板や電子ペンによる最新設備による授業。

良いアイデアはすぐ採用される公募などなど。

 余談だが読書感想文をいっぱい書いたり、成績があがったら褒章というシステムを提案した生徒は薄い本ばかり読んできた。

薄い本の内容にあった褒章を渡されて水野は泣いていた。

BL本ばかり読んできてどうするのだろうか。水野。


 インターネットアクセス機能があり、手で指定した範囲に動画を表示したり、直接記入したことをそのまま生徒に配布したりできる電子掲示板や電子ペンは授業を大幅に変えた。

 全ての授業は録画され、先生は常に二人以上いる。

たまに混ぜるな危険の別教科の先生が二人で教えることもある。

(大して受験に影響しない部分を交互にやるなど)

生徒の積極的な授業参加を強いる部分があるからか苛めだのの問題が激減した。

睡眠だのやってる暇がないほど忙しいとは澪の談話。

苛めがなくなったのは良い事だが授業中に寝るな。澪。

霧島や新堀、高峰姉妹など一部生徒も教える側に参加している。

教員には生徒を如何に伸ばしたかを評価しあうシステムが確立されつつある。

 常に変化し続ける教育現場で圧迫される生徒たち同様、常に変化を強いられる職場に悩む教諭たち。

改革は待ったなしで続く。そうしないと学校が潰れるのだ。

「伝統と言うのは浅生君」「呑みすぎです」

「古いものを後生大事に持つことではない。歩みと共に作るものだ。そうだろう」

老骨に鞭打って彼は進む。若い心を傷つけて彼女は進む。

ただ進む。そうしないといけないのだ。

TED日本語(デジキャスト版)

ビル・ゲイツ:『教師へのフィードバックでもたらせる変化』

http://digitalcast.jp/v/17192/

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