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そして 宇宙(そら)に向かう船  作者: 鴉野 兄貴
地獄篇。過去も因果も踏み潰す未来(みき)

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未来:だから格安サービスとチケットがついて人が助かって薬が出来て凄いんだ

参考。

TED日本語 - フランシス・コリンズ: より良い薬が必要です - 今すぐに

http://digitalcast.jp/v/16997/

「残念な事に水着回は無い(※ 今回も順子様のGカップは出ない)」に続いて。

「部長」


 巨大な身体を持つ青年が仏頂面で呟いた。

いつも爽やかな笑顔を浮かべている小早川がこのような表情を浮かべるのは珍しい。神楽坂高校天文部。相変わらずの部内会議だが副部長である小早川が積極的に発言することは意外と珍しく、未来の放言やトックリのヒステリーの調整役に回ることのほうが多い。

巨体の持ち主の小早川が笑顔を浮かべるのはその時点で怖い。その凄まじい筋肉質の恵体は女性最強のオトコと呼ばれたプロレスラーの母親譲り。

しかし仏頂面になるともはや周囲の雰囲気からしてビリビリとした殺気を放ち、地獄の鬼も逃げ出すかの恐ろしさをもたらす。本人は校内の花の世話が好きという優しい性質なのだが。

 思わずおしっこちびりかけて席から腰を横に逃がす未来に小早川が見えない位置に幸いにいた備品管理。徳永栞とくながしおりことトックリが相変わらずの説教を飛ばす。

「良いですか。我が神楽坂高校天文部は部誌を紐解いた限り、遡ること天文台設立前の」「雷鳴館の天文部も古いよ。戦前からあるもん」トックリの説教にその彼氏(※本人たちは今だに否定する)である企画。新田芳伸にったよしのぶが続ける。

おずおずと机の下から手が伸びるが全員無視して未来に非難の声を向ける。「出てきてください。先輩」控えめな少女が告げると小柄で色黒な少女が子リスのような脅えた表情を浮かべながら机の下から顔を出した。

資料管理、白川妙子しらかわたえこ。シラアエちゃんもしくは豆腐ちゃんと言われる娘だ。全然白くない。


「な、な。シラアエ。こいつ等を説得するのを手伝ってくれ。だから格安サービスとチケットがついて人が助かって薬が出来て凄いんだ」意味不明。

シラアエは既に泣きそうだ。普段温厚な小早川が怖い。しかも部長は意味不明な言説をしており。


 栞の異母妹である藤崎恵美子ふじざきえみこはシラアエ共々脅える役回りが多かったのだが昨今は自ら発言する機会が増えてきた。曰く。

「部長。論理的に説明してください。何故我が部の道楽ともいえる『こすもす』UIユーザーインターフェイス改造を三年生である新田先輩や小早川部長を巻き込んで行おうとするのですか。

さり気なく『部長』と小早川を呼び、小早川より新田のほうが優先度が高い藤崎。

美少女姉妹両手に花。新田もげろ! 

未来の言葉に盲信に近い追従を見せる藤崎があえて部長の呼称を間違えて見せるということは藤崎も成長しているということだ。

「だから『こすもす』の旅客チケットとネットサービスが格安だったり特典が有ったりして新しい薬が出来てとにかく凄いんだって?! なんで皆解ってくれないんだよ?!」未来よ。お前はもうすぐ十八歳なんだ。大人なんだから順序立てて説明しような。


 とはいえ、未来には他のメンバーには理解できない事情もある。

思春期の最も重要な時期に精神を破壊しかねない不幸が起きた事。

男性の性質だったのに女性の身体と脳になった事による人格に対する混乱。

それらは情緒不安定という形で結びつき、女性が時として陥るヒステリーや理路整然と物事を説明できない弊害となって表れる。

産まれながらにして女性である藤崎やトックリやシラアエには無い。彼女たちは思春期の不安定さがあるにはあるが、一貫した女性としての芯がある。未来にはない。


「えっと。部長の言っていることを分離して並べてみればいいと思うよ」


 呆れる企画。新田は未来の考えることをある程度整理して考える事が出来る。

企画だけに未来の意味不明な言説を聞く機会が多いのだが未来は妄言を吐くだけの女ではない。元々男だけあって女性には無い視点もあるし、その逆もあり天才的な視野を持っている。故にその言動はカオスに満ち溢れ、誰にも理解できないのであるが。


 てくてくと歩く藤崎はささっとホワイトボードの議題を消していく。手慣れたものである。

本当ならばバカ高価な電子黒板を使いたい所だがまだこの部には無い。一部教室に限られる。

そこにシラアエがおずおずと小さな腕を伸ばす。140センチないシラアエが背伸びしてホワイトボードにマジックを這わせる姿はそれなりに可愛らしい。


1 天文部課題。UI改善計画により、人類の宇宙進出を助ける。


 これは理解できる。皆宇宙に行きたいし。現時点ではフライト料を彼らが払う事は不可能だ。未来だって社長だから乗せてもらえただけだし。四十八キログラムの『荷物』として(総重量で言えば一〇〇キログラム以上に増えるが)。

ユーザーが増えれば事業を行う人間も増える。善意の協力としてUI改善の為に高校生をタダ同然で使う『こすもす』としては経営の危機だが高校生である彼らとしてはその部分はなんのデメリットも無い。未来の経営努力の問題だからだ。


2 お洒落な細胞チップを作成します。これは『こすもす』のサービスを格安で受けることが出来るものです。


「学び舎に装飾具を持ち込むのは校則違反です」


 トックリがいつもの優等生的発言。真面目なクズであるトックリらしい。本人が聞いたら激怒するが作者特権で地の文は彼らには見えない。

「私見えるよ~」順子。君はこの場面にはいない。


 実際にはシラアエの恋人(?)である水野や新田、小早川をはじめとする元雷鳴館の生徒は装身具を持ち込んでいる。二つの学校の合併の混乱の所為だ。

「意味不明」新田がぼやく。なんだかんだで付き合いのある新田はこっそりトックリとおそろいの『チップ』を作ってもらっているが。

というか、普通にパズドラの課金がヤバかった。無償の範囲でやれよ?!

「チップのお蔭でビットコイン一杯もらえて今月助かった」「だろ?!」ニヤリと笑う未来に「また約款も見ずにわけのわからない契約に同意したのですか?!」とキレるトックリ。未来の妻は大変である。

そのトックリだが実はかのチップを肌身離さず持っている。流石につけないが新田がくれたものは意外と少ない。どうも新田は壊滅的に女心にニブイところがあって、トックリに渡すべきプレゼントを渡す気遣いが足りない。


「新田先輩は何もしていないのにお金を貰えたと言っていますが」「『こすもすねっと』はビットコインシステムで、情報に貢献すると還元がある。うちのフライトとかネットサービスとか」藤崎の問いに答える未来。それはタダと言えるのか。実は新田は厄介事に首を突っ込んでいるのではないか。


3 細胞チップの説明を私たちは受けていません


「人体をチップ内で再現して製薬に役立てるものってのは解ったよ。個人認証としてある種最強なのもね」新田が『助かった』のは家の手伝いをせずして今月の課金を乗り越えたからだ。危うく貴重なデートの日を家の手伝いに費やすところだった。新田の親公認のトックリ共々。やっぱり新田もげろ!


 「つまり」藤崎が手を伸ばす。

「新田先輩とトックリ『先輩』は『こすもす』社にある種の情報提供を行い、その対価として報酬を手に入れたということです。アルバイトは我が校では禁止となっている件について」「いや、今の校則では良いぞ。そもそも神楽坂女学院時代にもカズちゃんとジュンちゃん……高峰姉妹がやってたじゃないか」「あれは家業ですから」急に合併した所為で校則の認識もバラバラだ。

普段は『お姉さまと学校では呼ぶな』と叱るトックリだが『先輩』と言われた事に少々思うことがある。その原因となった箇所。

不意によみがえってきたおのれの唇の感触に頬を染める程度には。

「ビットコインはバイトというのかな。新田がトックリと何してたかはグッジョブとして。『現金を手に入れる行為』って校則にあるよ」旧神楽坂女学院の当時の校則を紐解いて問う小早川。ビットコインは国家レベルでも扱いに困っている部分があって彼ら高校生の校則では手に余る。

「何もしていません。接吻とかしていませんよ」「何も言っていませんよ『お姉さま』」藤崎はそっけない。この二人、姉妹ではあるが恋敵でもある。

「本当です。ほっぺたに」はっと自らの口元に手を抑えるトックリ。ニヤニヤしだすメンバーと発火するトックリ。

「王様ゲームに乗ったからね」「陰謀ですわ」

親友にして相棒である新田を応援している主犯・小早川に抗議するトックリ。流石に未来も部長権限を発揮した。「話ずれてっぞ!」


 では。

藤崎が嫉妬に狂う胸を抑えてホワイトボードに殴り書き。

「あの。では何故UI強化に我々が貢献せねばならないのかですが」いい加減トックリと新田の幸せモードに閉口気味のシラアエが続ける。

「部長が事業を拡大するためには『こすもす』のUIを改善する必要があります」これは解る。飯島しか操縦出来ないのは致命的だ。


 小早川は続ける。

「我々は『誰もが気軽に行ける宇宙旅行』をめざし、『こすもす』社に部活動の一環としてこの事業に協力しています。ただし、受験生である三年生を巻き込む理由が理解できません」もうすぐ未来も卒業で、部長ではなくなる。

つまり、次期部長の仕事だとトックリが続ける。

「恵美子。どう思います」「お姉さま。同意しかねます。先代の意志は重要ですが企業利益の為に学業を犠牲にするのは不要です」厳しいなと未来は藤崎の発言に頭を抱えるが当然である。恵美子だって来年三年生なのだ。

いつまでも姉や未来の腰巾着ではない。その二人だって恋に事業にとを通して成長しているのだ。恵美子が成長しない筈がない。


「製薬会社とかがスポンサーになってくれる背景ですね」それが解れば理解できるのでは。


 発言したシラアエがインターネットにつないで動画を表示。

「分子的な結合の研究で治療できる病理はマイナーな病気を含めて4000あります。

そのうち、治療できる薬が確立されているものは250しかありません」

「へぇ。でも薬が出来るのが解ってるのだから」と続けようとする新田に首を振るトックリ。

「結果が解っているなら簡単だというなら……新田に解りやすい説明をしよう。

『小説家になろう!』に395,599ユーザーが『累計一位を取るため』と称して一斉に転生チートハーレム書いてその中のたった一人のユーザーが実際に累計一位の作品を書き上げるより手間暇かかる」小早川の発言に青ざめる新田。どんだけ。

「サメだらけで悪天候だらけの海をヨットや船や飛行機などの手段で渡ろうとするようなものです。結果は解っていても実際に予測した通りの効果を得るかは別問題です」

395,599通りの手段を用いて『転生チートハーレム』を各々が書いたとして、その中で累計一位を取る者は一人しかいないと考えれば解りやすいだろうか。


 親が政治家のトックリはこの辺詳しい。ちなみに薬一つの開発には一、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円以上かかるらしい。効果があるかどうかはそれでもまた別。完成するだけで十億円以上かかる。その後期待通りの効果を得ることが出来るかは運次第だ。人体は製薬会社の予想をはるかに超えた結果を出す。モルモットと人間は違うし、人間でも個体差が激しい。『ほとんどの人に効く』薬になるとは限らない。


 作者は理論値としては一日一万五千文字を書くが(感想返信等含む)、

十万字の小説を書き上げるまでだいたい二ケ月はかけている。

なろうユーザーが一斉に一〇万字以上の転生チートハーレムを書いたとする。一体何人が最後まで書ききれるか考えてみてほしい。

その上で累計一位を取るまでの手間暇。あらゆるライバルを抑えて一位になる強運を考えてみてほしい。製薬とはかくもカネと手間がかかる。

なろうユーザーなら『運』で片づけている諸々の事象を詰めて限りなく実力に近づけている手間暇も考えてみよう。絶望したかい? 作者はした。


「向う岸に辿りつく者はごくわずか。またその事業は薬の完成までに私たちの年齢以上の時間がかかるのです」


 母親を亡くした藤崎には思うことが多い。

母を亡くした孤独な少女はかけがえのない姉や仲間を得た。

異母姉は厳しく見えるが優しい。それでも実の母の温もりは忘れたくない。

藤崎が今は亡き母に想いを寄せている間にも話は進んでいく。

「出来た薬も想定通りの効果より、別の病理に対して有効と言うことも多いのです」現在。『何も効果が無い』となっている薬のデータが世界各国で死蔵されている。


 『小説家になろう!』(※このサイト名は実在のサイトと無関係です。今更か)で例えよう。

人類が産みだしたこれらの『無駄な薬』の数々を有効にするには、『そうやって大量に埋もれた395,598の小説を全てスコップして良作を探し出し、書籍化に持っていった上、事業として成功させる』より断然! 手間暇と金がかかる。

 エイズの最初の治療薬は抗がん剤として作られた事実は有名だ。

こういった貴重なデータを人類は死蔵している。活用できれば製薬会社は莫大な利益を上げる事が可能だ。例え未来の事業がクッソ怪しいものであってもスポンサーになることで失う費用は些細なモノでありながら効果は激しく高い。


  聡い一年生がおずおずと手を上げる。

「つまり、先輩方は自らの体質などを製薬会社のネットワークに登録し、その対価を得たわけですか」その通り。

ハッキリ言って埋もれた薬品が特定の人間にだけ有効な治療薬であることは少なくないのだ。逆に特定の特殊な遺伝子の持ち主のデータがたった一人の難病患者を救う乾坤一擲の一手に成りうることもある。

「タダより高いモノはないな」と鷹揚に笑う新田に青ざめるトックリ。トックリはそんな話聞いていない。ついさっきまでお洒落なおそろいのペンダントと認識していた。それも密かに(そう思っているのはトックリだけだが)想いを抱いている人から貰った大事な装飾具と。

「で、『こすもす』の事業を拡大しないと部長はヤバい。『こすもすねっと』だけでは足りないから宇宙進出を進めたい。だから協力してってことっすか?」「そうそれ?! 助けて!!!」


 小早川にこのままでは風俗に沈められると泣く未来。今更かよ。

「却下」「却下」「部活として認められません」「無理」「ふざけるな」

高校生に企業と学生が協力し合うことで行うイノベーション(革新。刷新。新機軸)の話をするには、未来にはまだまだ気持ちを整理して理路整然と語る能力が必要であった。

おまけ。徳永家の本日の一コマ。


「お姉さま。沢山食べてくださいね」(ニッコリ)


 ああ。美味しいとその料理と言うには冒涜的な物体を可憐な唇に運ぶ藤崎。

ダラダラダラと脂汗を流すトックリ。

「あ、あ、当たり前です。妹が可愛くない姉などこの世に存在するハズがありません。まして妹が心を込めて作った手料理が食べられないなんて」「声が震えていますよ。お姉さま」

トックリは次の日、学校を欠席した。お大事に。

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