それはロボットと言えるのか
少し遡る。
「この娘は生きているのか」「ええ。法律上はとっくに死んでいますがね」
小柄な男は『それ』を娘と表現したがその存在は誰がどう見ても生き物と認識できないであろう。
「やっと見出した適合者にして日本国民の中で最も運動能力に優れた者がこの状態とはな」小柄な男は分厚いガラスの奥に横たわる物体のようなそれに呻く。
「付け加えますが、生命活動をこれ以上続けることは事実上不可能と言っていいでしょうね」「そうか」
臭いも感じない筈のこちら側から血と腐敗臭が漂ってくるかのようだ。
厚手の包帯でぐるぐる巻きにされたそれは肉塊にしか見えない。かろうじて腕や足のような突起があちこちに見えるだけだ。
長身の男はどきりとした。厚手の包帯の奥。むき出しの眼球と目が合う錯覚を覚えたからだ。そんなばかな。
「心臓も既に動いていません。無事なのは脳だけ。その脳ですら一部損傷しています」「可愛そうに」
長身の男は確かに「かわいそうに」と小柄な男が喋ったのを聞いた。
この小柄な男は『善人』ではある。彼が知る政治屋どもの中でも最もお人好しである。
無力なものを守ることを夢見る男である。
しかし日本国及び日本国民の利益になるか否かを常に判断しつづける冷酷な一面を持ち、後者は情け容赦なく切り捨てる男でもある。
正しく政治家で正しく魔王の素質を持つ。それがこの男だ。
慈悲深いが冷酷。正義を胸にもって自ら悪に染まり、
民主主義を守る反面いつ独裁者に転じるか解らない。
平和を最も愛する故に血まみれになることを厭わない。それがこの男だ。
人間の胎から生まれ、人間の両親の愛情を受けて育った男ではあるが、彼を良く知る長身の男は彼を『怪物』だと思っている。
「キミに命を与えよう。仕事を与えよう。生きる意味を与えよう」
その『怪物』の掌からひとしずくの血が零れ落ちた。握った爪が掌を傷つけたのだ。
長身の男に気取られないように歯を食いしばっていたその顔はあくまで穏やかに見える。
「キミは蘇るのだ。最新の技術で」君に誰かを支える腕を与えよう。君に駆け抜ける足を再び与えよう。君に瞳を与えよう。耳を与えよう。鼻を。舌を。そして心と世界を繋ぐ力を。
「特殊放射能防御服だが」「ええ」「ベースは生物型の人工筋肉とする。今決めた」
小柄な男は喉からこみ上げる酸っぱいもの。目頭から吹き上げる激情を抑えながら告げる。
人道的に許される行為ではないとは思う。
だがこの状態で生命活動を無理やり続けさせるのは人が許しても神が許さぬ。
そんな技術は今の日本にはありませんよ。いえ。どんな世界にだってありません。
長身の男が抗議するが小柄な男は聞き流す。
「しかし機械型はもっと絶望的だ。解るだろう。人間がどうして二足歩行を行うことが出来るのか現時点では我々人間自身が完全に理解していないのだ」「しかし」
「そもそも人間型は飛べないぞ」「あたりまえです」「合体もできない」「出来てどうするんですか。出力が下がるだけです」
「走れないと思う」「先ほど二足歩行の全容を人間自身が理解していないとあなたが仰ったのです」「メルトダウンした原子力発電所での除染作業に小型原子炉を持つロボットを派遣させる気か。どうみてもコントだ」「良いですか。そんなものは大昔の古典美少女ゲームの天才ちゃんが作るような夢のアイテムです。今日日某猫型ロボからもその設定はなくなっているのです。そもそも現実の原子炉は食い物を直接エネルギーにする謎システムではありません。水蒸気を入れるスペースが」「わかっとる。言っただけだ。ガソリンじゃ出力が足りん。そして電気じゃ即電源切れだ」
有機物を主とする人工筋肉を持ち、汚染された有機物を『食って』エネルギー源にする。その肉体はあらゆる攻撃。環境の変化に耐えて中の人間を守る。
戦争に使う訳ではない。人を殺すために作るわけではない。ただ今困っている人を守り、助けるために。
「我々の求めるロボットの形が見えてきた」男が呟く。首を振っている長身の男に気付いた彼は初めて心から笑ってみせる。その背をバシバシ叩き、迷惑がられながらも強く頷き。二人は病室を去っていく。
「だが」小柄な男は独り言ちる。
「それはロボットと言えるのだろうか」
闇に再び沈む病室の奥。血まみれの塊から剥きだした眼球が少し動いた。




