飯島君と森田とかなたさんの一コマ
「あついあついあっついねぇ」
その少年は縁側に座り、だらしなく舌をだしてだらけて見せる。
足元には氷とスイカの入った桶。ちりんちりんと風鈴が鳴り、紫陽花の色鮮やかさに彼は目を細める。
「ピート」生真面目な口調。歳の頃ははたちそこそこのボーイッシュな美女がそのそばに立つ。ビシッとカッターシャツを着ているが胸元だけは大きくはだけていて艶めかしい。
黒いタイトスカートに包まれた綺麗な脚はよく見ると筋肉質だ。元々彼女は兵士だし。
「かなた」おおきくブリッジして白い下着を見上げる少年にかなたと呼ばれた美女はニコリと威圧的な笑みを浮かべる。「服を着なさい」かなたはそう告げるとグンゼの白いパンツを彼の頭に落とした。
「だって暑いじゃん」「うっさい」
丸裸の飯島に頬を染めるかなた。幼児相手に意外とウブ。
飯島が幼児の見た目に反してほかに類を見ないパイロットにして複数各語を使いこなす天才少年なのと同様、人は見かけで判断できない。
ちなみに見かけははたちそこそこだが実年齢は自称三十路半らしい。どういうアンチエイジングなのか。
縁側の向うの小さな畑では森田こと久々登場森田正志。
本来技術屋の彼は白いシャツと半ズボンと足半に白タオルに麦わら帽子をつけて農作業に励む。どうみても農家の好々爺である。
足半は昨今では見られないが足の指と土踏まずで全体を掴める小さな草履で足は汚れるが機能性は高い。どうせ足が汚れるなら丁度いい。
かなたは何故か飯島をピートと呼ぶ。飯島もなにも言わない。
飯島の見た目は相変わらず変わらない。今日は幼稚園は休みだ。
「飯島。だらけている暇があったら手伝え」森田は既にイイ年なのだが飯島とほぼ対等の関係を持っている。
「しんどい」そういって飯島は寝転がった姿勢でパンツを履く。書類を手に視線を逸らすかなた。こんな様子では彼女の純潔は当面保たれてしまう。もうすでに純潔を守るより子供を産んで家庭を守っていておかしくはない歳のはずだが。
「自衛隊だもん! 国民国家を守るんだもん!」国を守るより先に子孫繁栄を守ろうよ。かなた。YOU。襲っちゃえよ。誰をと言えば困るが。
「なんかすっごく失礼なことを誰かに言われた気がするわ」訝しがるかなたを尻目に飯島は脚をぱたぱた。氷水が森田のほうに飛ぶ。その氷水すらたやすく土は吸い込み、或は蒸発させ大気の一部と化していく。
「かなた。今日は白」「このエロガキ」頬を染めるかなたは股間を抑えてぼやく。
そのまま女の子座りしたかなたの膝の上に飯島の頭が乗る。
さっそくうたたねする飯島を愛おしそうに抱くかなた。
すうすうと柔らかい寝息を吐きだした飯島の鼻先をくすぐったく思いながら彼女は視線をずらす。
「森田さーん! そろそろスイカ冷えたわよ」「もうちょっと」「森田。熱中しすぎ。熱中症になっちゃうよ」寝言? 面白くない飯島のギャグに微笑む森田。
ピカピカの野菜を手に微笑む。「今日はこれを甘酢でしめようと思う」「いいね」「良いわね」寝言にしては器用な飯島。
かなたは『重要』と書かれた手紙を手にその年季の入った木造住宅の戸をきしませて外に出た。
『拝啓。遥かなた殿。先日配送した特殊放射能防御服計画の被験体の件(中略)及び現在飯島真澄と名乗る少年の遺伝子情報について……』
かなたは大きくその手紙に『×』を書いて返信とし、切手をつけてポストにほおり込んだ。
「烏丸。御厨。うちの子はあげません」謎の言葉を呟いてかなたは寂しげにつぶやくと軽くスキップするように歩き出した。
彼女の黒いヒールが踏みつけたぬかるみには白く輝く入道雲が映っていた。