悠里美里(ゆうりみさと)
「あ。懐かしいな」
未来はふと駅の構内に立ち止まり、つぶやく。
懐かしいも何もいつもの駅の風景なのだが。
「懐かしいってナニがですか。未来さん」
妙に気取った朝日の喋り方に吹き出す未来。
「いや、森田のおっちゃんとか逢坂さん。じゃなかった。春川さん夫妻に逢ってもうすぐ一年経つんだなって」
ああ。そんなことがあったのか。朝日はその時の『妹』のことを直接知らない。
「森田のおっちゃんが死のうとしてさ。大変だったんだぜ」「そっか」
「アニキ~! 結婚してくれないと死んでやるぞッ 」「ぜったいそんな状況じゃないだろ」
またまた失職した朝日。就職活動兼ねて未来を送り出し中。
「今日、和代ちゃんと順子ちゃんは? 」「先に行ったよ。あの二人朝早くてついていくの辛いもん」だからって遅刻寸前まで寝ていていい理由にはならない。
新堀が迎えに来てくれなければ遅刻するとか、朝日が連れ出さないとダメとか今後の自活能力に疑問が残る。
「美和さんか。あの人めっちゃ美人だな」「アサ義兄。ああいう人が好みなんだ」てっきりロリコンだと思っていたとつぶやく未来。
「ロリコンってなんだ。ロリコンって」「あ、でもいまノーブラの女子高生に胸を押し当てられているのに反応もしないから実はDVかも」「ED? 」「そーともいう」
バカの限りな会話を続けるふたり。
朝日にしてみれば未来は兄弟でオカマである。勃起つわけがないのだが。
通勤ラッシュの駅は人が多い。
「あ。朝にい。あの人めっちゃ美人」「へ? 」
朝日に指で示そうとする未来に「失礼なことをするな」と言いつつ朝日も目で追ってしまう。
その先にいた女性はタイトスカートとスーツ姿の若い娘だった。
ただ。「喪服? 」「っぽいね」喪服のような衣装を身に纏っているのが二人にも気になったのだが。
「……」急に朝日が走る。「アサにいっ?! 」
電車が迫る。朝日は電車に怯まずホームに飛び降りた。
「あさにいっ?!!!!!!! 」
「お嬢様を御救いいただき、ありがとうございました。これは謝礼です」
カーテンを閉めた事務所の中に通された二人。
男性が渡した封筒の中には分厚い札束。
呆然とする二人に深々と頭を下げる美女。歳のほどは朝日と同い年くらい。
憂いを含む瞳は朝日の姿を映す。そして自らの名前を名乗った。
悠里美里。彼女は別の形で朝日たちとかかわることになるが、そのようなことは今の未来たちは知らない。
美女に感謝されて柄にもなく照れる朝日と嫉妬に目を細める未来とは別のところで男たちが会話していた。
「悠里の娘は生きていたか」「遥とも出会った。君の思惑通りだな」
「まぁ悠里の娘など現時点では生きていても死んでいても我々には影響はないが」「あの一族は厄介だぞ。何故出会わせた」
非難する男に平然と応える男。
「だから出会わせた。悠里君は『不幸な目にあった』が、一応若いころ世話になった時期もある」
「遥の連中が助けるとは限らんだろう」「その通り。だが思惑通りに彼らは出会った」
肩をすくめる男とニコリと笑う男。
「何をたくらんでいる? 」「あの小娘にはただの法学生の小娘で終わってほしくない。そう思っている。曲がりなりにも悠里元総理大臣の娘だぞ」
御互いにいい影響を与え合ってほしいところだと男はクックと笑う。
「知らんからな。俺は。悠里の娘が今後まかり間違って立候補でもしたらどうするんだ」「今の時点ではなんの脅威にもならん。『今の時点では』な」
笑っていた男は不意に笑みを止めてつぶやく。
「アレは完成しそうかね」「あんなもんなんに使うのだ? ギャグか? ジョークにしては悪質だがな」
「男のロマンと言ってほしいね」「ジョークのほうが遥かに良質な話だな」
『特殊放射能防御服(極秘)』。
そうかかれた書類を手に男はニヤリと笑う。
「役者をそろえなければ、舞台は始まらんよ」と。




