恋なんてやってられっか
「神無月さんの家の人が皆死んだと聞いて俺は真っ先に喜んでしまった」
未来は歩く。普段なら遅刻しないようにと新堀が迎えに来てくれるのだが。
神無月優希。三年前に朝日が過労で居眠り運転をして撥ね殺した少女である。
当時十四歳。生きていれば未来と友達になっていたかも知れない。
血は直接つながっていないが、朝日の事が未来は好きだ。ある意味異性の中では最も気兼ねなく付き合える存在と言える。
その彼の暗い部分に触れてしまい、未来は落ち込んでいた。
「おい。おい」「おいってば。聞こえないのか」
どこか遠くから声が聞こえる。
「おい。遥」
茫然としながら歩く未来はその声の主に気がつかない。
「おい。遥。駅、乗り過ごすぞ」「……」ぐいと腕を引かれる。
「ありがとう。霧島」「ぼうっとしすぎだな」
自分の台詞で相手をやっと認識した。
未来の瞳の前にはニキビ痕だらけの長身の青年の愛嬌のある顔立ちが大写し。
「きゃあッ チカンッ 」周囲の視線が一斉に霧島に。
「俺は無実だ」未来と澪の幼馴染、霧島和人少年は肩で抗議して見せた。
てくてくと歩く未来。また腕を引かれる。ビクリ。身体が勝手に反応。「ちか」「いい加減にしろ」
「こっちだ。学校はこっちだよ。未来。変なとこ行くな」「あ。うん」
長身の青年とそれなりの顔立ちの少女の組み合わせは朝であることも考えるとそれなりにほほえましい光景に見えるのだが。
「だいたい、なんでお前にチカン呼ばわりされなければいけない」霧島は機嫌が悪いらしい。
「澪っちは? 」「一緒に見えるか? 」「いつも一緒じゃないか。ホモだと思ってた」
その言葉を聞いて霧島は肩を落とした。「お前は」「え? 澪っちと霧島は出来ているってもっぱらの噂だぞ」
なんせ澪は女性より可愛いのだ。そんな澪と常時一緒にいる。寝る寸前まで家に入り浸り。
そして澪の母親は腐女子であり、男性同士の恋愛を『純愛』と言ってはばからない人物である。
普段はまともなのだが、そこだけは異常だ。
だから、澪は女の子に避けられていたと教える未来。
だいたい、澪の容姿はきれいすぎて女から見て嫌味。可愛いからいじめられないだけなのである。
「そうだったのか」薄々気が付いていたがと霧島は頭を掻き毟った。
「むしろ。気がつかなかったのか」未来は呆れかえる。
「俺がもてないのは普通にブサイクだからだと澪に」「あいつも言うときは言うからな」
「な、なんか学校に行くのが俺もいやになったかも」「フケるか? 」無遅刻無欠席の優等生・霧島を悪の道に誘う未来。丁重に断る霧島に未来は告げる。
「あと、順子と和代の悪口言うのやめろ。俺の親友だ」「別にあの二人に悪意はない」
ただ、あの二人は重いと霧島は呟いた。
「重いってなんだよ」「あの二人は悪いことはない。だが、判るんだ。俺は」
親の商売の都合上、不幸になる、不幸にする人間は判るらしい。
「澪はガキだからな。女にもてたことがないからか、
幸せにしてあげたいと純粋に思い過ぎる。
却って相手を不幸にしかねない」「ふうん」
未来は適度に黙っている。
霧島に順子の傷をえぐるような話は出来ないし、
和代のほほ笑みを見て余計なことを吹きこめない。
「あ。霧島。うまい棒食うか」「どっから出してきた」
ニキビ面をしかめる霧島の唇に無理やり押し込む未来。
未来はうししと笑うと霧島の前に立ち、後ろ向きに歩く。
「あれか。霧島は順子に嫉妬しているのか? 」「どうしてそうなるんだ」霧島は有り得ないと呟く。
「お前、意外ともてるんだぞ。澪とセットじゃなければ」「そっか」
「あれだ。澪は澪で相手を見つけているし、青春をエンジョイしろよ」「俺は受験生だぞ」つまんねぇ奴だと未来は呟くと「お前に危機感がないだけだ」と霧島は返した。
危機感がないか。
考えたいことはいっぱいあるけどひとつひとつしか判らず、そのひとつのどれを優先すべきかも判らず。
将来を考えつつも友達や人の思いや、他人の醜さや哀しさまで気にしてしまって。
「恋なんかやってられねぇな」未来は呟いた。
「ん? 何を言っているんだ? 未来」霧島はうまい棒をなんとか飲み込み、足を止める。
「おい。霧島。しゃがめ」「あ?? 」なんだよと不機嫌に呟く霧島少年。
「眼を閉じろ」「は? 」それでも霧島は素直に従う。幼少時の経験的に未来の言うことを聞いてしまうらしい。
未来の吐息と甘い香りが霧島に急接近する。柔らかい感触が彼の唇にそっと触れる。
驚いて目を見開く霧島の唇を未来が人差指でつついていた。
「キスすると思ったか。引っかかったな」「阿呆」
「口元にうまい棒のカスがついているんだよ」「あのな」
「約束」「あ? 」
「澪と仲直りしろ。命令だ」「は? 」
今日中にな。未来はそう呟くと、霧島を残して坂を駆けて行った。




