お前は優しいからな
「だああああああああっ! 無理無理無理ッ 朝にぃ助けてッ 」未来は遂にキレた。
膨大な宿題に進路のこと、他人の恋路に付き合わされること、小早川のこと。あとついでに会社のことだ。
「ん? どうした未来」義理の兄、朝日は未来を『みき』とは呼ばない。
中肉中背だがそれなりに端正な顔立ちの青年で、新堀曰く『素敵なお兄様』だそうだが。
それは新堀と朝日の接点が少ないことの証明である。
付き合ってみれば判るがとにかく生真面目で面白くない。
ともすれば無個性かつ皮肉屋に見えるのが難点だ。未来とは真逆の性格である。
昔は明るいところもあったのだが、三年ほど前に当時中学生だった少女をトラックで轢き殺してしまって交通刑務所に入っていたこともあって無個性な反応が多い。
未来はそんな義兄にいくぶんかおちついて話しかけた。息を三回吸って吐いて、素数を数えて。
いち。にぃ。さん。ごぉ。なぁな。きゅう。よん。……間違えているぞ。未来。
「宿題が小早川が恋の会社経営がやばくてジュンちゃんとカズちゃんが修羅場で澪っちが板挟みの丸焦げで進路が決まらない」「……」
朝日はこの残念な従兄弟の子供にして義理の弟(現在妹)に呟いた。「とりあえず順序だてて話そうな」
「だから、朝にいッ 宿題とテストと今月の新作ゲームと積みゲームと、
モン●ンとジュンちゃんから借りたBLゲームと進路と小早川がコクって来て会社経営どころじゃないって。あと部活の企画もある」
朝日はとりあえず現在一七歳の義弟が年齢の割にやることが多すぎて許容量をオーバーしている事実だけは理解した。
「なんで朝にいはわかってくれないんだよッ 」切れる妹だか弟だかに朝日はため息。
「いや、普通におちついて話そうな。あとパジャマのままでボタンが外れているぞ」「あ」
色気のかけらもない未来だが、朝日に胸元を見られていると少々感想が違うらしい。
「見えた? 」「見たくもないものを見せるな」朝日は従兄弟にして二人が『小父ちゃん』と呼ぶ大地の妻である沙玖夜と未来のやり取りを知らない。
朝日の視点から見た現在の状況。
受験を控えた自分と幼い弟を残し、両親が突如失踪。
弟の学費捻出のために東大医学部進学をあきらめ、
過剰勤務の末、無辜の少女を轢き殺してしまい、
交通刑務所から出てきたら家屋敷が抵当に入っていて、
挙句。弟がモロッコか何処かで妹になっていた上に、
周囲では有名なお嬢様学校の生徒に潜り込んでいた。
悲惨である。性格が歪まないほうがすごい。
「とりあえずゲームはやめるとか」というか、うちにゲームを買う金はないと思うがと呟く朝日に。
「え~!? 話題に取り残されちゃうよっ 」「いや」
朝日は困った。
彼にだって『お嬢様学校の生徒はゲームはほとんどしないんじゃないか』を自重する程度には分別がある。
「赤松とか、鄭さんとかゲームうまいよッ 」「いい年こいて女子高生とゲームするか? あの人たち」
「清水さんも落ち物得意」「ああ。判る。あの人には俺も負けた」
「かなたババアと飯島君、森田のおっちゃんとは狩り友」「かなたさんはさておき、おっちゃん自重」
「あと、ジュンちゃんからBLゲームをいっぱい」「なんで男がBLやってるんだよ?! 」
朝日は『子供が産める身体になったからオカマじゃない』と未来から聞いているが、彼も医者を志した人間であり、現在の医療技術でそのようなことはできないことくらいは知っている。
「というか、かなたさんっていくつだったっけ? 」「遥の親戚は変な人多いしね」おまえらが言うな。
確か一九九九年に二十四歳だとかなた本人から聞いたことがあると朝日が呟く。
「あの容姿で三八? まさかな」「美魔女もびっくりというか、美人かどうかは置いておいて、どう見てもはたち前」兄妹は頭をひねる。
「でも大地小父ちゃんと沙玖夜さんという実例があるからな」「あの二人は」未来は『約束』を思いだして黙る。
「ところで、お義兄ちゃん。なんの話してたっけ」朝日は呆れた。お前はトコロテンか。
「えっと。小早川君がコクって来てびっくりした」「そうそう。マジ驚いた」朝日は頭痛を感じた。
「 断 れ 。 お 前 男 だ ろ 」「う。それは」今は女なんだが。というか。
「こんなに可愛くて色気あるのにぃ。私が学校にいったあと、一人慰めてもいいのですよ? 」「死ね」
パジャマのボタンをはずして妖艶に微笑んで見せる未来に朝日はフライパンを軽くぶつけた。
朝日はまた失職した。無辜の少女をはね殺したのがばれたのだ。
「本当に女になったんだって」「……」
朝日だってバカではないので、この家になぜか増えた本来有り得ないものには気が付いている。
そしてそれはトイレ掃除のときに処分している。それでも非科学的な現象は否定する。そこら辺がイイカゲンというか寛容な大地と違う点だ。
「うう。父さんがいたらいいのに」「親父もお袋も、蒸発しちまったからな」二人はため息をつく。
「俺がヘマしなければ、家を売ったりしなくて済んだのに。ごめんな」朝日の触れてはいけないところに触れてしまった未来は大きく首を振る。
「不況だったし、いつか売らないといけなかったと思うよ。気にしない。突如蒸発とかそれこそうちの親戚ではよくあることじゃないか」
他人には言えないが、彼らの親族には本当によくある。
そして平気で数年、下手すれば数百年後若返った姿でひょっこり帰ってくる。
「それより、ごはん。昨日食ってない」「根を詰めすぎだな」朝日は気を取り直してフライパンを握る。
「朝にい。料理うまいね」「お前が料理しないからだ」「ごめん」
確かに。『女の子』なら料理ができたほうがいいかもしれない。
未来は小早川に料理をふるまい、胸を張って自慢する自分を思わず空想してしまい、首を振った。
なんでやねん。思わず関西弁で呟く。
「大地にいのほうが上手いぞ。沙玖夜さんより美味く作る」「マジか。プロ並みやん」
あの従兄弟は本当に色々できる。『キモオタのくせに』親戚一同の評価は酷いが。
香ばしい香りは換気扇に吸い込まれていく。
朝日は温めなおしたご飯をヘラで切って細かく崩し、卵をひとつ加えてかき混ぜ、
あらかじめ温めていたフライパンにラードを入れ、卵の入ったご飯を投入。
油分と惜しげなく混ぜ合わせてパラパラのもちもちにして、
昨日未来が食べ損ねたキンピラごぼうとプランタで育てたネギを放りこみ、塩と胡椒とスパイスで軽く味付けしたのち、
火を止めて間引きした野菜の小さな葉やプランタで育てたハーブで彩りを出し、
辛子明太子を入れて和える。
「ほれ。チャーハン出来たぞ。これ食ったらさっさと学校行け」「わぁい! 」
未来がパクパクと食べている間、彼はさっさと食器や調理器具、台所の掃除をする。油が温かいうちのほうが処理しやすいのだ。
「あのさ。母さんがいってたけど」「みゅ? 」「口の中のもの片づけろ」朝日は苦笑い。
「『未来は優しいから色々考えてしまう。本当は賢い子だからひとつのことから解決するように助けてやれ』ってさ」「母さん、そんなこといってたんだね」直接の血のつながりはないが、感謝している。
「勉強は俺が見てやるよ。霧島君や唯ちゃんに頼むのもあれだし」
「その。あの、霧島と澪っちは今喧嘩していて。俺、板挟みで無理。ほりりんもちょっと男の約束で秘密なことがあって」「任せろ」
朝日が言うとなぜか説得力がある。
「たったふたりの兄弟なんだから、一人で悩むな」ぱふぱふとフライパンで未来の髪をなでる。
そしていつものように照れたように頬を掻く。
彼のこの癖が未来は好きだ。安心する。
「四人だよ。大地にいと沙玖夜さんいれて四人」
そうだな。にいちゃんに叱られると朝日は苦笑い。
ふと朝日は呟いた。
「かなたさんは? 」「あれはババアだ」本人が聞いたら泣きそうだ。
朝日はコーヒーを淹れる。コポコポという音がラジオの音楽と溶け込んでいく。
「会社は確かに不安だなぁ。赤松とか清水とか、従業員としてはちょっと信用できないな」「悪い奴じゃないよ。悪くなっただけ」それは悪い奴と言わないかと朝日は思ったが、『妹』が選んだ社員には悪口はこれ以上言わないことにした。
「それに、最近は子供が産まれるから詐欺師のまねごとはやめるって」「なんか明るくなってきたよな。あの二人」
「森田のおっちゃんもバリバリ開発がんばってるよ。絶対『きぼう』を打ち揚げて見せるって」「今度レア博士に挨拶しに行こうな」
朝日にとってもレア博士は恩人だ。交通犯罪者の身では墓参りに行くのもためらわれるそうだが。
「人間は間違いも罪も犯すって、レア博士言ってたよ」「そっか」朝日には重い言葉だ。
「朝日さんは絶対、絶対に人のために輝く人だって」「無理だな」朝日はきっぱりと否定した。
未来の瞳を見て、朝日は一瞬瞳をそらす。沈黙する朝日。
「……俺。あのときさ。神無月さんの家族がみんな死んだって聞いて」
未来には朝日が笑っているようにも自分を責めているようにも、泣いているようにも見えた。
「喜んだんだよ。お金を払わずに済むって」




