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そして 宇宙(そら)に向かう船  作者: 鴉野 兄貴
友情編。瞬間(とき)も永きも夢幻の未来(みき)

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しちゃった

「しちゃった」????


 未来は順子の言葉の意図がわからずアイスクリームを舐めながら小首を傾げた。

順子と和代はいつも一緒にいるように見えるが、和代は『一応』帰宅部で、順子は文芸部。

二人はいつも一緒に帰るように見えて、他のお嬢様方に包囲された和代が致し方なく順子より先に帰宅することも多い。


「ナニを? 」アイスクリームを大きく舐め取り、はしたなくも道路脇の滑落防止の壁に腰掛ける未来。

したからみたらショーツ丸見えである。この辺の危機管理が未来にはない。

それが同性から見ればたまらなくかっこよく見えたり、ウザくみえたりする。

順子はどちらでもない。とりあえず未来にとっては色々絡みやすい友人だ。


「だからさ」「うん」

順子はスカートを折り畳み、膝で少し挟んで腿と脹脛ふくらはぎで土で汚れないようにすると未来の隣に腰を落とす。

およそお嬢様らしからぬ挙動だが、この友人は結構これはこれで様になるのだ。


「澪っちと」「澪タンがどうした? 」

しばらく離れていた幼馴染の名前が出てきて余計頭が混乱する未来。意味がわかんない。


「だから。したんだって」「ナニを」

豊かな胸を両の膝に押し当てて物思いにふける順子。

アイスを大きく舐め取る未来。やはりこの時期のアイスはまだ冷たい。


「セックス」



「ぶばっ!!!!!!!!!!!!!! 」

アイスクリームを盛大に吐き出したのみならず、

げぼげぼと胃の中のものを吐き出しそうな勢いの未来に対して、順子の表情にはいつもの明るさはなく、能面のように冷たく。ガラスの器のように言葉は空虚だ。



「だって。あまりにも可愛そうだったし」「げぼぼっ?! な、なんでっ?! 」

「それに。あんたに言っておかないと不公平かなって」「ぶ、ぶ、ぼごうべいっ?! 」


 杞憂だったか。順子はそう呟くとスカートを巻いたまま立ち上がる。

「あんた。澪っちが好きなんじゃないのかって思ってたんだけど」

誤解だ。そもそも澪や霧島との関係は男同士の関係の延長だ。


「アレは幼馴染ッ 」「そっか。ごめんね」なぜ謝る。

盛大に汚れた制服に気づき、順子が呟く。

「あんたその格好で明日学校に来る気? 」



 いくら鈍い未来も順子の口調がおよそお嬢様らしからぬ言葉使いになっていることに気がついていた。

「カズちゃんのお気に入りだったのに。盗っちゃった」判っていたのになぁ。

順子はそう呟くと小さくため息をついた。「私。なにやっているんだろう」


「……なんで」「私にもわかんない」

学校どころか全国レベルの秀才の高峰姉妹にわからないことが、

バカの自分に判るなんて未来は思っていないが。


 気を取り直した未来は再び壁の上に座る。

順子の真似をしてスカートを腿ではさんだので、

下で鼻を伸ばしていた男は軽く咳払いをして去った。

そこにアイスクリームの紙をぶつけてやる。クリーンヒット。



「カズちゃんって、澪っちが好きだったんだ」「ちがう。お気に入り」わからない。

「『私たち』は男なんて好きになれない」そう呟く順子。「……はずだったんだ」


「あいついい奴だよ。まっすぐだし、ちょっと見識狭くて困った奴だけど一生懸命で」「知ってる」

「こそこそ小説書いてたり、空手やってたり、どうみても女の子に見えたり、女の子より男にモテモテだったり」「わかっている」


「わかんないのは。自分の気持ち」

最初は抱きしめるだけだとおもった。でも全てを捧げて。包み込んであげたいと思った。

「……変だよね」「わかんない」

肩を抑えて震えてみせる順子に何も答えて上げられない自分がもどかしい。


 元々、未来は男だ。女の気持ちは半分までしかわからない。

でも。「捧げたいって。私は思ったことがない。誰にも。たぶんアサ兄や大地小父にぃにも」

ちょっとだけ。順子が羨ましい。そして許せない。自分にはない心だから。



 順子はゆっくりと自分の服の裾をまくる。夏場でも彼女の肌を未来は見たことがない。

夏のある日に皆で海水浴に行っても、彼女だけは荷物の見張りをしていた。長袖で。


「こんなの。捧げられても。怖いだけでしょ? 」虚ろな瞳で順子は呟く。

その腕にはタテヨコの無数の傷。身体には傷のみならず大小の火傷のあと。


「見せたくなかったのに。お嬢様だって思っててほしかったのに」未来は何も答えられない。

「それでも、アイツは優しいんだ。こんな化け物みたいで、便器だった女にね」……。

頭の悪い未来には、せいぜい順子が彼女が演じてきた『お嬢様』ではないらしいことくらいしか判らない。


 でも『男』だから判ることがある。

「優しいというより。責任感だろな」「? 」

「順子を護ってあげたいって気持ち」「あんな頼りない子に護られても」判ってない。そして説明できない。もどかしい。


 もどかしいという気持ちすらも。二人にはわからない。

賢くても。愚かでも判らない。二人はそれをあらわす気持ちと言葉がまだ育っていない。

一番二番ではなく、ただ『好き』といえる最後の瞬間に彼女たちは立っていることすら気づかない。気付けない。


「そりゃ、頼りにならないのは幼馴染として保証してやっていい」「おい」

順子はさすがに苦笑い。「でも、アイツは泣き虫だけど、それ以上に男気ある奴だったよ。昔からさ」

疑わしげな目で見る順子に苦笑いする未来。


「むしろ、霧島のほうが頼りにならなかった。アイツはすぐ泣く」「マジ? 」

おう。マジマジ。未来は続ける。


「霧島がマシになったのは俺と澪のおかげだ。崇めろ」「……ぷ」

泣き笑いしはじめた友人に未来も笑う。自分のことだけで頭いっぱいなのに。それだけじゃない。

将来のこととか、進学のこととか、考えることはいくつもあって。


「ああ。脳みそがもうひとつほしい」

そう呟くと順子は笑った。

「ひとつじゃ足りないじゃん。みっちゃん」「うっさい」


 膨れる未来に笑い出す順子。

その順子の様子に少しぬれたバスタオルを順子にかけてやる。

「……? ありがとう」「いいってこと」ニヤリと笑う未来。


「あんた。男みたい。ちょっと惚れかけた」「元々オトコだ」

「なにそれ。すごい冗談」思わず口の端が動く。確かに。説明できない。

「それに。傷なんて誰にでもあるんだ」多少の違いはあるが。

「俺も……だ」「……」

「今でも、オトコは怖い」そう呟く未来に順子は身を寄せる。

ふわりと半分ぬれたバスタオルが二人を包んだ。



 ああ。判った。

夕暮れまで黄昏ながら未来は気がついた。

女として小早川を包むようなことは『俺』にはできないけど。

オトコとしてけじめはつけられるよな。たぶん。

 小早川を後日呼び出した未来は、

花を差し出す彼に軽く平手を入れて黙らせて目を閉じさせると。

吐き気がする。手足が震えるのは慕情の所為ではない。純粋な嫌悪だ。

それでも。それでも。男として、彼の気持ちにある程度は結論をだしてあげたい。

好きになんてなれない。芽生えだした女の部分が叫ぶ。男なんて怖いと。

五月蝿い。俺は。お前は男だ。


 一度は捨てた男の意思が皮肉にも本能的な恐怖に勝った。

未来は。小早川の額に少しだけ……キスをした。


「いっとくが、義理だッ これ以上はないッ! 金輪際ないッ! オトコの友情でやったのだっ 」

そういって逃げるように去る未来の頬は少し赤らんでいた。

未来が『女の子』になれるかどうかは今後の小早川の動向こんじょう次第のようである。

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