禁止を告げる金糸雀
『この先へ立ち入ることは、禁止されています』
透の左の肩の上で、金糸雀がうるさく鳴いた。
「ここも、駄目なの?」
『はい。この先は、立入禁止エリアです』
「……」
この島に来てからというもの、ずっとこの調子だ。
やれ『飲食は禁止です』だの、『土足厳禁です』だの。禁止、禁止、禁止。まったくたまったもんじゃない。観光に来たはずなのに、禁止だらけで息が詰まりそうだ。
「何で入っちゃ駄目なの。ここも同じ公園でしょ」
金柑色の羽毛の塊をねめつけてから、透は視線を正面に戻した。
ツン、と水分多めの重い空気が鼻をつく。目と鼻の先に張られたロープの向こう側には、黒々と野性味あふれる樹々。
「せっかく、原生林を散歩できると思ったのに」
『――禁止です』
くりっと首を可愛らしく傾けて、しかしキッパリと小鳥は鳴いた。
「こいつ……」
小鳥は「島にいる間のお供です」と、上陸と同時に渡された。なんでもこの島にしかいない金糸雀の亜種で、人と会話ができるという。愛くるしい見た目と珍しさ、島の観光サービス精神に、最初は喜んでいたのだが――。
『私に直接触れることは、禁止されています』
これである。
透は、行き場を失った右手を持て余し、小鳥の代わりに自分の左手首をひっかいた。
舗装された遊歩道を抜けると、商店街に出た。年代を感じるアーケードで、観光客向けの店舗が軒を連ねている。海鮮を謳う飲食店の合間を縫って、『金糸雀グッズ』が並んでいる。クッキー、饅頭、のど飴まである。見事なまでの『金糸雀』推しだ。
――確かに、可愛らしいけどさぁ。
当の小鳥は『関係ありません』とばかりに、羽を揺らしているのだからやりきれない。
しかしふと、ある小物屋の前で脚が止まった。店内の壁に、小さな黄色い塊が吊るされている。金糸雀のぬいぐるみだ。ふわふわとした羽毛の質感や、背から尾羽にかけての檸檬から金柑のグラデーションの感じなど、なかなかのクオリティだ。
少しだけ心惹かれたが、ここで買っても無駄になってしまうだろう。
「可愛らしいでしょう。これ、手作りなんですよ?」
「……手作り?」
笑顔を張りつけた店員が話しかけてきた。正直面倒臭いとは思ったが、手作りというのには素直に驚いた。
「ええ。うちの祖父が作っている一点ものです。いかがですか?」
「ごめんなさい。今買うと、荷物になってしまうから。それに、その、ええと……」
接客から逃れようと、視線が泳ぐ。
「あ、もしかして……『禁止』にやられました?」
「……」
店員は、ですよねぇ、と肩を落とした。
「観光の方には評判が悪いことも多いんです。『何でもかんでも禁止だ禁止だうるさい』って」
まさしく透が感じていたことだ。否定せずにいると、店員はちょっと困ったように笑った。
「すみません。この島は、急に観光客が増えたので。……その、勝手に敷地に入ったり、ゴミを捨てたり、島の子の写真を無断でアップしたり。……色々出てきてしまって」
「……」
むずむずとした後ろめたさに、透は視線を逸らした。確かに金糸雀が『禁止』と鳴いたのは、立入禁止のロープを越えようとしたときだ。
「ですので――すみません。少々口煩いかもしれませんが、島にいる間は……」
申し訳なさそうに首を竦めた店員に、透は笑いかけた。
「あの、海と繋がった洞窟が見られると聞いたんですが、どう行けばいいでしょう」
※
「――すごい」
透は洞窟と海の迫力に、おもわず吐息を漏らした。幸い他の観光客の姿はない。こんな景色を独り占めできるなんて、なんて贅沢なのだろう。
あたりを見回し、『立入禁止』のロープが張られていないか確かめる。
――大丈夫。ロープはない。
「ここなら……」
透は一歩、二歩、足を踏み出そうとした。しかし――
『その先に立ち入ることは、禁止されています』
左肩の金糸雀が、うるさく鳴いた。
「……ここも?」
『はい。禁止です』
その平坦な鳴き声に、透の頭の後ろで火花が散った。
「うるさい! ここにロープはないじゃない! なんで駄目なのよ!」
洞窟に透の叫び声が響いたが、金糸雀はビクともしない。
『はい。ですが、禁止されています』
「だから! なんで入っちゃ駄目なのよ!」
くるり、と首をかしげて金糸雀は鳴いた。
『――自傷行為は、禁止されています』
透の喉が、ひゅ、と鳴った。ツン、とした潮の香りが鼻を抜けていく。
「……どうして」
そんな素振りは見せなかったはずだ。独り旅の観光客。そう装っていたはずなのに。
ふと気がつくと、カタカタと膝が震えている。足元を覗き込むように見下ろすと、洞窟の岩にぶつかって砕けた白波が見えた。
「……」
『この場所での自傷行為は――』
「――禁止?」
『はい。禁止です』
金糸雀に気づかれないことを願いつつ、透は小さく息をついた。
生のマグロを食べよう。
それから、黄色い金糸雀のぬいぐるみを買いに行こう。




