星降る加護と僕の冒険譚
第1話 星よ、降れ――僕が選ばれた夜
夜空を仰ぐのが、ライナス・オルフェの癖だった。
二十歳の若者にしては変わった癖だと、村の連中には笑われた。だが彼にとって、星々はただの光の粒ではなく、憧れそのものだった。
「いつか俺も、あの星の下で冒険する」
小さな村ロテルから最寄りの王都まで徒歩で三日。商人の息子として生まれたライナスは、剣も魔法も人並みにしか扱えない、どこにでもいる青年だった。それでも彼は冒険者になることを諦めなかった。二十歳になった春、ついに村を出て王都の冒険者ギルドに登録を済ませた。
ランクはF。誰もが通る、底辺の出発点だ。
登録初日の夜、ライナスは王都外れの草原で野宿をした。宿代を節約するための苦肉の策だが、満天の星が見られるという役得もあった。
「綺麗だな……」
仰向けに寝転がり、星座を指でなぞる。牡羊、牡牛、双子——子供の頃、旅の星術師に教えてもらったことを思い出しながら。
その瞬間だった。
一つの星が、他の星よりも強く輝いた。やがてそれは線を引くように流れ——いや、落ちてきた。
「えっ」
音もなく、地に触れた光は人の形をとった。
「見つけた。ようやく見つけたわ、契約候補者」
長い黄金色の髪が月明かりに輝く。白い衣をまとった女性は、目を開けるとライナスをまっすぐに見下ろした。瞳は夜空と同じ深い蒼。二十三歳ほどに見えるその女性は、信じられないほど美しかった。
「あ、あの——」
「私はアリエス。白羊宮の守護女神よ。あなたに契約を申し出に来た」
ライナスの頭が真っ白になった。守護女神、というのは聞いたことがある。十二の星座それぞれに女神が宿り、稀に人間と加護の契約を結ぶ、という古い伝承だ。だが伝承はあくまで伝承で、実際に女神と会った人間は——
「呆けてる場合じゃないわ。あなたは選ばれた。十二星座の守護女神たちがあなたを契約者に選んだ。受け入れてくれるか否かは、あなたが決めること」
「十二、全員?」
「ええ。珍しいでしょう。でも私たちは判断した。あなたの冒険への純粋な憧れが、各星座の共鳴を引き起こしたの」
アリエスはそっとライナスの前に手を差し伸べた。
「受け入れるなら、握って。各女神の加護がじきに降りてくるわ。断るなら、今夜のことは夢として忘れて構わない」
ライナスは立ち上がり、その手を見つめた。
怖くないか、と問われれば嘘になる。だが——
「俺、冒険者になりたくてここまで来たんです。強くなりたい。たくさんのものを見て、感じたい。だから——」
迷わず、その手を握った。
温かさが全身を駆け抜けた。空から十二の光が降り注ぎ、ライナスの体に溶け込んでいく。頭上の星座が一瞬まばゆく輝き、また静かな夜空に戻った。
「契約、完了。おめでとう、ライナス・オルフェ。あなたはこれより、十二星座の守護女神の加護を受けし者よ」
アリエスが微笑んだ。その笑顔があまりにも美しくて、ライナスはまた呆けた。
「あと、もう一つ」
「は、はい?」
「私たちは人間界に降りてきた。しばらく、あなたのそばにいることになるの。場所が必要だわ」
「え」
「全員で十二人だけど、順番に来るから安心して。まず私が一番乗りね」
夜風が草原を渡る。星々が静かに瞬いている。
ライナス・オルフェ、二十歳の冒険者見習いのとんでもない冒険が、今夜から始まった。
【登場人物メモ】ライナス・オルフェ(20歳):商人の家出身の冒険者見習い。剣も魔法も平均的だが、星への憧れと人の縁を大切にする純粋な性格。身長175cm、茶色の髪、緑の目。
アリエス(23歳相当):白羊宮の守護女神。勇敢で直情的、行動力抜群。黄金の長髪と蒼い瞳。人間界では元気な年上お姉さん系。
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第2話 ラッキー? アンラッキー? 宿の朝に気をつけろ
翌日、ライナスはアリエスを連れて安宿に戻った。といっても問題は山積みだ。女神が一人、ドカドカと荷物も持たずについてきている。
「二人部屋はあるか?」
宿の主人——齢五十ほどの丸々とした男性——が、アリエスを見てぽかんと口を開けた。
「お、お連れさんですかい……お兄さん、やりますねぇ」
「事情があるんです!」
かくして二人は宿の二人部屋に落ち着いた。ベッドが二つ、窓一つ、小さな机。ライナスは壁際のベッドに腰を下ろし、深呼吸した。
「女神さまが泊まる場所じゃないですよね……」
「気にしないで。私は今、人間の姿で人間界にいる。不満はないわ」
アリエスはぐるりと部屋を見渡し、窓の外の王都を眺めた。その横顔が朝日に照らされて、ライナスは思わずドキっとした。
(綺麗だな、と思う。女神だから当然といえば当然なのだが)
問題が起きたのは、その夜だった。
疲れていたライナスは早々に寝入ってしまい、夜中にトイレで目が覚めた。ぼんやりとした頭でドアを開けたのだが——
「あっ」
廊下の先、共同の浴室からアリエスが出てきたところに鉢合わせた。彼女は濡れた黄金の髪を肩に垂らし、宿に備え付けの白い湯浴み布を体に巻きつけた状態だった。水滴がほっそりとした肩から滴り落ちる。
「あら、ライナス。目が覚めたの?」
ライナスの脳裏でなにかが爆発した。
「す、すみませんっ!!」
慌てて視線をそらした瞬間、床の木目が少し浮いていたことに気づかなかった。つんのめったライナスは前のめりに倒れ——そのままアリエスに体当たりする形になった。
ドサッ、という鈍い音とともに、廊下の壁際に二人が倒れ込む。ライナスの顔は、アリエスのうなじのあたりに埋まっていた。石鹸と湯の香りがした。
「……ライナス」
「す、すみません生きてますっ今すぐ離れますっ」
ライナスが飛び退いた。アリエスは乱れた湯浴み布を整えながら、頬をほんのり赤く染めて——
「……無事なら、いいわ」
と、なぜか照れたように視線を逸らした。
(女神って照れるんだ、と、ライナスはその夜ずっと眠れなかった)
翌朝のことだった。
ライナスはギルドへ向かう前に、宿の食堂で朝食をとっていた。アリエスは好奇心旺盛で、頼んでいないスープまでライナスの皿からつまみ食いしている。
「これ、美味しいわね。人間界の食べ物って意外とレベル高い」
「それ俺のです」
「加護を与えてる分ぐらい、奢ってくれてもいいでしょう」
「理屈はわかりますけど!」
食堂の別テーブルに座っていた若い女冒険者が、二人のやり取りを見てくすくすと笑った。二十一歳ほど、さらりとした栗色の髪の女性だ。
「仲いいですね、お二人」
「仲良くはないですよ! いや仲悪くもないですけど!」
ライナスの慌てっぷりに、女性は声を立てて笑った。アリエスはそれを見て、なぜか少し不機嫌そうな顔をした。
(これが、ライナスとクロエの最初の出会いだった)
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第3話 初仕事と、もう一人の女神
Fランク冒険者の初仕事は、ゴブリンの巣の偵察だった。三匹確認して報告するだけという、拍子抜けするほど地味な依頼だ。
「本当に地味ね」
「初心者はこれが普通なんです。文句言わないでください」
アリエスは白羊宮の加護として「突進加速」という能力をライナスに与えていた。短時間だが、前方向への瞬発力が格段に上がる。ゴブリン三匹程度ならば、この加護だけで対処できた。
だが問題が起きた。偵察に行った洞窟の奥に、ゴブリンが予想の三倍はいたのだ。
「ライナス、逃げて!」
「わかってます!」
走る。走る。洞窟の暗闇を駆け抜ける。アリエスがライナスの隣を並走しながら、その手を引いた。彼女は人間界では一般人と同等の身体能力しかないとのことで、加護を使うことも制限がある。だが——
「くっ、行き止まりだ!」
洞窟の袋小路。背後からゴブリンの気配が迫る。
その瞬間、ライナスの胸元が温かくなった。
「間に合ったようね」
涼やかな声とともに、第二の光が降りてきた。水色がかった銀髪、落ち着いた印象の女性。アリエスとほぼ同年代に見えるが、雰囲気はずっと穏やかだ。
「私はタウルス。牡牛宮の守護女神。加護は『大地の壁』——」
彼女が軽く手を振ると、洞窟の出口を塞いでいた岩が動き、ゴブリンたちの前に土壁が出現した。数秒の猶予。ライナスはアリエスとタウルスの手を引いて、別の通路へ駆け込んだ。
洞窟を脱出し、草原に飛び出した三人は、膝に手をついて息を整えた。
「タウルスさん……ありがとうございます。あなたも、俺の女神、なんですよね」
「ええ。よろしくね、契約者さん」
タウルスは微笑んだ。穏やかで知的な笑顔だった。アリエスがタウルスをちらりと見て、
「遅かったわよ、タウルス。あと十秒遅かったら私が何とかしてたわ」
「あなたに何ができたの? 今の姿じゃ走るのが精一杯でしょう」
「う……余計なお世話よ!」
ライナスは二人の口喧嘩を眺めながら、改めて思った。
(これが十二人続くのか。先が思いやられる)
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第4話 双子の問題児が来た
第三の女神が来たのは、王都の市場でのことだった。
突然、後ろから二つの方向に服を引っ張られた。振り返ると——二人の女性が立っていた。片方は赤みがかった金髪、もう片方は青みがかった黒髪。だが顔立ちはほぼそっくりで、年齢も同じ二十歳ほどに見える。
「見つけた、見つけた! 私はジェミナ、双子座の守護女神の一人!」
「私はジェミノ、もう一人の双子座!」
「私たちは二人で一つよ!」
「「よろしく、ライナス!」」
二人同時に叫ぶ。市場の人々がぽかんとこちらを見た。ライナスは頭を抱えた。
「双子座は二人いるんですか……」
「当然でしょう!」
ジェミナは活発で口が達者、ジェミノは少し内向的だが観察眼が鋭い。性格は正反対に見えて、根っこのところでは妙に似ている。加護の内容は「言語理解」と「空間把握」で、二人の能力を合わせることで発動する高度な複合技もある。
問題が起きたのは、その日の夕方だ。
宿の部屋数が足りなくなったので、ライナスが物置を整理して仮の部屋を作っていたとき。ジェミナが背後から飛びついてきた。
「ライナス、手伝う!」
「うわっ!」
驚いて振り返ったライナスはバランスを崩し、棚に手をついた。その棚に引っかかっていた布が一気にずるりと落ちてきて——ジェミノがちょうどその下にいたため、二人まとめて布に包まれた。
もぞもぞ動いて布から顔を出したジェミノが、眼前十センチにライナスの顔があることに気づき、
「…………」
みるみる耳まで赤くなった。
「ジェミノっ! あなた今ライナスの腕の中にいるじゃない!ずるい!」
ジェミナがわあわあと騒ぎ始め、ジェミノはそれどころじゃなく固まっていて、ライナスは何もわからないまま頭を下げた。
「すみません何がどうなったのか全然……!」
扉を開けてアリエスとタウルスが覗いてきた。
「……何、この惨状」
「また何かやらかしたの?」
(部屋がいくらあっても足りない予感がした)
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第5話 蟹座の女神は泣き虫だった
カンサー——蟹座の守護女神は、他の女神たちとは少し違った形でライナスの前に現れた。
その日、ライナスは依頼をこなした帰り道、王都外れの川沿いで泣いている女性を見かけた。二十二歳ほどの、桃色がかった茶髪の女性が、橋の欄干にもたれて声を殺して泣いている。
立ち去るのが正解かもしれない。だがライナスは足を止めた。
「あの、大丈夫ですか」
女性がびっくりしたように顔を上げる。潤んだ琥珀色の瞳。ライナスと目が合うと、もう一度涙がぽろりとこぼれた。
「あ……ごめんなさい、みっともないところを……」
「みっともなくないですよ。泣きたいときは泣いていい」
女性はぱちぱちと瞬きをして、それからまた泣き出した。声を上げて、子供みたいに。
ライナスはただ隣に立っていた。何も言わず、立ち去りもせず。
しばらくして泣き止んだ彼女は、照れくさそうに鼻をすすった。
「……ありがとう。なんか、楽になったわ」
「よかったです。えっと、あなたは……?」
「カンサー。巨蟹宮の守護女神よ。ライナス、あなたが契約者だって、さっきわかった」
ライナスは目を丸くした。
「じゃあさっきまで泣いてたのは……?」
「それは関係ない。私、感受性が豊かで……人間界に降りたら、街の人たちの悲しみや喜びが全部流れ込んできて、もう我慢できなくなっちゃって」
カンサーの加護は「感情共鳴」——周囲の感情を読み取り、仲間の士気を高め、敵の弱点を探る能力だ。だが彼女自身もその影響を受けるため、感情の波が激しかった。
「泣きたいときは、また隣に来てください」
ライナスが言うと、カンサーは一瞬だけ驚いた顔をして——それから、ほんの少し頬を赤くしながら頷いた。
その夜、ライナスは宿の屋上で星を見ていた。アリエスが隣に来て、黙って並んだ。
「カンサーのこと、優しくしてあげてくれて、ありがとう」
「え? あの、俺はただ——」
「あの子は私たちの中で一番、人の痛みを吸い込みやすい。だから心配してた」
アリエスがぼそりと言う。普段の強がりとは違う、素の声だった。
(女神たちにも、ちゃんと友情があるんだな、とライナスは思った。それが少し、嬉しかった)
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第6話 獅子座の女神は高飛車で可愛い
レオーナが現れたのは、ライナスが初めてEランクに昇格した日だった。
ギルドの前に、豪奢な栗色のウェーブがかった長髪、金色の目、堂々とした立ち姿の女性が腕を組んで立っていた。二十二歳ほど。声をかけると、
「遅い。私は三十分も待っていたわよ」
「え、待ってたんですか? 初めて会う気がするんですが」
「獅子宮の守護女神、レオーナよ。感謝しなさい、私自ら迎えに来てあげたんだから」
高飛車だった。ライナスは心の中で「高飛車だ」と三回唱えた。
だがレオーナの加護「炎獅子の咆哮」は強力で、敵の集団を威圧して動きを鈍らせる効果があった。昇格直後で少し難しくなった依頼を、レオーナのおかげでこなすことができた。
夕方、宿への帰り道でトラブルが起きた。市場の雑踏で、ライナスが人込みに揉まれてよろけたとき、隣を歩いていたレオーナの腕を無意識に掴んでしまった。
「ちょっ——何をするの!」
レオーナがぎょっとしたが、ライナスは転倒を免れた。しかし手を離そうとした瞬間、今度はレオーナが商人の荷車とぶつかってよろけ——ライナスの方に倒れ込んできた。
ライナスが支えると、レオーナの顔がライナスの胸元に埋まった。
一秒の沈黙。
「…………」
レオーナがゆっくり顔を上げた。耳まで真っ赤だ。
「…………これは事故よ」
「わかってます」
「絶対に誰にも言わないこと」
「言いませんよ」
「二度と思い出さないこと」
「それは無理では?」
「黙りなさい!!」
レオーナはカアッと顔を赤くして、早足で歩き去った。ライナスは苦笑いをしながら後を追った。
(耳まで赤かったな、と思った。女神でも、ああいう顔をするんだ)
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第7話 乙女座の女神は完璧主義の天然さん
ヴィルゴは完璧だった。
亜麻色の長い直毛、澄んだグレーの瞳、清楚な佇まい。処女宮の守護女神は、二十一歳ほどに見えて、すべての所作が洗練されていた。剣の手入れも、食事の作法も、依頼書の整理も、もれなく完璧だ。
「ライナス、あなたの剣の手入れが不足しています。見せてください」
「あ、すみません……」
「ここの錆は早めに対処しないと刃渡りに影響します。油はこの量で、方向はこちら……」
ヴィルゴの加護は「精密解析」——物体や状況の最適解を瞬時に導き出す能力だ。戦闘ではなく、補助と頭脳に特化した女神だった。
問題は、彼女が「完璧主義すぎて天然」という性質を持っていたことだ。
ある日、宿の部屋に戻ったライナスが扉を開けると——ヴィルゴが部屋の荷物を全部並べ替えた上、備え付けの棚を解体して「効率的な配置」に再構成しているところだった。
「ヴィルゴさん!? 何してるんですか!?」
「整理整頓です。以前の配置では取り出し効率が38%低下していました」
「俺の部屋ですよ!?」
「あなたの部屋だから整理しているのです。問題ありますか?」
あった。問題は山ほどあった。しかも棚は半分解体されていて、今夜中に直さないと寝る場所がない。
二人で棚を直していると、ヴィルゴが少し身を乗り出して棚の高い部分に手を伸ばした。ライナスが後ろから支えようとしたとき、ヴィルゴがバランスを崩してライナスの方に倒れてきた。
ライナスはとっさに両腕で受け止めた。ヴィルゴの後頭部がライナスの頬のあたりに触れる。彼女の亜麻色の髪が、ふわりとライナスの鼻先をかすめた。
「……失礼しました」
ヴィルゴは静かに立ち上がりながら言った。その頬が、ほんの少しだけ赤かった。
「あなたの反射神経は思ったより優れています。加護の影響もあるでしょうが、素の能力も高い」
「えっと、ありがとうございます」
「……ありがとう、ライナス」
今度はほんの小声で、ヴィルゴが言った。ライナスは何に礼を言われたかわからないまま、「いえ」と答えた。
(完璧な人が照れると、余計に可愛いと思うのは失礼だろうか。多分失礼だ。でも思ってしまった)
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第8話 天秤座の女神は恋愛体質
ライブラは迷っていた。
天秤宮の守護女神は、物事を「比較して最善を選ぶ」のが本質だ。だから人間界での言動のひとつひとつが、比較と熟考の連続になる。
「今日の朝食はパンかご飯か……」
「どちらでもいいので早く決めてください。宿の食堂が混みます」
「でも! パンは軽食向きで昼以降に備える観点からは優れているけど、ご飯は腹持ちが良くて今日の依頼を考えると……」
ライブラは二十歳、女神の中では最年少に見える。さらりとした水色の髪と、大きな碧眼が愛らしい。性格は優柔不断に見えるが、実は一度決断したことは徹底的にやり遂げる強さがある。
加護は「天秤の均衡」——二択で迷った場面に一瞬最適解が見える、という補助技能だ。
その日、王都外れの橋で依頼の魔物退治をこなした帰り、ライブラが橋の手すりから身を乗り出して川を眺めた。
「綺麗……。ねえライナス、どっちの岸から見る方が夕日が綺麗に見えると思う?」
「こっちじゃないですか」
ライナスが手すりから少し身を乗り出したとき、後ろから走ってきた子供がぶつかった。ライナスはよろけ、手すりをつかむ手が滑った——とっさにライブラの腕を掴む。
橋の外に半分出かかっていたライブラごと、ライナスは抱えるようにして引き戻した。
二人は橋の上に座り込む形になった。ライブラがライナスの胸に顔を埋めている。
「……ライナス」
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫。でも……もう少し、このままでいい?」
ライブラが顔を上げた。夕日に染まった碧眼が、ライナスを真っすぐに見ている。頬が赤い。
「私ね、決めたの。私はライナスのことが——」
そのとき、アリエスとレオーナが追いついてきた。
「二人で何してるの!?」
「なんか雰囲気が気に入らないわ!!」
ライブラは言いかけた言葉を飲み込んで、すっと立ち上がった。その耳は、まだほんのり赤かった。
(決めた、の続きを、ライナスはずっと気になったままだった)
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第9話 蠍座の女神と、秘密の話
スコルピアはミステリアスだった。
深い紫がかった黒髪、闇色の瞳。二十三歳相当の女神たちの中でも、ひときわ落ち着いた雰囲気を持つ蠍宮の守護女神は、自分から喋ることがほとんどなかった。
ライナスに加護「影縛り」——対象の影を一時的に操る技能——を与えてから、彼女はいつもライナスの少し後ろを歩くようになった。
気になったライナスがある夜、話しかけた。
「スコルピアさん、何か嫌なことがあれば言ってください。俺、あなたのことよくわかってないと思って」
スコルピアはしばらく黙って、窓の外を見ていた。
「……私の加護は、他の女神より重い。影を操るということは、闇に触れるということ。だから人間界では、私の周りに悪意ある者が引き寄せられやすい」
「それで、距離を置いてたんですか」
「あなたに害をなしたくなかった」
ライナスはゆっくり首を振った。
「スコルピアさん、俺は冒険者です。危険なのは仕事のうちです。それよりあなたが一人でいる方が嫌です」
スコルピアが、初めてライナスを真っすぐに見た。
「……馬鹿ね」
「よく言われます」
「でも……ありがとう」
それだけ言って、スコルピアは視線を窓に戻した。だが口元には、かすかな笑みがあった。
翌日の依頼で、スコルピアの力が本領を発揮した。盗賊団の隠れ家に潜入する依頼で、影縛りによって先頭の盗賊を無力化、仲間の到着を待つことができた。
帰り道、スコルピアがぽつりと言った。
「私の力、役に立った?」
「めちゃくちゃ役に立ちました。あなたがいなかったら詰んでました」
スコルピアは小さく、でも確かに笑った。
(その笑顔は、夜空より綺麗だと思った)
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第10話 射手座の女神は嵐を呼ぶ
サジタリアは「嵐を連れてくる」女神だった——比喩でなく、文字通り。
射手宮の守護女神が現れた瞬間、空が曇った。風が起き、落ち葉が舞い上がった。馬車が一台ひっくり返り、屋台の布が全部飛んだ。
「よっ! ライナス! 元気してた!?」
降り立ったサジタリアは二十歳、快活でエネルギッシュで、目が宝石みたいにきらきらしている。焦げ茶色のショートカット、日焼けした健康的な肌。加護は「疾風の矢」——弓のない矢を風とともに射る攻撃技能だ。
「誰ですか、あの嵐は」
「私よ私。降臨のとき気持ちが高ぶっちゃって! ごめんごめん!」
全然反省していなかった。
サジタリアが来てから依頼の攻撃力は格段に上がったが、問題は彼女が「やりすぎる」ことだ。盗賊三人を倒す予定が、疾風の矢で盗賊の隠れ家ごと吹き飛ばしそうになったり。
その日、川沿いを歩いているとき、サジタリアが「見て! 魚!」と身を乗り出した瞬間、足がすべって川に落ちた。ライナスがとっさに腕を伸ばし——二人まとめて川に落ちた。
浅瀬だったので溺れる心配はないが、二人とも全身びしょ濡れだ。
岸まで這い上がったライナスが振り返ると、サジタリアが濡れた服を絞りながらへらへら笑っていた。その服がかなり透けていて——
「あ! ライナス赤い顔してる! 私のこと意識してる?」
「してません!!」
「えー、してるよぜったい~!」
サジタリアはそのまましれっとライナスの隣を歩き続けた。ライナスは視線をどこに向けていいかわからず、ずっと前だけ見て歩いた。
(嵐を連れてくる、というのはこういうことか、と思い知った)
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第11話 山羊座の女神は苦労人
カプリコルナが来たとき、ライナスはホッとした。
なぜなら彼女が最初に言ったのが、「状況を整理しましょう」だったからだ。
山羊宮の守護女神は二十二歳、まとめ役タイプのしっかり者だ。黒みがかった緑の髪を三つ編みに束ねた、落ち着いた雰囲気の女性。現状の混沌をひと目で把握し、すぐに改善策を提示してくれた。
「まず部屋が足りません。宿を変えましょう。次に依頼の選び方が非効率です。移動距離と報酬のバランスを見直します。それから——」
「すごい。こんな人が欲しかった」
「当然でしょう。私の加護は『登攀の意志』——困難な状況ほど能力が上昇します。苦労は慣れてますから」
カプリコルナは有言実行で、一日で宿の手配をし、依頼リストを整理し、食費の計算まで済ませた。
夕方、ライナスが礼を言うと、彼女はため息をついた。
「疲れました」
「ありがとうございます……お疲れ様です」
「みんなが自分でできるようになったらいいんですけど、そんな日は来そうにないですね」
声のトーンは苦労人だが、顔は穏やかだった。苦労を引き受けることが、彼女の本質なのだと思った。
その夜、カプリコルナが帳簿をつけているとき、ライナスがコーヒーを持ってきた。彼女は少しだけ驚いた顔をして——
「……ありがとう」
「いつも大変なことしてもらってるから」
「そういうこと言われると、また頑張りたくなるじゃないですか……」
カプリコルナは照れたようにカップを受け取り、少しだけ笑った。
(苦労人の笑顔は、特別だ。ライナスはそう思った)
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第12話 12人目の女神と、最初の大きな冒険
十二人目の女神が来たのは、Dランク昇格試験の前夜だった。
試験内容は「魔物の巣の制圧」——一人で挑むには過酷な内容だが、ライナスには十一人の女神の加護がある。それでも気を引き締めていた夜に、最後の光が降りてきた。
双魚宮の守護女神、ピスケス。二十一歳相当、淡い水色がかった銀髪、優しい目。加護は「水の癒し」——仲間の傷を癒す回復系の力だ。
「遅くなってごめんなさい。あなたのこと、ずっと見ていたわ。明日の試験に間に合ってよかった」
「ピスケスさん、俺……正直、怖いです。初めての本格的な試験で」
ピスケスはライナスの隣に座り、静かに微笑んだ。
「怖いのは当然よ。でもあなたは一人じゃない。私たちが全員ついてる」
翌日の試験で、ライナスはDランクに昇格した。
アリエスの加速で先制、タウルスの壁で防御、ジェミナ・ジェミノの連携で索敵、カンサーの感情共鳴で敵の動きを読み、レオーナの咆哮で怯ませ、ヴィルゴの精密解析で最短ルートを発見、ライブラの均衡で二択の判断を瞬時に、スコルピアの影縛りで翻弄、サジタリアの疾風の矢で大型魔物を仕留め、カプリコルナの登攀の意志で最後の力を引き出し、ピスケスの癒しで終始補助——
十二の加護が、一人の冒険者の中で輝いた。
ギルドの外に出たライナスを、十二人の女神たちが待っていた。
「おかえり」「よかった」「ちゃんとできたじゃない」「心配したわ」「また無茶したでしょ」「次はもっと上手くいくわよ」「お疲れ様でした」「すごかったよ!」「なかなかね」「戦略は改善の余地があります」「大丈夫だったの?」「……よかった」
十二の声が重なる。ライナスは笑った。目の奥が少しだけ熱かった。
「ありがとう。みんな」
夕暮れの空に、最初の星が瞬いた。
(これが始まりに過ぎない。冒険の道はまだまだ長く、出会いも、別れも、たくさんあるだろう。でも今この瞬間、ライナスは確かに思った——星に憧れた日の自分に、胸を張れる気がする、と)
第13話 水瓶座の女神は宇宙人みたいな感覚
Dランク冒険者になったライナスの日常に、また変化が訪れた。
宝瓶宮の守護女神アクエリアスは、現れ方からして他の女神と違った。ある朝、目が覚めたら部屋の天井に張り付いて下を見下ろしていた。
「お、起きた」
「え……なんで天井に……!?」
「重力って面白いわよね。下から見るとすべてが逆さまで、認識が変わる」
二十一歳相当、白みがかった水色の髪を無造作に束ねたアクエリアスは、概念的な物の見方をする独特な女神だ。加護「知性の奔流」は、既存の枠組みを外れた発想でトラブルを解決する能力で、他の女神には思いつかない奇策を生む。
問題は、奇策すぎて理解が追いつかないことだ。
「ライナス、今日の依頼のゴブリンの巣、迂回するより真上から落下接敵すると効率が1.4倍になるわ」
「落下接敵って、飛び込むってことですか?」
「そう。あなたの加速加護と組み合わせれば——」
「普通にやります!」
その日の依頼帰り、川沿いを歩いているとき、アクエリアスが「人間の水への引力を実験したい」と言って川に入り始めた。ライナスが慌てて岸で手を伸ばすと、アクエリアスが水中でつかまり——引っ張り上げようとしたライナスの力が強すぎて、アクエリアスがそのままライナスの腕に飛び込んできた。
ドーン、とライナスが仰向けに倒れ、アクエリアスが上に乗っかる形になった。びしょ濡れの二人が草原の上で。
「……これが抱擁というやつね。人間界の感覚、悪くない」
「降りてください!!」
「重力に逆らうのは無駄よ」
「重力の話じゃないです!!」
(この女神には常識が通じない。ライナスは空を見上げながら諦めた)
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第14話 冒険者ギルドのライバル登場
王都のギルドに、新たな顔が現れた。
ガレット・ハイアーという名の男性冒険者で、二十二歳、Bランク。銀色の短髪に鋭い目、実力者のオーラが全身から漂う。彼は一目でライナスを値踏みし、
「星座の加護を持つ冒険者か。珍しいな。だがそれに頼るだけなら大したことはない」
「頼ってるつもりはないんですが……」
「証明してみろよ。いつか」
そう言って去っていった。
アリエスが腕を組んで鼻を鳴らした。
「感じ悪い人ね」
「でもあの実力は本物だと思います」
その日の夜、食堂で二人が鉢合わせた。ガレットは一人でぼそぼそと飯を食っていた。ライナスはなんとなく声をかけた。
「よかったら一緒にどうですか」
ガレットはしばらく黙って、ため息をついた。
「……お前、馬鹿か」
「よく言われます」
「……勝手にしろ」
断ったわけではなかった。ガレットは器を持って移動してきた。しかし隣ではなく、テーブルを挟んだ向かい側に座った。
女神たちがぞろぞろと着席すると、ガレットは渋い顔になった。
「お前、なんで女ばっかり引き連れてんだ」
「事情があって……」
「うらやましいとは全然思わないが、むかつく」
「正直ですね」
その夜から、ガレットはなんだかんだとギルドでライナスに絡んでくるようになった。ライバルというより、不器用な知人という感じだった。
(ガレットは素直じゃないだけで、悪い人じゃないな、とライナスは思った。女神たちは全員「感じ悪い」という評価で一致していたが)
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第15話 温泉依頼と全員集合の災難
山岳地帯の温泉宿付近に出没する魔物の調査依頼。王都から馬車で一日、全員での初の遠征になった。
宿に着いた翌日、魔物の調査を終えて全員無事に戻った。温泉が使えるということで、女神たちは入浴の順番をめぐって言い争いを始めた。
「私が先よ、最初に来たんだから!」(アリエス)
「順番は効率的に決めましょう」(カプリコルナ)
「私たち二人で一組として数えてほしい!」(ジェミナ)
ライナスは男性用の浴場に入って、問題が起きるとしたら向こうだろうと思っていた。
が、問題はこちら側で起きた。
男性用と女性用を仕切る板塀の一部が古くなっていたのだ。ライナスが壁に手をついた瞬間、板が軋む音がして——
板が倒れた。
広い混浴スペースに変わった浴場に、十二人の女神たちが全員いた。
一瞬の、絶対的な静寂。
「…………」(全員)
「えっ」(ライナス)
次の瞬間、温泉から十二通りの叫び声と、一種類の謝罪の声が重なった。
「すみませんっっっっ!!!!」
ライナスは板を拾い上げ、顔を真っ赤にしたまま壁の修復に取り組んだ。外から女神たちの声が聞こえてくる。
「見た?」「見てないわよ!」「あなたは?」「見てない!」「……少し見た」「カンサー!!」
修復に十分かかった。その間ライナスは顔が熱くて死にそうだった。
「ライナス! 壁が直ったら声かけなさい!」(アリエス)
「直りました! 本当にすみませんでした!!」
「……ライナス」(スコルピア、静かに)
「はい!」
「……わざとじゃないのはわかってる。だから、謝り過ぎなくていい」
スコルピアの一言で、場の空気が少し和んだ。
(いろんな意味で忘れられない遠征になった)
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第16話 アリエスの秘密
夜、ライナスは宿の屋上でアリエスが一人でいるのを見つけた。
いつもの元気な雰囲気がなく、膝を抱えて星空を見上げていた。
「アリエスさん?」
「……来なくていいわよ」
「来ます」
ライナスは隣に腰を下ろした。アリエスはしばらく黙って、それから口を開いた。
「私たちがここにいられる時間には、限りがあるの」
ライナスは少し息を止めた。
「どのくらい?」
「星座の巡りに従う。一巡、つまり一年と少し。その後は天界に戻らなければならない」
「……そうか」
「あなたへの加護は続けられる。でも、このふうに話したり、隣にいたりは、できなくなる」
ライナスはしばらく空を見ていた。
「それを、なんで今日教えてくれたんですか」
「……今日でちょうど三ヶ月が経ったから。残り時間を、あなたに知っておいてほしかった」
アリエスが星を見る目は、いつもより少し寂しそうだった。
「アリエスさん」
「なに」
「残りの時間、よろしくお願いします。全部、一緒にいてください」
アリエスがぱっとライナスを見た。その大きな蒼い目が、星明かりに濡れている。
「……当然でしょう。最初の女神は私なんだから」
少し強がりで、少し照れていて、少し——泣きそうな声だった。
二人は並んで、しばらく星を見ていた。
(その夜は何もなかった。だが、何かが確かに変わった夜だった)
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第17話 Cランク試験と、ヒロインのピンチ
Cランク昇格試験は、Dランクまでとは質が違った。
試験内容は「Bランク相当の魔物、鋼鉄竜の幼体を討伐せよ」。ライナスは万全の準備で臨んだが——戦闘の最中、スコルピアが予期せず動いた。
影縛りで竜の動きを止めようとしたスコルピアに、竜が反転して尾を振るった。ライナスが叫んだ。
「スコルピア!!」
間に合わなかった——かに思えた。
ライナスはアリエスの加速を全開にして飛び込み、スコルピアを抱えて転がった。竜の尾が地面を砕く。岩片が飛んで、ライナスの頬を傷つけた。
スコルピアをかばった姿勢のまま、ライナスが顔を上げた。
「怪我は?」
スコルピアが呆然としていた。そのまま、少し震えた声で言った。
「……なんで、来たの」
「当然でしょう。あなたが危なかったから」
「でも、危険だった——」
「危険なのは仕事のうちだって、前に言いましたよ」
スコルピアの目に、小さく光るものが浮かんだ。すぐに視線を逸らしたので、ライナスは見なかったふりをした。
その後、全加護を総動員して竜の幼体を討伐。ライナスは晴れてCランクに昇格した。
帰り道、スコルピアがライナスの隣を歩きながら——いつもより少しだけ近い距離で——ぽつりと言った。
「……守られたのは、初めてだった」
(そのたった一言が、ライナスの心に深く刺さった)
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第18話 お祭りの夜、それぞれの気持ち
王都の夏祭りは盛大だった。屋台が並び、提灯が灯り、広場では音楽が流れる。
女神たちは全員、浴衣風の祭り衣装に着替えて出かけた。十二人それぞれの色と柄——青、赤、金、緑、紫、白……夜の祭りに、星座の色が咲いた。
人込みの中でライナスはあっという間に引っ張りだこになり、あちこちからを「こっち来て」「屋台見て」と袖を引かれた。
最終的にライナスは迷子になった。
人込みを抜けた路地に立ち尽くしていると、誰かがそっと隣に来た。
ライブラだった。
「みんなとはぐれた?」
「はぐれたというか、ちょっと逃げてきました」
ライブラが小さく笑った。頭上の提灯の光が彼女の碧眼を照らしている。
「ねえ、ライナス。さっきの橋での話、覚えてる? 言いかけたこと」
「覚えてます」
「私ね、今日言おうって決めてたの。天秤で量って、ちゃんと決断した」
ライブラが真正面からライナスを見た。
「私、あなたのことが好き。女神としてじゃなくて、一人の女として」
風が吹いた。提灯が揺れた。
「……ライブラさん」
「私には残り時間があるってわかってる。でも、言わないでいる方が嫌だった」
そのとき、路地の入り口から声がした。
「ライナスー!! いた!!」(サジタリア)
「見つけた」(カプリコルナ)
どたどたと足音が近づいてくる。ライナスとライブラは顔を見合わせた。
「答えは、ちゃんと後で聞かせて」
「……はい。必ず」
(お祭りの夜、ライナスの胸の中に何かが灯った。それは星のように、小さく、でも確かに輝いていた)
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第19話 カンサーの涙と、ライナスの言葉
カンサーが動けなくなった。
感情共鳴の力が、街を通り過ぎた悲しい出来事——幼い子供を亡くした家族の嘆き——を強く受け取りすぎて、彼女は一日中ベッドから起き上がれなかった。
ライナスは依頼を断って、一日中カンサーの部屋にいた。
夕方になって、カンサーがようやく話し出した。
「ごめんなさい。私が一緒にいると、あなたの足を引っ張ってしまう」
「そんなこと思ってたんですか」
「私の加護は……人の痛みを吸い込みすぎる。使いこなせない。戦いでも後方にいるしかない。役に立たない——」
「カンサーさん」
ライナスが静かに遮った。
「あなたの力がなければ、あの盗賊の依頼で俺は詰めの判断を誤ってた。あなたが『あの男は恐怖から動いている』って教えてくれたから、俺は剣を使わずに済んだ。覚えてますか?」
カンサーが俯いた。
「でも、こうして倒れてしまう——」
「倒れたって、翌日また立てばいい。俺だって何度も転んでます」
ライナスがカンサーの隣に座った。
「それに、あなたが街の人たちの痛みを感じて涙を流してくれることで、俺も——なんか、ちゃんとしなきゃって思える。あなたが俺の感覚を、鈍らせないでくれてる」
カンサーは長い時間、黙っていた。
それから、小さく泣きながら笑った。
「……あなたは、ずるいわ。そんなこと言われたら、立ち上がるしかないじゃない」
(カンサーの泣き笑いは、ライナスにとってずっと忘れられないものになった)
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第20話 レオーナの素顔と、ラッキーな朝
朝、ライナスが食堂に降りると、レオーナが一人でいた。
珍しい。いつもは誰かと一緒か、あるいはドスドスと豪快に降りてくるのだが、今日はなぜか静かに席に座って、窓の外を見ていた。
寝起きなのか、髪が少し乱れていて、いつもの作り込んだ雰囲気がない。それが逆に、普段よりずっと柔らかい印象で——
「何見てるの」
目が合った。レオーナが眠そうに目を細める。
「いえ、おはようございます」
「……おはよう」
ライナスが向かいに座ると、レオーナがぽつりと言った。
「あなた、今日の依頼、一人で大丈夫?」
「みんな来ますよ」
「私が行く、って意味よ。他は関係ない」
ライナスは少し驚いた。レオーナが自分から申し出てくることは珍しかった。
依頼の後、二人で宿に戻る途中に雨が降ってきた。
走って軒下に入った瞬間、レオーナが滑って——ライナスの胸に飛び込んでくる形になった。今度こそ完全に密着した。
レオーナは固まった。ライナスも固まった。
「……」
「……」
レオーナがゆっくり顔を上げる。普段の気高い表情ではなく、困ったような、恥ずかしそうな、でも——少し嬉しそうな顔をしていた。
「……何も、言わないこと」
「言いません」
「絶対に」
「絶対に言いません」
レオーナはそのまま少しの間、ライナスから離れなかった。雨が軒を叩く音だけが続いた。
(こっちが何も言わないとわかっているから、彼女はここにいる。そのことが、少し温かかった)
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第21話 強敵と、十二の光
王都東部の古城跡に、Aランク相当の魔物が現れた。
ゴーレム王——古代の魔法で生み出された巨大な石の戦士で、通常の攻撃を受け付けない。軍が対処に失敗し、Aランク以上の冒険者が軒並み他の地方に出ており、対処できる者がいない。
ライナスに依頼が回ってきた。Cランクには本来荷が重いが、「星座の加護持ち」という一点が判断材料になった。
ライナスは断らなかった。
古城跡で対峙したゴーレム王は、大人の三倍の高さを持つ石の巨人だった。一撃一撃が地を揺らす。
アリエスの加速でかわし、タウルスの壁で衝撃を受け止め、ジェミナとジェミノの索敵で弱点を探る——ヴィルゴの精密解析が答えを出した。
「核石は喉元の発光部分。そこに集中してください」
「届くか?」
「届かせるわよ!」(アリエス)
十二の加護が同時に輝いた。
アリエスの加速×カプリコルナの強化で最大跳躍、サジタリアの疾風を乗せた一撃、スコルピアの影縛りで一瞬固定、ライブラの均衡で最適タイミング——
ライナスの剣が、核石を貫いた。
ゴーレム王が、音を立てて崩れ落ちた。
地面に降り立ったライナスに、十二の声が飛んでくる。
「やった!!」「大丈夫!?」「怪我は!?」「ちゃんと核石が割れてる」「すごかったわよ!」「……よかった」「完璧な一撃でした」「決まった瞬間、すごくかっこよかったよ!」「まあまあね」「効率は良かったわ」「痛いとこない? ピスケスが——」「……おかえり、ライナス」
ライナスは息を整えながら、笑った。
(俺は一人じゃない。それを、戦うたびに感じる。これが星の加護というものか、それとも——)
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第22話 ライナスの故郷と、ヴィルゴの横顔
依頼の途中で、故郷の村ロテルに近い地方を通ることになった。
ライナスは寄り道を決め、女神たちを連れて実家に顔を出した。
商人の父と母は、息子が冒険者になって元気でいること、そして——十二人の美女を連れていることに、仰天した。
「ライナス、お前……一体何が……」
「いろいろあって! 全員ただの知人です!」
「どこがただの知人なの、この人たちの目が全然そんな目じゃないわよ」(母)
その日の夜、ライナスの子供部屋に宿を借りた女神たちが思い思いに過ごしていた。ヴィルゴは部屋の本棚を眺めていた。子供の頃のライナスが読んだ冒険譚の本が並んでいる。
「……ここから始まったのね」
ライナスが入ってくると、ヴィルゴが本を手に取っていた。
「この本、好きだったんですか?」
「あなたが好きだったものに、興味があった」
ヴィルゴにしては珍しい言い方だった。いつもの分析的な口調ではなく、素直な言葉で。
「ヴィルゴさんは、どんな子供時代だったんですか」
「……女神に子供時代はないけれど。でも」
ヴィルゴは窓の外を見た。ロテルの村の夜は静かで、満天の星が近かった。
「ずっと、あなたみたいな人を待っていた気がする。星を見て、憧れて、怖くても歩ける人を」
「俺のことですか?」
「……そうよ。変なこと言ったわね、忘れて」
頬がほんの少し赤かった。
(ヴィルゴがそういうことを言ったのは、初めてだった。ライナスはその夜、なかなか眠れなかった)
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第23話 別れの予感と、各自の決意
秋が来た。
アリエスが言っていた「一年と少し」の残り時間が、じわじわと意識されるようになった。ライナスは何も言わなかった。女神たちも、普段通りに振る舞っていた。
でも——何かが変わっていた。
ジェミナがいつもより積極的にライナスにくっついて来るようになり、ジェミノは以前より言葉数が増えた。カンサーはライナスが帰ると必ず「おかえり」と言うようになった。タウルスは夕飯をよく作ってくれるようになった。
それぞれの、小さな変化。
ある夜、ライナスは屋上で一人でいた。アリエスが来た。それからタウルス、スコルピア、ヴィルゴ、カンサー——気づけば全員が集まっていた。
誰が言い出したわけでもなく、全員で空を見上げた。十二の星座が、くっきりと夜空に描かれている。
「俺、みんなのことが大事です」
ライナスが言った。静かに、でもはっきりと。
「女神だから、とか加護をくれるから、とかじゃなくて。一緒に笑って、怖くて、泣きそうになって、ちゃんと前に進んできた——仲間として、大事です」
誰も答えなかった。でも、誰かの手がライナスの手に触れた。それから、また誰かが。
十二人の手が、一人の手に重なった。
「……私もよ」(アリエス、声が少し震えていた)
「私も」「私も」「私もだよ!」「……私も」「当然です」「もちろん」「私も」「はい」「わかってたわ」「…………私も」
(冬が来るのが、少し怖かった。でも今夜は、怖くなかった)
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第24話 星よ、また照らせ——一期の終わりと、新たな旅へ
Bランク昇格試験の報せが届いたのは、初雪の日だった。
試験内容は「古代遺跡の踏破と、最奥の守護魔物の討伐」。一週間の行程で、単独挑戦が原則だ——加護による補助は許可されていた。
出発の朝、十二人が宿の前に並んだ。
「行ってらっしゃい、ライナス」(ピスケス、微笑んで)
「無茶しないこと」(タウルス)
「無茶なら任せて!」(サジタリア)
「それは言わなくていいのよ」(レオーナ)
「最短ルートは——」(ヴィルゴ)
「わかってます」(ライナス)
「……帰ってきなさい」(アリエス)
ライナスはアリエスの目を見て、頷いた。
「帰ります」
遺跡は深く、暗く、何度も道が折れていた。加護のひとつひとつが光を灯して、ライナスを導いた。
最奥で待っていた守護魔物は、巨大な霊体の龍だった。物理攻撃が効かない。魔法もはじかれる。
ライナスは剣を下ろした。
そして——十二の加護を束ねた。
アリエスの加速、タウルスの大地、ジェミナとジェミノの連携、カンサーの共鳴、レオーナの炎、ヴィルゴの精密、ライブラの均衡、スコルピアの影、サジタリアの疾風、カプリコルナの意志、アクエリアスの知性、ピスケスの癒し——
十二の加護が一点に集まり、ライナスの体の中で星のように輝いた。
放たれた光の一撃が、霊体の龍を貫いた。
遺跡を出たライナスは、雪の降り積もった野原に立った。
夜空を見上げると——十二の星座が、今まで見たことがないほど鮮明に輝いていた。
光が降りてきた。十二人全員が、同時に目の前に降り立った。
「よくやったわ」(アリエス、目が赤かった)
「おかえり」(全員)
ライナスは笑った。疲れていた。寒かった。それでも笑った。
「ただいま」
雪が舞う中、十二人の女神と一人の冒険者が、野原に立っていた。
Bランク昇格が認められたのは、三日後だ。
ギルドの掲示板にライナスの名前が載った日、女神たちは宿の食堂を貸し切って祝賀会を開いた。カプリコルナが手配し、タウルスが料理を作り、サジタリアが騒ぎ、ジェミナとジェミノが二人でひっくり返り、カンサーがもらい泣きし、ヴィルゴが「感情的になるのは……仕方ありませんね」と静かに笑い、レオーナが「ちょっと認めてあげる」と言い、ライブラが「次はもっと上よ」と言い、スコルピアが「……おめでとう」と一言だけ言い、アクエリアスが天井から逆さまにぶら下がって「お祝いの角度を試していた」と言い、ピスケスがライナスの手をそっと握って「よかった」と言った。
アリエスが最後に、グラスを掲げた。
「ライナス・オルフェ。Bランク冒険者に、おめでとう。残りの時間、全部使い切るわよ」
「全力で」
グラスが鳴った。星が輝いた。
(始まりの夜から、もうすぐ一年。俺はまだ冒険の途中で、まだ弱くて、まだ知らないことだらけだ。でも——十二の星が、いつも俺を照らしてくれている。それだけで、どこまでも行ける気がした)
次期予告:ライナスのBランク活動が本格化し、より広い世界へ。十二の女神との残り時間、そして「別れと再会」をめぐる第2期へ続く——




