07:鋏とヘアオイル
旦那様にエスコートされて一階のバスルームへ。
鏡の前に立たされる。
旦那様は背が高く、私の後ろに立っても、頭二つ分ほど差がある。なので、にこにことしているそのお顔がはっきりと見える。
先ほど二階から持ってきた革袋を鏡の前に置いた。
それから旦那様は白いシーツを取り出すと、いつか町でみた床屋さんのように、バサリと広げて私の首周りにかける。
中に入り込んだ毛先をするりとシーツの外に出す。一瞬指先が首筋に触れてぴくりと反応してしまう。
旦那様は気が付かない振りをしてくださったようで、こちらを見ずにそのままシュルリとリボンを外した。
私にリボンを渡すと、ヘアブラシで私の髪を梳いていく。
いつも力任せにしてしまいがちな私と違い、旦那様は優しく少しずつブラッシングする。
引っぱらないように押さえる手はまるで頭を撫でられているようで、つい力んでいた肩から力が抜けていく。
全体を梳かし終わってブラシを置くと、革袋の紐をとく。
目の前に金属製の鋏と剃刀、櫛が置かれた。
背後から手を伸ばした旦那様は鋏と櫛を手に取ると鏡越しにこちらを見る。
「傷んでいる所だけ切るね。そこまで短くはしないから安心して」
私が頷くのを確認して旦那様は右手の鋏を髪に通した。
シャキッ⋯⋯シャキン⋯⋯
静まり返った室内に鋏の音だけが響く。
外からは夜警だろうか、蹄の音が遠く聞こえた。
シャキン⋯⋯シャキン⋯⋯
鏡の中の旦那様は先ほどまでの笑顔はなく、真剣な目で鋏を動かしている。
こうしていると本当に造り物のようだ。
パラパラと落ちる髪の音を聞きながら、私は旦那様を見つめていた。
しばらくそうしていると、鏡越しに旦那様と目が合った。
旦那様はふっと笑って顔を傾げる。
黙っている時より、笑顔の方が旦那様という感じがする。
「このくらい、どう?少し短くなったけど」
頭を撫でるように髪を整えて、毛先の長さを見せてくれる。
触れてみると傷んでいる所は切り落とされて手櫛も引っかからない。
「ええ、綺麗にしてくださってありがとうございます」
旦那様は切った髪が散らばらないようにシーツを外し、棚からヘアオイルの瓶を取り出す。
少量手に取ったそれを私の毛先につける。
最後に芸術家のように少し離れて出来を確認すると、満足したように頷いた。
鎖骨の辺りまで短くなった髪からは旦那様と同じ柑橘の香りがほんのりと匂った。
振り向いてもう一度旦那様にお礼を言おうとすると、後ろから優しく肩を掴んで押さえられる。
屈むようにした旦那様が私の顔に頬をよせ、鏡越しに目が合う。
「うん、綺麗になったね」
その囁くような低い声が鼓膜を震わせ、耳にあたる息に心臓が跳ね上がる。
鏡に写る私の顔は、真っ赤に染まっていた。
旦那様は私の言葉をそのまま返しただけ。
勘違いしてはいけない。
何か答えなくては、と口を動かすが声にならない。
穏やかな微笑みを浮かべつつ、射るような目でこちらを見つめる旦那様に、返事もできずに固まっていると、ふっと身体が解放される。
「遅くなっちゃったね、もう寝ようか」
首を傾げて笑顔でそう言うと、鋏を片付ける。
「⋯⋯かしこまりました」
そう返事して、バスルームを出る旦那様のあとを追う。
バスルームの明かりを消しながら、自分が見つめられている間、息を止めていた事に、その時になって初めて気が付いた。
それからはまたいつも通りの日が続いた。
あの夜のように旦那様が私に触れるようなことはなく、それでも時折あの射るような視線を背中に感じた。
昔であれば逃げ出していたであろう、男性からのその視線に、相手が旦那様というだけで喜びに似た感情が湧き上がるのを、私は見て見ぬふりをしていた。




