04:新しい毎日とやわらかなベッド
それから数日は穏やかに過ぎた。
掃除して、洗濯して、お夕食を作っていただく。新しいルーティンが出来上がっていた。
旦那様の言っていた通り、来客は少ないが手紙が大量に届く。
掃除や洗濯の合間にそれを仕分けて、旦那様の書斎に持って行く。
そのうちに、任される仕事が増えて
「この手紙を郵便局へ出してきて。あて名はこの封筒と同じだから」
なんて言われて宛名書きまでするようになった。
書斎の端にある簡易テーブルでペンを持つ。
旦那様のお古のつけペンだ。
――Hamilton H Lister
人の名前を書くのはなんだか不思議な気分だ。
中々綺麗に書けたんじゃないだろうかと封筒を乾かしていると、背後からすっと長い腕が伸びてきた。
「君、中々綺麗な字を書くね」
いつの間にか後ろに立っていた旦那様が、私の字を褒めてくれた。
「学校に通ってたの?」
「10歳までは。そこからは奉公先の方が教えてくださいました」
旦那様は封筒を見つめて
「その方は教え方の良い先生だったんだろうね」
と微笑んでくれた。旦那様が大奥様の事を認めてくださったのが、自分を褒められるより嬉しかった。
書斎で過ごす時間が増えると、旦那様はポツポツと自分の事を話してくださるようになった。
お祖父様の勧めでエディンバラの大学に行き、お医者様になるお勉強をしていた事、それでもお医者様にはならずに医学雑誌に記事を書いているうちに小説から評論までなんでも書くようになってしまった事。
私の事も気にしてくれて、靴や服は足りているのかとか、エプロンの替えはあるのかとか。
それからエセックスの事、弟たちや大奥様の事をお話した。
ブラックヒースのお屋敷の話はできなかったけれど、旦那様の眉がいつもより下がっていたから何か勘付かれたのかもしれない。
その日の夕食は甘いものが一品だけ多かった。
それから旦那様は今までなかったというお仕着せを作ってくださって、それと一緒に暗い紅茶色のリボンも買ってくださった。
「君の髪色に似てると思って」
そう言って夕食の席でプレゼントしてくれた時は大奥様にロケットをいただいた時と同じくらい嬉しかった。
旦那様とよく目が合うようになった事に、気が付いたのはいつだっただろうか。
今もふと顔を上げると旦那様の蜂蜜色の瞳と目が合う。
目が合うと微笑んでくださる。
もしかしたら私が旦那様の事を見すぎなのかもしれない。
その頃からか、たまに夜間、旦那様が外出するようになった。
気晴らしの散歩。
もしかしたらお仕事が行き詰まっているのかも。
夜中にふと二階の音で目を覚ます。
主寝室の辺りから足音が聞こえる。
「あぁ、今夜もお散歩に行くのかしら」
そう思いつつ耳をそばだてていると、いつも決まって階段室の前辺りで足音が止まる。
数分して足音が階下へ消えていき、玄関扉の音がする。
この時間が嫌いではない。
彼が階段室前で立ち止まっている間、私が確かにそこにいると確認してもらっているような、まるで守られているように感じるのだ。
窓を少し上げて風を入れる。
旦那様が、感じている夜風を私も感じたくて。
東の方から警官のホイッスルの音が遠く響いた。
そういえばホワイトチャペルの事件は解決したのかしら。
あの事件に怯えてた日々がまるで遠い昔のように、今は安心した気持ちで私はベッドに戻った。




