14:コマドリのクリスマスカード
そこからどうやって旦那様の家へ帰ったのかは覚えていない。
玄関を開けた時には、溢れ出す涙を我慢する事ができなくなっていた。
駆け上がるように屋根裏部屋へ飛び込む。
旦那様が帰ってくる前に暖炉に火をつけないと。
帰ってくる旦那様のお出迎えをしないと。
頭の隅では分かっているのに、もう一方で全く別の考えが暴走する。
旦那様があの女性と本当に結婚してしまったら?
いえ、あの人でなくても他の誰かを愛して、この家で暮らすようになったなら?
そんなのは、耐えられない。
旦那様が誰か他の人に口づけるのを見るくらいなら、死んだ方がマシだ。
泣き声を圧し殺そうと、枕に口を当てるとベッドサイドのカードが目に入った。
もし、もうお側にいられないのなら――
最後にこの気持ちだけ⋯⋯
カードはもう書けている。
書けてしまっている。
渡す事はないとついさっき誓ったばかりなのに。
そっとコマドリを撫でてカードを封筒にしまう。
開けっ放しのドアからガチャリと階下の音が聞こえて、旦那様が帰ってきた。
「エリザベス?もう帰ってるのかい?」
旦那様が私を呼ぶ声がする。
ふらふらと立ち上がると、封筒を手に階段を下りる。
玄関ホールに下りると、手を洗った旦那様がバスルームから出てくるところだった。
「ああ、エリザベス。帰っていたんだね――」
こちらを向いた旦那様の顔が美しい彫刻のように固まる。
「エリザベス⋯⋯?泣いていたの?」
旦那様は私に駆け寄るようにして、冷たい手で私の頬を包む。
「⋯⋯どうして?何があった?」
その手は少し震えているように感じた。
「旦那様⋯⋯」
やっとのことで出した声は泣いたせいで掠れていて、自分でも驚くほど弱々しかった。
「私⋯⋯もう旦那様の元にいられません⋯⋯」
旦那様は俯きそうになる私の顎を優しく掴んでそっと上向かせ、視線を合わせる。
「何故⋯⋯?」
「私⋯⋯わたしは⋯⋯」
言葉につまり、手にした封筒を旦那様に差し出す。
旦那様は封筒と私に交互に視線をやり、私から手を離さずに片手で受け取った。
私から視線を逸らすことなく、旦那様はカードを取り出した。
封筒が床に落ちる音がした。
ここまでしておいて自分でも驚くが、目の前で読まれるのは恥ずかしいと感じるらしい。
旦那様の顔に拒絶が浮かぶのを見たくなくて視線を背けた。
蜂蜜色の瞳がきゅっと細められ、まるで背けた視線を咎めるように顎にかかった指に力がこもった。
背伸びをさせられた私はバランスを崩しかけ、しなだれかかるように旦那様の胸に手をついた。
旦那様は表情のないまま、チラリとカードに視線を向ける。
その視線が一度、二度とメッセージをなぞった。
口元が薄っすらと開かれる。
そう、クリスマスカードには
『私の全てはあなたのものです』
と書いた。
あの日燃やしたはずのメッセージ。
どうしても頭から離れなくて昨晩カードに書いてしまった。
破いても燃やしても消すことができなかった。
旦那様は一度開いた口元を閉じ、それからもう一度開く。
「エリザベス⋯⋯これは⋯⋯」
珍しく躊躇うような旦那様の仕草に、傷付けないようにと気遣ってくださっているのかと絶望する。
伝えなければよかった。
胸の奥に秘めていれば、まだお側にいられたのに。
「これは、本当?」
顎を掴まれたままなので頷くことができない。
「はい⋯⋯本当です」
旦那様が見極めるように私の目を覗き込む。
もうここにいられないのなら、最後にきちんと伝えよう。
この思いを伝えて終わりにしよう。
旦那様の胸についた手につい力が籠る。
小さく息を吸ってから言葉にした。
「私は⋯⋯あなたを愛しています」
覚悟して口に出したのに、沈黙に耐えられず目を閉じる。
「エリザベス、君は⋯⋯何をしているか分かっているの?」
旦那様の抑揚のない声。
ああ、やはり――
「⋯⋯逃がしてあげる事もできたのに」
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