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10/17

10:クリスマスの買い物

12月に入り、寒さも本格的になってきた。

居間の暖炉に火を入れるために、私は反故にした紙や古新聞の束を取り出した。

火をつけて、少し時間をかけるとチラチラと石炭が赤くなる。

炎が安定するのを確認して、私は体を起こした。

片付けようと手に取った広告に目が留まる。


ハンカチーフや手袋など洋服小物の広告のようで、上段には飾り文字で「クリスマスプレゼントに!」と書かれていた。


もうそろそろ、そんな季節なのか。

ここ数年はその日を生き抜く事に精一杯で、クリスマスなど気にしていられなかった。

子供の頃は両親にクリスマスカードを書いたり、大奥様が礼拝に連れて行ってくれたりしたな、と昔の事を思い出す。

そんな事を懐かしく思い返せるのも、今の生活が落ち着いているからだろう。


炎が大きくなり暖まっていく暖炉の前で、思い出に浸っていると、朝の身支度を終えた旦那様がバスルームからやってきた。

髪はセットされているが、まだ室内は肌寒いのだろう、ドレッシングガウンを羽織ったままだ。


「ぼんやりしてどうしたの?エリザベス」

「いえ、何でもありません。ただもうすぐクリスマスだなと思いまして」


手元の広告を覗き込み、旦那様は納得したように微笑むと朝食の席についた。

私は紅茶を用意しながら問いかける。


「旦那様。リスター家では何かクリスマスにする事がありますか?」


この家に来て初めてのクリスマスだ。

今までの家では女中頭や、他の使用人たちがその家の習慣を教えてくれたが、ここでは旦那様とエリザベスの二人だけだ。

モミの木の用意などどこかへ頼まなくてはいけないだろうか。


「ん〜⋯⋯毎年、あまり特別な事はしないんだよね。

この通り僕には家族もいないし。ツリーも用意しないな。

あ、礼拝には行くよ」


紅茶に口を付けた旦那様が何かに気付いたように小さく眉をしかめた。


「忙しくて忘れてた。そろそろ友人へのクリスマスカードを用意しないといけないな」


クリスマスカード。

そのような習慣からは何年も離れていたけれど、旦那様になら書いてもいいかもしれない。

ペンは旦那様からいただいた御下がりがあるけれどカードがない。


「うん、今日の帰りにハロッズに寄れるかな」


旦那様は今日の外出で買物も済ませることにしたようだ。

朝食を終え、外出の支度をする。

玄関ホールでコートを羽織る旦那様に思い切って声をかけた。


「旦那様、私も今日、買い物に外出してもよろしいですか?」


旦那様はコートのボタンを留めながらこちらを見てくれる。

きっちりとボタンを留め終わると手袋を受け取りながら頷いた。


「いいよ。どこに行くの?レデンホール市場?」

「いえ、今日はチープサイドまで行こうと思いまして」


私のお金では高級なものはとても買えないが、レデンホール市場よりチープサイドの方がいくらか旦那様に相応しいものがあるだろう。


「うん、分かった。でも暗くなる前に帰るようにね。それから家の物を買う時は値段を控えておいてね」

「かしこまりました」


最後に帽子を被りステッキを受け取ると

「夕方までには帰るよ」と告げて、旦那様は出かけていった。




私は掃除や洗濯など必要な事を済ませると、さっそく買い物に行くことにした。

今日は随分冷え込んでいるが、旦那様が買ってくださったコートを着ているので少し歩いても凍えることはなさそうだ。



オルドゲートを出て、いつも活気のあるレデンホール市場を今日は立ち止まらず通過する。

ロンバード・ストリートまで行くと道行く人は皆きっちりとした服装をしている。

建物の入り口や、通りを行き交う彼らの中につい、人より頭一つ大きいその背中を探してしまった。

馬車や人を避けながら歩いて行くと賑やかな喧騒が聞こえてくる。チープサイドだ。


この通りは何度か来たことはあるが、自分の買い物に来るのは初めてだ。

歩きながらきょろきょろと店先を覗き、看板を探して――ようやく文具店を見つけた。



以前も食品店などには行ったが、書店や文具店に入るのは初めてで、少しばかり緊張してくる。

勇気を出してドアを押して店へ入る。頭上で小さくカランカランとベルがなった。

こじんまりとした店内は紙とインクの匂いで充満している。

旦那様の書斎と似た匂いに、力んでいた肩がふと緩んでしまう。


「こんにちは、いらっしゃい」


店の店主だろうか、優しげな白髪の男性が奥から顔を出した。


「こんにちは。すみません、カードを探しているんです⋯⋯そのクリスマスの⋯⋯」

「ああ、クリスマスカードならそこの棚だよ」


店主が指差した壁のラックには上から下までクリスマスの絵柄のカードがびっしりと並んでいた。


「どんな物をお探しで?」


あまりの多さに目を白黒させていると店主がエプロンで眼鏡を拭きつつ出てきてくれた。


「お友達や家族なら、こういう可愛らしいのもあるし――」


色鮮やかなクリスマスツリーや、スケート遊びをする子供たち、綺羅びやかな天使がプリントされたカード。どれも美しいが旦那様に贈るには違う気がする。

そんな私の様子を見て店主の目が眼鏡越しに更に優しげに笑った。


「恋人に贈るならこういうカードもあるよ」


店主が差し出したのは人の格好をしたうさぎのクリスマスカード。

紳士の服を着たうさぎと、婦人の服を着たうさぎがツリーの前でキスをしている。

確かに旦那様は私にキスをしてくれる。

けれど、恋人ではない。


思い出してしまった唇の暖かさについ、頬を赤らめながら首を振る。


「恋人ではなくて⋯⋯お世話になっている方に贈りたいんです」

「ああ、それならこの辺りはどうです?」


次に店主が出してくれたのはふんわりとした二羽のコマドリが、柊の枝に寄り添ってとまっているカードだった。

薄暗い雪景色の中で、胸の赤色が鮮やかに燃えている。


「こちらを、一枚ください」




それからちょっとした柊の枝と飾り付け用のリボンを買って、足早に家に帰る。

部屋に戻るとさっそく、購入したカードを取り出した。

ペンにインクをつける前に考える。

さて、なんと書いたらいいだろうか。

旦那様にはいつも助けていただいていて、ありきたりな感謝の言葉では足りない気がした。



悩んでいると、あのうさぎのカード頭にチラつく。

あの店主はとても親切だったがひと言多い。

私と旦那様が恋人だなんて。そんな事。

いくら考えても口づけを交わすうさぎが頭をよぎって、その日は何も書けなかった。



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