(1)あれ? これなんだ?
次の日、私は昨日途中になってしまった武器の手入れを、レオスと一緒にしていた。
昨夜の罰当番である騎士隊の皿片付けの時は、まだぶすっとしていたが、今朝はだいぶ機嫌も直ってきたようだ。
「おい。こっちの槍は刃こぼれしているから、鍛冶屋に出すようにしておいたらいいのか?」
どうやら、レオスは昨日で、三十本以上の槍を研いでいてくれたらしい。ぴかぴかになって保管庫の壁に並べられている壮観な光景に息を呑みながら、私はそれとは分けて横に積まれている槍の束へと歩き近づいた。鍛冶屋に出すのならと、手には槍を束ねる頑丈な荒縄を持っている。
「ああ――」
昨日の続きで槍を研ぎながら、レオスは小さな声で返事をした。
「どうした、元気がないな」
騎士隊への採用は、実力とわかったのだから、今日はもっと喜んでいるかと思っていたのに。
槍を紐で括りながら尋ねたが、私の声に、レオスは小さな溜め息をついている。
「昨日は――すまなかった」
「え?」
今、なにか聞き違いをしなかっただろうか。プライドが絶対に高いこいつから、謝罪の言葉を聞いたような気がしたんだが?
それなのに、レオスは俯いたまま話し続けている。
「思い込みで君を侮辱してしまった」
「えっ!? ちょっと!」
まずいって! こいつが謝るなんて天変地異の前触れか!?
慌てる私の前で、だがレオスは研いでる槍に目を落としたまま話し続ける。
「俺は――小さい頃から、この顔が嫌いなんだ」
告げられた言葉に、私はきょとんとした。
「なんで?」
そんなに綺麗な顔なのに。しかし、レオスは小さな溜め息をついている。
「なにかというと、女の子みたいだと言われて。姉よりドレスが似合いそうだの、女なら玉の輿だの。しまいには、女に生まれていれば傾国の美女間違いなしだったのにとか言われて――そんなの言われて嬉しがる男がどこにいる」
「それは……まあ」
――思っていた以上に不憫な奴。
まさか美女顔で、ここまで人生に苦労をしていたとは……。
だから深く頷いた。
「わかるよ。私も女らしいと言われるより、男らしいと言われるほうが嬉しいもんな」
「――君もその口か!?」
「ああ。そりゃあ、綺麗やかわいいって言われるより、騎士ならやっぱり逞しい強いだよなあ。うん、お前の気持ちよくわかるぜ?」
「そうだ、それなんだ! それなのに、なんで男が美人美女と言われて喜ぶと思うんだ!?」
「そうそう、やっぱり腕っ節が強いのほうがいいよなあ。顔より、筋肉。そして逞しい体だよ」
胸毛とか脛毛とか。
ああ、手に入らない憧れの肉体。
「そうだ! 男が線が細いと言われて、嬉しいわけがない!」
「そうそう。男なら、やっぱり心臓に毛が生えているとまで言われてこそだよなあー」
全身ツルツルなんて、なんて不名誉。
だが、その瞬間、がしっとレオスの両手が肩に置かれた。
うん? なんだ?
思った前で、レオスは真っ直ぐに私を見つめている。
「――まさか、君も俺と同じ苦労をしていたとは……。知らなかったとはいえ、顔、顔と申し訳ないことを言った……」
あれ? なにか、誤解をしている?
――まあ、いっか。
「いいって。その代わり、また時々戦ってくれよ? 同期のよしみで、お互いに鍛え合おうぜ?」
「ああ! 二度と、誰にも女みたいと言われないような体を手に入れよう!」
うーん。それは私にとっては名誉なことなのだろうか?
まあ、いいか。だって、女らしいと言われるよりも、男らしいと言われるほうが、私にとっては嬉しいもんな。
「おう! 頑張ろうな!」
だから、ガッツポーズで答えた瞬間、後ろから声がした。
「ふうん。女と言われない体ですか」
この声の響き。びくっと背筋が逆立って振り返ると、薄い笑いを浮かべながらウィリルが立っている。こちらを見ている顔は、明らかに面白いことを聞いたという風だ。
「ウィリル長官――」
この離宮の最高責任者の突然の出現に、レオスが驚いた顔をしている。そりゃあそうだろう。今いるのは、新米騎士が武器の手入れをしている保管庫で、とても新女王陛下の後見人が来るようなところではない。
その視線の前で、まだウィリルは、面白いことを聞いたという笑みを隠さずに、私たちのほうを見つめている。
「お仕事中すみません。実は、アンジィに頼みたいことがあってお邪魔をしました」
「あの――今は、騎士隊の仕事中ですので、あとでも大丈夫なことでしたら、ここが終わってから伺いますから……」
また昨日みたいなことになったら、レオスに怒られてしまう。たしか、王妃様が来られるのは、午後からだったはず――。だから、おずおずと切り出したのに、遠慮なく手を掴まれた。
いっ!?
「急ぎです」
「え!?」
「すみません。今日の面会で、姫の護衛に目立たない小柄な者を一人つけたいので借ります」
「そういうことでしたら――」
強引なウィリルの様子に、レオスは戸惑いながら答えているが、無理やり手を引っ張って部屋を連れ出された私にしたら、困るばかりだ。
「ちょっ、ちょっと! 王妃様が来られるまでには、まだ時間があるはず!」
「ええ、到着には。でも、それまでに貴女を化けさせなくてはなりません」
「化けさせるって――!」
「もちろん、完全な淑女にです! 貴女には不本意なようですが、姫の騎士として立派な女装を極めていただきますよ?」
いや、私がする時点で女装じゃないから!
それなのに、ウィリルは容赦なく私を引きずっていく。
どうやら、さっきの話を聞いて面白がっているようだ。人気のない廊下を引っ張っていくその顔の様子からわかる。
でも、私が女装をしたって!
「すみません! 念のために確認をしたいんですが、姫の身代わりって、やっぱり顔にベールか覆いぐらいはつけるんですよね!?」
そして、座っていればよいだけだと言ってくれ!
それなのに、ウィリルは不思議そうに振り返っている。
「そんなはずありますか。相手はなんとか姫を陥れようと、たとえ本物でも偽者に仕立てたくてうずうずとしているんですよ? ベールなんかかぶっていたら、一発で疑われます」
「え? じゃあ、まさかこのまま!?」
さすがにそれはばれるって!
いくら女王様のようなドレスを身に着けたって、私はマリエルのように色白じゃないし、かわいくもないんだから!
「やっぱり、無理だー!」
「往生際が悪い! 騎士服を受け取った以上度胸を決めて勤めなさい!」
そのまま強引に、マリエルの部屋へと連れていかれてしまう。
そして、鏡の前に座らされて一時間後――。
私は、透明な鏡面の向こうに映る姿に、瞬きを繰り返した。
鏡の中で、空色の瞳を持った見たこともないほどの美貌の女性は、同じように瞬きを繰り返している。
「え――――?」
これはどういうことだ?
どうして、鏡の中にいる美女は、私がするのと同じ仕草を繰り返しているのだろう。
「姫が絶世の美女という噂は、多少大袈裟とはいえ、行き過ぎたものではありません。ただ化粧をした顔と、素顔のギャップが大きいから、誇張された噂と思われているだけなのです」
これが、私――――?
たくさんの白粉や紅をしまいながら、達成感に溢れた顔をしているミーティとチェルアの後ろで、ウィリルは満足そうに私の姿を見つめている。その説明する声を聞きながら、私は信じられないように、鏡に映った自分の頬をつねった。
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