(5)激突!
レオスに続いて、騎士棟の裏側の庭に出る。
さまざまな花が植えられた南の華やかな庭園とは違い、こちらは周囲を楓やポプラに囲まれた木々の美しさを強調した騎士にふさわしい質実剛健な造りとなっている。
夏ならば緑一色なのだろうが、秋が深まり、橙色になった日差しの中で、木々は宝石のように黄色と茶の葉を光らせている。その中で、レオスは黒い髪を流しながら私を振り返った。
見つめる視線は相変わらずきつい。
「さっきの言葉を訂正するつもりはないのか」
ふん。綺麗な顔が怒ると迫力があるもんだな。
「まさか! お前が、私への言葉を訂正するのなら別だがな!」
腰の剣を持ちながら、じっと私を睨みつけている顔を見返す。
「お、なんだ、なんだ?」
「練習か?」
騎士隊の窓から気がついた何人かが、こちらを面白そうに見つめている。
「大隊長、なんか雲行きが怪しいですよ」
「あれ、まずくないですか?」
どうやら私闘らしいと気がついた何人かが、立っている私たち二人を見つめながら、中にいる大隊長に心配そうに声をかけている。
「へええ」
けれど、ディアン大隊長は来た窓辺で面白そうに顎を撫でているだけだ。
目を細めた顔に、止める意志がないことを確認すると、私は剣の柄に手をかけた。
「いいか! 私が勝ったら、さっきの言葉は取り消せ!」
「ふん、じゃあ俺が勝ったら、この騎士隊をやめると誓うか」
「それはできん! 代わりにお前の腕を認めて土下座をしてやる!」
完全に自分に都合のよい言葉だ。だけど、お前の腕を認めるという言葉で、レオスのやる気に火がついたのだろう。
駆け出す私に合わせて剣を鞘から走り抜くと、振り上げた私の刀身をがきんと体の前で受け止めている。
――早い。
剣を抜くのもだが、私が振り下ろしてくる位置を正確に読み取っている!
力を入れて少しだけ押してみたが、刀身が揺らぐこともない。
基礎の腕力がしっかりとしている証拠だ。これでは、私の力で押し合って勝つことはできないだろう。
だから一歩下がると、組み合わせた剣先を解いた。
その隙を見逃さずに、レオスが素早く私の腹に剣を打ち込んでくる!
おいおい、女性の腹筋を狙うとは。本気で剣の腕に自信があるんだな!?
でも、生憎私も剣を持っていれば、襲いかかってくるのが人を殺せる武器だとしても恐ろしくはない。
右手に持っている剣を縦に下げ、レオスが右腹に切り込んでくる剣先を受け止めた。そのまま下に向けていた剣先を持ち上げて、レオスの剣を払い上げようとするが、それより早くに、切っ先を外されてしまう。
本当に判断が的確だな! 騎士養成学校のトップは伊達じゃないってか!?
それならそれで、自分に自信をもてばいいのに――――。
しかし、ほんの一瞬の私の隙を見逃さず、右に打ち込んでくる。
危ない。素早く剣で止めたが、受けた私の剣の上を滑らせて、瞬時に反対側に剣を移動させる。そして、今度は息を継ぐ間もなく、左側から打ち込んでくる剣を防ぎながら、黒い髪を振り乱すレオスを見つめた。
そのまま連打で幾度も打ち込んでくる。
左、右、かと思えば斜め上と、きんとこちらが跳ね返す角度を利用して実によどみのない動きだ。しなやかというのだろう。
その割には、打ち込んでくる一撃一撃がひどく重い。
「お前――――」
だけど、鋭い剣筋をすべて逸らして流し続ける私に、レオスの眉が寄せられた。
そうだろうな。私が今まで受けた剣の中で、一番速くて重いものだ。
重量だけなら、レオスと匹敵する剣の持ち主もいたが、動きの鋭さが違うのだ。
本当に、こいつの性格そのものの剣だな!
だが、速さだけなら遅れは取らない。なにしろ、女性で重量がないのが、私の最大の強みだからな。
だから、レオスの打ち込む剣の勢いを利用して、受ける刀身の角度で剣の力を左右に流し続けていく私に、あいつの怒っていた眉が寄せられた。
生憎、力でまともに押し合うほど馬鹿じゃない。だから、小回りのきく体を活かして、レオスの切っ先を逸らし続けていく私に、あいつの瞳が変わる。
「いつまでもちょろちょろと!」
おお! 本気になったな!
「それが一つの強さだとお前だってわかっているだろうが!」
最初よりも、はっきりと剣の鋭さが変わってきた。最初は、私への殺意に溢れていたが、今はそれよりも、剣筋に純粋に勝ちたいという想いが見える。
いい剣だ。
下から鋭く心臓を目がけて切りつけてくる剣を、思いきり右上に払いながら、笑みがこぼれてくる。
同い年の奴で、ここまで私と戦えた者はいなかった。
だから、いつも砦で国境警備の猛者の騎士と戦っていたように、相手が突いてくる剣先を体のしなやかさでかわしていく。
「くっ!」
しかし、それが悔しかったのだろう。
「ならば、これでどうだ!」
ついに業を煮やしたのか。レオスが大上段に構えると、鋭い剣を私の頭上に残照を輝かせながら振り下ろしてきた。
「ちっ!」
受け止めるしかないか!
だけど、私の腕力では、相手の力を正面から受け止めきることは無理だ。
だから、レオスの剣を両手で支えた剣で受け止めた瞬間、自分の刀身をわずかに斜めに傾けた。
これで勢いのあるレオスの剣は、そのまま私の斜め下へと流れていく。
けれど、これまでの太刀筋から私の動きを予測していたのだろう。
間近に迫った今までに見た中で一番美しい顔がにやっと微笑むと、下へと流れた刀身をそのまま翻して、素早く私の心臓を突いてくる。
――しまった!
でも、逃げる時間はない。
ならば!
斜めになっていた自分の刀身を、そのまま間近になっている相手の首筋へと振り上げた。
お互いの心臓と首の皮一枚の上。
わずかでも動けば、互いの切っ先が相手を襲うだろう。
ごくりと両方の喉が鳴るのがわかった。レオスの喉に剣を突きつけたまま、私は自分の心臓の上で切っ先を止めたレオスの刀身を見つめる。
レオスも私の心臓の上で剣先を止めたまま、自分の喉にあてられた冷たい感触に固まっているように見える。
「はーい! そこまで!」
息さえも止まるような沈黙は、騎士棟から出てきた太いぱんぱんという音に遮られた。
我に返って振り返ると、ディアン大隊長が面白そうに手を叩きながら、こちらへと歩いてくる。
「言っておくが、騎士隊では私闘は懲罰だが。さて、これはどっちかな?」
「ディアン大隊長――」
振り返ったレオスが、やっと我に返ったような顔をした。
あれ? この顔は、規則を知っていたというような感じだな。そのうえで誘ったということは、懲罰も止むをえないという覚悟か。
「嫌だなあー大隊長。そんなはずないじゃないですか。ただ、実力を互いに知りたいということで、本気の一本勝負をお願いしただけですって」
まったく要領の悪い奴。
だから、私が剣を振りながら屈託なく言うと、側でレオスは驚いた顔をしている。
「ふうん。それで互いに剣を交えた感想はどうだった?」
大隊長のこの顔はわかっているな。それでも、私の話に合わせてくれる大隊長に、使っていた剣をしまいながら、笑いかけた。
「そうですねー。同い年で、これだけ強い奴には初めて会いました」
「ああ。お前さんは、辺境の実戦騎士団で揉まれてきたんだってな」
「ええ。だから、小柄でもたいていの騎士には負けない体術を、身につけてきたつもりだったんですがね」
初耳だというように、レオスが私に首を向けて驚いた顔をしている。
「正直、私が戦ってきた相手の中で、一番速い剣ですね。ぜひ、また稽古をつけてほしいです」
「そりゃあそうだろう。今年の、剣がうまいうえに、顔も良いという最難関の騎士採用条件をクリアした奴だからな」
大隊長の言葉に、レオスが驚いたように大隊長へと向いた。
「最難関――?」
「当たり前だろう。あの姫馬鹿全開のウィリル長官が、どんなことがあっても姫の護衛の質を落としたりするものか。そうでなければ、今頃この離宮にはハムスターのようにころころとしたマスコット隊ができているって」
大隊長の言葉が信じられなかったのだろう。驚いたまま、固まっているレオスの肩を私はぽんと叩いた。
「だってさ」
「あーでも、お前ら勝手に戦ってはいけないという決まりは破ったから、今日は皿片付けの当番な」
「はあい」
罰当番もそれぐらいなら、かわいいものだ。
だから、手を振っていく大隊長に元気な返事をする。そして、まだ固まっているレオスの肩に手を置いたまま囁いた。
「だってさ。つまりお前の実力は折り紙つきということだ。だから、また私と戦ってくれ」
「それは俺を殺したいということか?」
やっと脳に血が回ったという顔で、こちらを向いてくる。そのレオスのあまりにも呆けた様子に、思わず苦笑がこぼれた。
「違うよ、馬鹿」
頭が固いなと笑うと、またむっとした顔をしている。
気難しい奴――でも、嫌いじゃないな。
あまりに融通のきかないところが、かえって面白くて信用ができそうだと思いながら、もう一度ぽんと肩を叩いて歩きだした。




