(2)困った二人
「よし。じゃあ、二人はこの部屋の武器を頼むわ」
ディアン大隊長に、レオスと一緒に連れてこられたのは、騎士棟の奥にある大きな閂のある部屋だった。
扉を開けると、窓のない煉瓦作りの部屋の中に、槍や剣が所狭しと立てかけられている。弓矢や甲冑があるのを見ても、ここはこの離宮の守備を司る騎士隊の武器を保管してあるところなのだろう。
「いつでも使えるように手入れをしておいてくれ。ああ、刃が欠けたり矢羽根が傷んでいないかのチェックも忘れずにな」
「はい!」
元気に返事はしたものの、扉が閉まるのと同時に顔が引き攣ってしまう。
――だからって、なんでこいつと二人っきりで!
沈黙が痛い。
だけど、同じ騎士隊でこれから仕事をするのなら、やはりうまくやっていきたい。せめて、日常会話ぐらいは。
それに同じ胸毛薄い枠なのだから。
「なあ、レオス」
だから、羽根が傷んだ矢を分けながら、後ろで槍のチェックをしていたレオスに声をかけた。
「無駄口を叩くな」
それなのに、にべもない。
「いいじゃないか。これからずっと一緒に仕事をするんだ。少しぐらい仲良くしようぜ?」
「話している間に集中力が落ちる。実際、今君の手は止まっているみたいだが、本当に役立たずなのか?」
この野郎!
人が下手に出てやれば、言いたい放題!
私だって、武器の手入れぐらい砦の兄や騎士たちの手伝いで何度もやってきた。
見てろ!
腹が立つまま小ぶりな砥石を持つと、切れ味が落ちている槍の先端を力任せに研ぎだす。もちろん、きちんと切れ味を鋭くするのは忘れない。
レオスは、部屋の奥からしばらく私が作業している手つきを眺めていた。
「七十点」
しかし、ぼそりと言葉を返される。
「なんだと! 私の研ぎ方が下手だというのか?」
「少なくとも、要領の良い研ぎ方ではない」
「なに?」
「力を入れすぎているんだ。その調子で、あと五十本近くある槍を、すべて終わらせられると思っているのか」
冷静な眼差しで言われた言葉に、ぐうの音も出ない。
「もう、いい。俺がやる。君は傷んだ矢羽根の交換品を持ってこい」
――この野郎!
私を押しのけるようにして、槍を手にしたレオスを心の中で罵倒する。
ちょっとでもかわいそうと思った私が馬鹿だった! お前なんて、一生胸毛も脛毛も生えてこなければいいんだ!
そして、自分のすっきりとしすぎる姿に絶望しているレオスを想像して、少しだけ溜飲を下げる。
そうだとも。それほど騎士に憧れていたんだ。やっぱり自分が憧れの姿に程遠いというのは、悲しいものだろう。
うん。ついでに頭も禿げるように祈っておいてやろう。
生まれたての赤子のように、全身すべすべの姿――なんて高貴な生まれにふさわしい騎士にあるまじき姿だろう。
うんうん。そして、いつか坊さんに間違えられるといい。
神父に聞かれたら、確実に罰当たりと思われそうなことを呟きながら、私は外の倉庫に置かれているという矢羽根の交換品を取りに保管庫を出た。
ぶつぶつ呪いを呟きながら、廊下を歩いていく。
その時、不意に後ろから覗き込まれた。
「ご苦労様です、アンジィ。騎士の仕事はどうですか?」
「ウィリル長官!」
いつの間に背後に立っていたんだ、この人! 本当に心臓に悪い存在だなあ。
「は、はい! ありがとうございます。おかげでなんとか――、部屋も一人にしていただいて」
「ああ。隊長には、体が弱いのでと言っておきました。よく夜中に無意識に徘徊して人を驚かせるので、一人部屋じゃないと無理だと」
「待ってください! なんか、いきなり私が夢遊病か介護老人になっているんですけど!?」
「では、寝相が悪くて夜中に突然歌って踊るに訂正しておきましょう。病人から変人に一直線ですが」
「くっ――――せめて、夢遊病で……!」
本当にこの人、私に恨みがあるんじゃないだろうな!?
――身に覚えは、困ったことにあるけれど。
昨日強制的に思い出された過去の犯行声明を思い出し、つうと顔が引き攣ってくる。
「ところで、アンジィ」
しかし、ウィリルは私の心の声が聞こえたようにくるりと振り向いた。
「今、お時間はありますか?」
「え?」




