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(1)夢の職場?

 次の日、私は晴れやかな朝日の差す廊下を歩きながら、離宮を守る騎士隊長へと挨拶に向かった。


 身に纏っているのは、昨日渡された王宮騎士の制服だ。濃い青を基調とした上着で、襟と腕の飾りには銀のラインが入っている。上着の丈は、故郷の砦を守っている騎士隊のものよりも長く、先端が膝にかかる優美さも備えたデザインだ。


 歩くたびに揺れる青い裾に、本当に自分が憧れていた騎士になったんだと自覚して、ひらりと舞ってみたくなる。


 さすがに、人目が多い廊下でやったら顰蹙だからやらないけれど。


 でも、それだけ気分はうきうきとしていた。


 だから、教えられた一階の騎士隊のみんなが集まっている部屋に行くと、敬礼をして大きな声で挨拶をする。


「今日からこちらに配属されましたアンジィ・ルジャンです! どうかよろしくお願いします!」


 もちろん偽名だ。緊張で顔が強張りそうだったが、どうにか笑顔で挨拶ができたと思う。


 すると、一斉に振り返った騎士隊のみんなから大きな歓声が湧いた。


「やったー! 当たりだ!」


「言ってみるもんだな!」


「ウィリル長官やってくれるぜ!」


 え? なに、この反応?


 どうして、みんな両手を握り締めて、空に向かって歓喜の叫びをあげているのか?


 なにが起こっているのかわからなくて、扉の側に突っ立ったままでいると、奥から一際逞しい男性がこちらへと歩いてきた。


 うわあ、大きいなあ。


 立った熊とよい勝負ができるんじゃないだろうか。剛毛に覆われた立派な体格に、思わず失礼なことを考えてしまうが、私を見つめる相手の目は優しい。


「俺が大隊長のディアンだ。悪いな、入隊早々驚かせて」


「いえ、それはかまわないんですが……。あの、これはいったい……」


 大隊長の後ろでは、まだ騎士隊のみんなが拳を振り上げて歓喜を叫んでいる。ひどいところになれば、隣と肩を抱き合って喜んでいるではないか。


「ああ。うちは、ウィリル長官の方針で王宮の中でも特に猛者揃いでな」


 ――ああ。確かに、見事な体躯揃いだ。


 それが隆々とした肩を叩きあって号泣している姿は、少し怖い。


 その見ている前で、ディアン大隊長は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「もう――姫を守るためだとか言って、ウィリルはもさいのばっかり揃えて! 毎日目の癒しがなくて、本当に辛かったぜ!」


「あの、つまり……」


「だから隊のため! 今年の新人は胸毛が薄い奴! もしくは脛毛が薄い奴限定と頼み込んだんだ!」


 ――それかあ! 昨日のあいつの言葉!


 半分男泣きしている大隊長の言葉に、やっと昨日のレオスの言動に合点がいった。騎士の集まっている部屋を見回せば、奥のほうでこちらに気がついたレオスがふんという顔をしている。だが、大隊長はまだ拳を握って力説をしている。


「そうでなくても、むさい男ばかりで、女性たちからはもてなくて……」


「えー? でも私はむさい騎士のほうが好きですよ」


「本当か!?」


「ええ。男はやっぱり胸毛に筋肉ですよー」


 ああ、懐かしいな。砦のみんな。


 国境に近いからと、毎日訓練していた騎士たちは、みんな見事な体揃いで、幼い頃から憧れたものだ。


「逞しい騎士の体躯とはかくあるべきです」


 小さい頃から憧れたみんなを思い出して、思わず両手を組んで言うと、その瞬間剛毛に覆われた両腕でがしっと肩を掴まれた。


「気に入った! そう! それこそまさに本来戦士たる騎士としてのあるべき姿!」


 大きな手を置かれた反動でまだ体が揺れている。だが、置かれた腕の後ろでは、たくさんの騎士たちが次々に叫んでいるではないか。


「それなのに、むさいというだけで女はここには近寄らず!」


「だから、せめてマスコット的にかわいい奴を集めた小隊で、俺たちの潤いにしようと!」


「それで、ついでに女性たちも、俺たち騎士に興味をもってくれたらいいなあーと!」


「でも、色男はいらん! 一人だけもてるのは、許せん!」


 ――ああ。だから、妙齢の男は除外で、年少なわけね……。


 これは、あいつ余計に引き攣るわ。


 顔だけでとられたうえに、男のうちにも数えられていないなんて……。なんて、不憫な奴。


 思わず憐憫の眼差しで見つめると、レオスは明らかに苛立った顔で、こちらからふいと顔を背けていく。


 おい。気持ちはわかるが、私にあたるなよ……。


 けれど、それが顔に出ていたらしい。


「うん? お前、レオスと知り合い?」


 私の視線の先に気がついたらしく、ディアン大隊長が振り返っている。


「ええ。昨日隊服を届けてくれて……」


「ふうん。ありゃあ拗ねているな。あいつは、真っ直ぐな気性な分、ちょっと難しい奴だからなあ」


「あの、彼も最近この隊に入ったんですか?」


 ――そりゃあ胸毛薄い枠と聞いて嬉しい男はいないだろう。


 思わず心でツッコミを入れたが、大隊長は顎を撫でながらレオスを見つめている。


「ああ。あいつは、つい半月程前に入ったんだ。だけど、生まれはさる伯爵家の分家の次男で、本当はとてもこんなところで働く身分じゃないんだがな。幼い頃からの夢で、どうしても騎士になりたかったらしい。だから、騎士養成学校もトップで卒業した努力と天才を混ぜ合わせたような奴だぜ?」


 ――そりゃあ、余計に怒るわ……。


 思わず心の中で祈りを捧げてしまう。


 なんか、あいつがかわいそうになってきた。そんなに頑張って憧れの騎士になったのに、採用がまさかの胸毛薄い隊とか。


 ――せめて、髪の毛薄い隊なら、あいつも喜んだかもしれないのに……。


 思わず、哀れみをこめて奥にいるレオスを見つめてしまう。


 けれど、その瞬間ギンと睨み返された。


 だからって、私にあたるなよ!?


 そりゃあ、そこまで努力をした夢の就職口が、騎士となんの関係もない顔で採用を決めたと言われたら怒るかもしれない。ましてや、自分のほかにも同じような採用者がいて、さらに自分より優遇されていれば面白くないのは当然だろう。


 でも! それは、全部私が望んだことじゃないから!


 つんとすました顔をするレオスに、心の中で、思い切りあかんべえをした。



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